決意と絶望と
ドラグーン山脈の死闘。良所とベリーの戦いは続いていた。アコヤの言葉通り、両者の力は拮抗していて千日手の装いを見せ始めている。
「しぶてーなバケモノめ」
「うふふ。その言葉そのままお返ししますわ」
決めてに欠ける両者は一旦間合いを取り、互いに軽口を言い合った。その時であった。
──ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
良所にとって悪い意味で懐かしい鐘の音が一帯に響き始める。
──まさか
『そう。そのまさかだよナイト──』
──パチン
いきなり現れたローブを纏う黒髪の少年はゆびを鳴らすと、良所へ返事をした。
(な、体が、動かない。いや、俺だけじゃない……あのバケモノの娘も同様みたいだ)
良所の動揺を他所に、黒髪の少年はバケモノと言われた少女の元へと歩み寄る。左手で少女の顔をそっとふれると、懺悔するように静かに呟く。
『ベリー、今までありがとう。君の人生は暗く辛いものだったね。最期にこんな事に巻き込んでしまった。許してくれとは言わない、せめて安らかに』
そう告げると、少年は一冊の本をローブから取り出し開く。
すると数十枚のページがパラパラと音を立てて彼女に降り注いだ。
触れた端から消え去っていく少女に愕然とする良所。
(!? うそだろ……このギルディアスですら消滅させきれなかったんだぞ!? それがあんなにあっけなく……)
ベリーという名の少女が完全に消滅したとき、黒髪の少年は良所へ告げる。
『久しぶりだなナイト、いや良所 内人。地球からエレーファへ送られてきた哀れな殻よ。色々と問答をしてやりたいところだが、今は時間がない。お前は仲間達の所へ急ぐが良い』
(なんだコイツは、なぜ俺を知っている!? 地球の事まで!? 仲間? まさかシェル達が!! )
──パタン
少年が一冊の本を閉じたと同時に、良所を拘束していた時間の流れが始動する。
「お前は一体なにもの──」
そう叫ぶが、すでに少年の姿は消えていた。
◇
「あぁあああああああああああああああ」
俺は叫んだ
そして走った
最悪の状況が俺をそうさせた
いきなり現れた邪神であろう者が、神から預かった神聖剣ですら倒しきれなかったバケモノを一瞬で消滅させた。
その出来事が俺の心臓を握りつぶすほどの不安を与えた。
俺の家族が、俺の仲間が
危ない
気づけば発狂し涙をこぼしていた。
一刻もはやく、皆の元へ
ただひたすら俺は走り続けた。
──
───
────
公国領内に入った俺は愕然とする。
人が馬が鳥が、あらゆる生き物が静止していたのだ。
「そんな……」
誰も彼もが動かない。鳥は空中で翼を広げたまま、馬は馬車を引きながら足を上げ、人は何か会話でもしていたのであろう、口を開いたまま笑みを浮かべて動かない。
「あ…あっ……」
嗚咽を漏らしながら城へと目を向ける。
城の塔にはそこをお気に入りとしている黒竜の姿があった。
だが黒竜は虚空を見つめながら静止していた。
──
───
────
俺は走る事を止め、歩き始めていた。
気力が続かなかったのだ。
そして気づいてしまった。
どうして俺だけが動けるのだろう
どうして他の者達が止まっているのだろう
あぁ、簡単な事だったよな
俺はこの世界の者じゃない
だからだ
皆は巻き込まれた
俺が巻き込んでしまった
──
───
────
皆がいる城の一室へとたどり着いた。
大切な人達がその時間を止め動かない。そして部屋に元々無かった禍々しい門を視界に収めた時
その想いは確信となる。
◇
──あぁ……ソフィア。最期の最期まで指揮を取ろうとしてくれてたんだな。ごめんな、俺のせいで……愛してくれてありがとう
──ライラ、お前にも迷惑をかけまくったな。レイラさんも色々と巻き込んだりしたのに、それでも俺を慕ってくれてありがとう。
──ディオールドじいさん、ヘルダー元帥、オースロックのおっちゃん、未熟な俺を支え続けてくれてありがとう。
──ジークフリード、ベリアを大事におもってくれてありがとうな。
──グリード、クレイグ。お前らと過ごせた時間は楽しかったよ、本当に楽しかった。
──ベリア。ゴメン。父さんを救えなかった。これを持ち帰るのが精一杯だった……非力な俺を許してくれ。この結晶はいつまでも大切に持っていて欲しい。そしていつか、お前の父さんのように誇り高い竜の王になってくれ。
──フェル、まだ遊び足りないよな、でもお前はもう大丈夫だよ、もう一人じゃない。俺の分まで元気でな
──シェル。シェルと出会えて俺は幸せだった。お前のおかげで……他人に対して抱いていた恐怖心を克服できた。お前が笑ってくれてたから心が荒まずに済んだ。お前が、お前が沢山与えてくれたから。
あぁそうだ、はんばーぐ、もうつくってやれそうにない、ごめん。
◇
室内で静止するみんなに別れの言葉を告げ、俺は邪神の気配がする門へと向き直った。
「アコヤ、お前にも散々助けられた。本当に感謝している。んでもってここでお別れだ……アコヤ、シェルを、皆をどうか、どうか助けて欲しい。出来る事だけでいい、少しでも力になってやってくれ」
『……』
両手にあった男女の面相が静かに消える。それも当然か、貝王の号令だもんな。
改めてギルディアスを握りしめ歩き始める。
そして俺は門を潜り、邪神の元へと旅立っていった。
◇
門を潜った先は青白い炎に照らされた大洞窟だった。
その灯かりに照らされ魔法陣の上に佇むソレを睨みつける。
「なぁ──」
『──その通りだよ、良所 内人』
俺が言葉にしようとした「お前がやったんだな? 」という声を
『その通り』と被せた邪神に対し、襲い掛かった。
「なら問答はいらねーよなぁあああああああああああ」
握りしめたギルディアスを相手の心臓目掛けて突き放つ。
ここで俺は終わりだ、それでもかまわない、皆が助かる可能性が欠片でもあるのなら。
──ズガッ
捨て身の一撃は俺の予想していた全てを裏切り、あっさりと邪神の胸を貫いていた。
「あっ……? 」
思わず声がでた。こんなにも簡単に、あっさりと攻撃が通るなんて。
もしかして効いていない? いやそれはない、たしかな手ごたえを感じていた。バケモノ少女を切った時のような、まるで水を切り続ける感覚ではなかった。
おかしい。
これじゃ、邪神が……自ら身を捧げた様な……
そう思いながらそっとギルディアスから手を離す。
手を離した時、視界が消えていくのがわかった。
「あぁ、なんだ、そういう事か……」
静かに消えゆく意識の中、走馬燈の様に俺の頭の中を情景が駆け巡る。
そんな中、ギルディアスに貫かれた邪神の喋る声だけが洞窟内に響いていた。
◇
『【インティアーナ】【アーク】【ルシフェル】【ダグザ・トゥアハ】【バルード・カーヴェ】【オーディニアス】は現世より消滅し、残されし依代は我事【トート・ディアール】のみとなった』
『そして今、この時を以ってこの身を【創造神・イアルダバオート】に捧げる──』
邪神トート・ディアールはそう宣言をし、全魔力を刺さったギルディアスへと注いだ。
静まり返る大洞窟。トートの目にはすでに光は無く、だれも声を発する者は居なかった……はずであった。
『哀れだな因果神よ。お前程度の稚拙な罠など見通せない神ではない……創造神たる我ことイアルダバオートをなめすぎだ』
意識を飛ばしたハズの良所 内人の口が動き出し、躯となったトート・ディアールへと向けられていた。
『小細工をしおって』
──偽物の人形
創造神イアルダバオートの膨大な魔力がトートの躯へと放たれる。するとその魔力に反応したのか魔法陣から無数のギルディアスが現出し、次々と躯へ刺さっていく。
そして41冊の書が現れ、全てのページを飛散させると、躯に張り付き青白い炎を出して消滅した。元々自らの体にイアルダバオートを降臨させ、その瞬間に消滅させる為の罠だったが、無常にも消滅させられてしまったのだ。
──ガキン
トートの躯も書物も魔法陣も消え、そこには一本のギルディアスが力無く地べたに落ちていた。
『この創造神イアルダバオートを謀った代償は大きい。貴様の守りたかった全てを無にしてやる』




