新しい命達
公国の中心地にある居城の一室。小さなテーブルを囲い二人の若い姫達が密会していた。彼女等は終始表情を崩し、そう、傍から見ればなにニヤニヤしてんだよ気持ち悪いと思われても仕方がない表情で会話を楽しんでいた。
「ねぇライラ~」
「はい~ねぇさま~」
二人は自らの下腹部をさすりながら会話にならない会話を続けている。
「男の子かなぁ? それとも女の子かなぁ? 」
「もしかしたら両方という可能性もありますよねぇさま~」
「!? そういう可能性もあるわよねぇライラ~」
「えぇねぇさま~」
そう。ソフィアとライラは懐妊していたのだ。
良所と男女の関係になってから、それはもう数多の夜戦をこなしてきた彼女達は当初焦っていた。こなしてもこなしても妊娠することが無く、このまま世継ぎが生まれることは無いのだろうか、と。それに夜戦をこなすたびに身体が強化される現象を考えれば、普通ではないと。
だが、月の物が止まり、つわりを経験した彼女達は確信する。命を宿したのだと。
「それにしても大きくならないのはどうしてなのかしら……」
「えぇねぇさま……」
「まぁ旦那様がナイトだから特別変でもないかな? 」
「そうですね……ですが、万が一、万が一の事を考えて──」
「そうね。二人だけの秘密にしておきましょう。それにしてもらいら~」
「はい~ねぇさま~」
一瞬過る不安を溢れるような幸福がかき消す。二人はいつまでもお腹をさすりながらニヘラニヘラと笑みを浮かべるのであった。
◇
──お腹がすきました。大至急公国の城まで戻るべし~ソフィア・ライラ~
どうもきどないと、です。森の家に蟄居させられて一週間。黒竜にのったジークが一通の手紙を携えて飛んできました。
「は? 」
俺は手紙をよんでおもわず口にする。
「なぁジーク、これ一体なんなん──」
「公爵様失礼! 」
ジークはそう叫ぶと手に持っていた縄で俺をグルグル縛り付け、担ぎ上げると颯爽と黒竜へ飛び乗った。
「黒竜よ、全力で公国の城まで空を駆け抜けろ! 」
「なぁジーク。何があったんだ? お前主人に対して無礼の極みだろコレ──」
「……」
俺があまりのことに文句を言い出すと、一枚の書状を無言で突き付けて来た。
──ナイトへ。今貴方がこの書状を見てる頃にはジークに拘束され、文句の一つも口にしようとしたと思います。ですが、彼に罪はありません。公爵第一婦人として厳命を下したのです。え? 不敗のジークが公爵夫人といえど理不尽な命令をすんなり飲むかですって? ふっふっふ、彼には逆らえない事情があるのですよ。とにかく、その、あれです。黙ってジークに護送されてください。
なんだこの書状は。
「ジーク、なんかうちのかみさんが無理いって……ごめんな」
「申し訳ありません公爵様……」
とりあえず理不尽な命令を下した事への謝罪を口にした。それを受けたジークの瞳から一筋の涙がこぼれていたことは見なかったことにしよう。
◇
「んで、連れてこられたんだが。理由を聞かせろ」
「ナイト、私達お腹がすいたの。ご飯作って、はんばーぐ」
「すいたのです。はんばーぐなのです」
意味がわからない。なんだコイツ等、いつから我儘娘になりさがった!ソフィアにしてもライラにしてもこんな我儘な要求ははじめてなんだが。
「はぁ……まぁいいや。お前らの事だから何かしら意味があるのだろう。飯は作ってやるからちょっとまってろ。それと扉の向こうに居るハラペコ共にもくわせてやるからハァハァするな! お前ら犬か! 」
俺がそう叫ぶと扉が静かに開き、真剣な表情をしたクレイグとグリードが入室してきた。
「失礼いたしました公爵閣下! これより公爵閣下の警護を務めさせて頂きますっ! 」
「右に同じくっ! 」
「おい、よだれをたらしてかっこつけてもしまらないだけだぞ」
「「はっ! 」」
とにかく俺は要求に応えるべく大量の料理を創り出した。創り出したのだが、あきらからにおかしい光景が目に飛び込んでくる。
「「「「おかわり」」」」
うん。グリードとクレイグはまぁいつも通りなのだが。ソフィアとライラの食欲が異常なのだ。早い、まるで倍速再生のDVDを見てる様に次々とハンバーグを中心に平らげていく。
「ナイト、お酒は要らないからね。私とライラには果物か水、お願いね」
「お願いします」
「わかった」
「閣下、我らにはキンキンに冷えたエールをお願いします! 」
「お願いします! 」
「ダメ。職務中」
「「そ、そんなぁ……」」
調子にのったハラペコ騎士二名に飲酒禁止を命じるのだが、その間にもソフィアとライラの食欲は収まる気配が無い。
──数時間後
ハラペコ騎士達はとっくに食事を終わらせ、この部屋を出ている。だが、我儘娘達は今だ食事をしていた。
「おい、おい! お前達いくらなんでも喰いすぎだぞ! 」
喰わせ続けた俺が言うのもなんだが、さすがに度が過ぎていた。
「うん? あぁ、そういえばそうかもしれない。ライラ、どうだ? 」
「少々お待ちください……もう少しだけ頂ければ満足する……かもですね。あ、甘いモノが良いみたいですよ? 」
「甘いモノか。ナイト、ちょっと待ってて……ふむ、ふむふむ。今から言うものを創ってはくれくれぬか? 」
何言ってんだ? 甘いモノ?
「あのさぁ。二人共何があったか正直に答えて──」
「まだダメ」
「なのです」
「……」
「えーとね、ぷりん? ってものと、あいすくりーむ? ってものが欲しい」
本当に意味が解らない。半ば諦めつつ、いわれた通りプリンとアイスクリームを程々に創ってやると、甘いモノは別腹ですみたいなノリで完食してしまった。
「「ごちそうさまでした」」
「……おそまつさまでした」
二人はニヤニヤしながら自分達のお腹をさすってご満悦の様子。そりゃあんだけ喰えば満腹だろうよ!
「それではナイト。明日も頼むぞ」
「よろしくお願いします」
「うそだろ……」
愕然とする俺を他所に二人は城のどこかへと消えていった。
◇
──お母様今日はありがとうございました
「むふふふ。喜んでくれたみたいだな」
──ままありがとー!
──ぱぱのりょうりおいしかったのー!
「うふふっ、どういたしまして」
──ですが、お父様は無理してないでしょうか。少し心配です。
「心配はいらないぞ。お前のお父様はな、この世界で最強で最高の男なのだぞ? 」
──ままー、さいきょーなの?
──ぱぱはさいこうなのー?
「そうですよ。最強で最高なのですよ」
「らいら~。本当にかわいいなぁこの子達は」
お腹をさすりながらニヘラと顔を歪ませるソフィアは、ライラに同意を求める。
「えぇ……えぇ……本当にかわいいですねぇ」
同じくお腹をさすりながら答えるライラ。
「でも初めて声が聞こえた時は本当にびっくりしました」
「あぁ私もだ。突然『お父様の料理が食べたい』だものな」
「えぇ」
「それにしてもジークには少し悪い事したな。後々礼儀を尽くしてやらねば」
「そうですね……ベリアちゃんにお願いしてみます」
「しかし、意外であったなぁ。ジークに弱点があったとは」
「任務を完遂させなければ帝国へ出向。ジークにとっては死刑宣告の様なものです」
──お母様、そろそろ眠りたいと思います。また明日
「おぉ、眠るか。では私も寝ようかな」
──ままーぼくもねるー
──あたちもねるー
「えぇ、みんなでお休みしましょうね」
二人はお腹をさすりながら寝室へと戻って行った。
──
───
寝室の扉の前には屈強な一人の戦士が座り込んでいた。彼はソフィアとライラを目視すると、黙って扉を開き二人を中へ入れた。
「──宜しいので? 」
「あぁ、苦労をかけるな。万が一ナイトが夜戦を仕掛けてこようとしたらこの手紙を渡してくれ。それでも強行突破しようとしたら──」
「──この扉を死守致します、ソフィア様」
「……頼んだぞ、オースロック」
オースロックは二人が入室し終えると静かに扉を閉め、再び扉の前に座り始めるのであった。
◇
何かがおかしい、何かが。
ども、きどです。
え? 少しやさぐれてないかって? そりゃやさぐれますよ。
公国の城へ強制連行されてから半年。朝は公国内のパトロール兼狩り。昼から夕方にかけてソフィア達の食事の世話。それが終わるとまた公国内のパトロール兼狩りの日々です。
ソフィア達に提供し続けている膨大な食事を維持する為に、魔物を狩り続けています。魔力が尽きちゃうからね。それよりも気になる事がありまして。
夫婦生活の欠片もありません。
初日、夜戦に赴こうとするとオースロックが立ちはだかりました。彼は俺に一通の手紙を差し出してきます。
──当分の間夜戦は出来ません。本当は許しがたいのですが、このままだとナイトがかわいそうなので浮気の許可を与えます。街に出向いて遊んできて良いです。~ソフィア・ライラ~
「どゆこと? 」
「……さっしてあげてください」
廊下にオースロックの低い声が小さく響く。
「……俺、嫌われたのかな? 」
「ナイト様は愛されてます」
「ではなぜ? 」
「……さっしてあげてください」
と、まぁ。オースロックは何も言わないし、当人達も教えてくれない。
浮気の許可をもらったんだけど、気になってそんな気分になれないまま半年が過ぎたのですよ。
一時期妊娠したのか!? と思ってたのですが、お腹は大きくなってないし。
今日も今日とて魔物狩り。そんな感じでやさぐれています。
いつもの様に公国北部の森で狩りをしていたのだが、森の先にあるドラグーン山脈の方から声が聞こえて来た。
意識を集中させ、気配を探る。あぁ、帰ってきたのか──
『ないと父上ーたいへんなのー! たすけてなのー! 』




