騒乱編 第一章 ソロー大草原の会戦 伍 シェルの使命
ラドルア帝国軍の陣中央部、乱戦の渦中にて異変が起こる。
ソフィア部隊が再度の突撃を行い、ヘルダー直属部隊が瓦解するかにみえた。
しかし
ヘルダー自身の人外たる力に状況は一変し、ソフィア部隊はジリジリと追い込まれつつあった。
「死神め」
このままでは不味い、そう思うソフィアだった。なにしろ部隊規模の集団であれば、聖剣の遠距離攻撃が有効に働くのだが、単一の将兵に対しては無力と言わざるを得ない。
又、自軍近くに標的が在り、乱戦ともなると味方を多数巻き込んでしまう。つまり聖剣の援護射撃が無効化されたといっても良い状況なのだ。
かといってヘルダーを無視し、他の兵力をそぎ落とす訳にもいかず、無為に時間を浪費してしまう。
その間にもヘルダーが徐々に距離を詰めてくる。目前に横たわる巨木を超えられれば後がない。
ソフィアの取るべき方法は限られていた
──もはや捨て身の突破しか方法がない
しかしあまりにも無謀な作戦だ。だが、時間の猶予も無い。
賭けるしかないのか
全部隊、これより中央突破をかける。なんとしても生き残れ──
そう号令を掛けようとした時だった。
一面に紫色の霧がかかった。
「なっ」
ソフィアは号令を掛けられなかった。いや、それどころか声すら発せられず、手足が痺れ落馬してしまう。
周辺の兵士達も同様だった。敵も味方も誰一人例外なくバタバタと音を立てて横たわっていく。
何が起こったというのだ──
ソフィアは思う
呼吸は出来る、視界も途切れないがそれ以外の行動が取れない。麻痺してしまっている状態に訳が分からず混乱するしかない。その原因を必死に探るが、倒れた人馬が視界に入るだけだった。
◇
──ムールレイン
巨木の切れ目から発せられた言葉
同時に毒々しい紫の霧が周辺を包み始める
10分も断たないうちに周辺は静寂に包まれた。
それを見計らってか、透き通った声がこだまする。
『矮小なる人の子らよ』
『争いを止め耳を傾けよ』
麻痺しているが意識がある周辺の者は、なかば強制的に言葉を聞かされる。
『我は女神の御使いにて、我が主、渇望の王の眷属』
『女神は禁忌を許さず。又、我が主は争いを望まず』
そう言葉を発した光白貝の騎士は、死鎌を手に倒れるヘルダーに向かい歩みを進める。
──まずは禁忌の封印を
『バ・ラヌース』
死鎌に向かい右手をかざすと、無数のフジツボが付着し始める。まるで纏った妖気を貪る様だった。
光白貝の騎士はフジツボに覆われた死鎌を確認すると、今度は左手をかざした。
『アコよ深層に飲み込め』
一瞬にして死鎌が左手に飲み込まれ消えた。
『禁忌は封印しました。次に争いを止めましょう』
そう言うと纏う鎧から錐貝の触手をヘルダーとソフィアに巻き付け、一足飛びに森のある崖上へと移動した。
抵抗する事も出来ず、女神の御使いと称する騎士に連れ去られ、混乱するしかないソフィア・ヘルダー両名。
『貝殻城』
シェルの呟きが辺りを一変させる。城だ。シェル自身が城に具現化し、その中にあるテーブルをはさんでソフィア・ヘルダー両名を立たせると、椅子を出し座らせた。無論拘束したままだが。
『アコ、麻痺毒を吸い込んで頂戴』
その言葉を機に、ソフィア・ヘルダー両名は麻痺から解放された。
「一体ここはどこで、貴方は誰だ」
麻痺から解放されたソフィアは思わず声を荒げた。
「声を荒げるな小娘、人ならざる者の招きだ。我ら人間風情がジタバタしてもなにも出来ぬ」
「うるさい、死神め」
やり取りをする両名から向かって上座にある椅子に座る騎士
準備が整ったと見るや、一瞬光を発した
光が収まるとそこにはジャージ姿の男性が一人と、その膝にちょこんと乗っかる幼子が一人。
その光景に、ソフィア・ヘルダー両名は息を飲む。
「あ、あの。あー、はじめましてですね」
「「は? 」」




