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野蛮な世界

地球でも異世界エレーファでもない、また別の世界。一人の青年が虚ろな表情のまま、天を仰ぎ道を歩いていた。


彼は憔悴しきっていた。自身が何者なのか、どこから来て、何を求めるのかわからないまま、その世界で彷徨い歩く事しかできない事に。


そんな彷徨い人が、安全に道を歩き続けられるほどこの世界も優しくはなく、常に魔物や賊の類に遭遇する。


今日もそんな日常が青年の前に立ちふさがった。


「へっへっへ、おいお前。食料か金あるかぁ? 」


「頭ぁ、このガキみるからに脱走奴隷か落ち人ですぜぇ。ろくなもん持ってる様子じゃねーし、さっさと殺しちまいましょう」


「ちっ、今日もハズレか。おい野郎ども、さっさとやっちまえ」


頭と呼ばれる男の命令が下り、四、五人の野盗が青年に襲い掛かる。


青年は体を切りつけられ、殴打され、無抵抗のままあっという間に大地へ転がった。


「なんだぁコイツ。抵抗もせず悲鳴どころか声すらださねぇ」


「ちっ、余興にもならねー。おい、テメーら次いくぞ」


「へ、へい」


──


───


─────


賊達が街道から姿を消し、日が高く昇った頃。襲われ、殺されたであろう青年の右手に一冊の本が現出していた。


本は風も無いのに独りでに開き、パラパラと心地の良い音をたて始める。


この音がすると、死人と化した青年の体に命が戻る。彼にとってこの事象は特別な物では無かった。


「……また殺され、本が現れ、蘇る。そして本が音をたててめくられる間……この体の傷は修復され……」


青年の体が完全に回復した時、本はパタンと閉じ、消えた。


「そして本は消える。何も変わらない……何も……」


転がる体を起こし、再び天を仰ぎながら歩み始める。そして呟いた。


「何も……思い出せない。俺は……誰だ……」



                   ◇



青年が殺された場所から、徒歩で一月ほどの距離にある城下町。


その城下町にある酒場で、幼い少女が今日もせっせと給仕をこなしている。


「おいベリー、さっさと酒もってこいや! 」


「あっ、はーい! 少々おまちくださいー」


城下町とはいっても辺境の城の下町であり、住人や旅人、城の兵士たちはゴロツキ風情がほとんどで、常に殺伐とした雰囲気に包まれていた。


弱者は町にたどり着く前に殺され、野ざらしにされる。あげく魔物のエサになるような場所だ。この様な場所に、なんの後ろ盾も持たない幼い少女が、ゴロツキ達の吹き溜まりである居酒屋で働いてる。


このベリーという少女の存在は異質であり、この町では浮いていた。


「おうチビッコ。今日も偉いな! なんかあったらいつでも頼れよ! 」


「はいっ! ありがとうございます! 」


「がっはっは。お前がべりーを助けるだぁ? 逆じゃねーのか? 」


「うるせぇっ! 」


常連たちがベリーの話で盛り上がっていると、少女はちいさな声でつぶやいた。


「……喧嘩、ですか? 喧嘩は……喧嘩は……」


「「ヒィ」」


常連達の悲鳴に同調するかのように店中の客が静まり返った。先程までの喧騒が嘘のように。


一拍置いて、当事者の常連達が静寂を破る。


「ち、違うんだベリー。俺達は喧嘩してるわけじゃねーんだ! すげー仲良いし、ほ、ほら。な! 」


「そ、そうだって! 俺達は親友だぜ? 喧嘩なんざするわきゃねーんだよ! 」


まるで命乞いをしてるかのような言い訳を聞き、肩を震わせ俯いていた少女ベリーは一転。顔を上げパーッと明るい笑顔を見せ、上機嫌に喋り出した。


「そうですよね! お二人は親友、それなのに喧嘩なんてするはずがありませんよねっ! ごめんなさい、私勘違いしちゃって。お詫びにお酒を御馳走しますね! 」


そう言うと、鼻歌まじりにカウンターの奥へと小走りで向かって行った。同時に店内の喧騒も元に戻る。


「フぅー、あぶなかった。寿命が縮むぜ」


「まったくだ……って、お前、余計な事をベリーに喋るなって! 」


「ちょ、馬鹿。声をあらげるな! また勘違いされたら今度は地獄だぞ」


「あっ、そうだったな……しかし……あの忌──」


常連の一人が何かを言おうとした時、その首と体は離れ、鮮血が周囲に飛び散っていた。


突然の出来事に店内は再び静まり返り、というよりは圧倒的な恐怖に包まれ、誰一人声をだせずにいる。


「はいっ! お詫びのお酒もってきましたよ! あれぇ? もう一人のお客さんはお帰りになったのですか? 」


右手で酒の入っているジョッキを二杯抱え、ベリーは首の取れた客の正面に座っていた男へ語り掛けた。


その左手には首を飛ばしたであろう剣を握りしめて。


「あっ……あっ……」


「まったく、せっかくお詫びのお酒をもってきたのに……それなのに私の悪口を言おうとして、しかも途中で帰るなんて。首を落とされても文句は言えませんよねっ! ね、そうおもうでしょ? 」


見上げるベリーは、狂った様な笑顔を見せつけ、返答を待っていた。


「はっ、はひ! 」


「うんうん! 貴方はゆっくりお酒のんでいってね! じゃないと首が落ちるだけじゃすまないかものよ? 注文があったら声かけてねー! 」


ベリーがまたカウンターの奥へと引っ込むと、今度は顔の青い巨躯の店員がテーブルへとやってきた。


その男は首の無い死体と、転がる首を持ち、一言も発せず外へと消えていった。



                   ◇



「おい見ろよ。ハンズの野郎が死体抱えて店裏に消えていったぜ。どっかの馬鹿垂れが余計な事しやがったな」


「あぁ、まったくだ。これじゃ店で酒にもありつけねーぜ」


顔の青い巨躯の男を指さしながら、店に向かおうとしていた男たちがその歩を止め、さっさと立ち去ろうとしていた。


「つかベリーを怒らせるとか、どんだけ死にたがりなんだよ。あーあ、いよいよもってこの辺境ともおさらばってか」


「だよなー。お前しってるか? 街道を歩く不死者の噂。それに次々と消える盗賊団の話。まったくなんなんだよな」


「知ってるって。だからおさらばっていってんだよ」


街中を歩きながら互いにブツブツと話をしている男たち。


そんな彼等のうしろから、この町に似合わない幼い少女の声が響いた。


「ねぇ貴方達。面白そうなお話してるみたいじゃない? うちの店でお酒おごってあげるから詳しく話してよ? ね? 」


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