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秘薬の行方 帝国の大掃除

ドーファ領へ到着したその日の夜、旅館の最上階にある部屋で、俺は二匹の獣と対峙していた。


この部屋は他よりも広く、家具等が無い畳張りの部屋なので、動き回るには都合の良い作りになっている。


今部屋の中央部には布団が三組並べられており、その布団を挟んでにらみ合っている形だ。


「お前達、さっき俺が話した事を理解していないようだな」


「「……」」


二匹の獣は俺の問に答えず、浴衣の袖をまくり、ジリジリと間合いを詰めて今にも飛び掛かろうとしていた。


「……もう一度言う。旅の初日だ。温泉に浸かり、旅の疲れを癒したその日の夜に、だ。何故お前達は夜戦に臨もうとしている? 今ならまだ間に合う、家族仲良く就寝といこうじゃないか」


再度説き伏せに来た俺に対し、正妻が一言呟く。


「……ライラ」


「承知しましたお姉様」


ソフィアの言葉を受け、ライラが素早く俺の後ろに回り込み、動きを封じようと両腕を狙いに来る。


戦場さながらの機敏な動きだ。


「させるかよっ! 」


俺がライラの攻撃を回避する為、横へ跳躍した時だった。


「今だベリアっ! 」


ソフィアの掛け声を合図に、敷かれた布団からベリアの両手が伸びてきて俺の足をガッチリつかんできたのだ。


「!? これしきの罠、払いのけてやる! 」


一見子供の手に見える為、容易く払えると思った俺は跳躍した瞬間、畳へ倒されてしまった。


そうだ、ベリアは竜の子、ドラゴニュートだ。ただの子供じゃない、力は常人と比べ物にならない程強かったのだ。


「でかしたベリアっ! ナイト覚悟せよ! 」


狂喜の笑みを浮かべたソフィアが俺の体に飛びつき、羽交い絞めにして動きを封じると、ライラがそれに続き大勢は決した。


「やめろおぉおおおおおお! 枯れたくない! 枯れたくないぃいいいいいいいいい! 」


「ベリアちゃんありがとう。後はお姉様と私に任せてシェルちゃん達の部屋に戻って寝てなさいね? 」


『うんわかった! そふぃあ母上、らいら母上おやすみなさい! ないと父上もおやすみー! 』


「なっ、俺も寝る! 寝るうぅううううううううう」


俺の叫びも空しく、ベリアは部屋を後にしてシェルたち部屋へと帰って行く。


そしてソフィアからアコヤへ、おぞましきお願いが発せられた。


「アコヤ様、この部屋に結界を張って頂きたいのですが。室内音を漏らさない類の結界を」


『賜リマシタ。コレヨリ外部ト室内ノ空間ヲ切リ離シマス。結界ヲ解除スル時ハオ呼ビ下サイ』


「ありがとう。ではライラ、夜戦に臨むとしようか」


「えぇお姉様」


──


───


────


翌日、早朝にも関わらず旅館の庭から激しくぶつかり合う剣戟の音が響いていた。


人外の領域ともいえる速度で火花を散らし剣を交えるが、互いに傷一つ負ってはいない。


「ここまでっ! ふーっ、ライラよ、大分腕を上げたのではいか? 」


「ありがとうございますお姉様。それが不思議なのですが、ナイト様と体を重ねる度に強くなっている気がするのです」


「ふふふっ、ライラもか。ナイトと交わったら翌朝には明らかに力が漲る……本当に不思議だな。それにこうしてライラと剣を交える事によって更に強くなっている気がするぞ」


「私もですお姉様」


「さて、朝食を取る前に温泉で汗を流すか」


「はいお姉様」



                  ◇



「ジークっ! 敵右翼を突破し、そのまま中央へ突撃するぞ! 」


「ははっ! 」


「全軍突入! 」


──おぉ!


帝都南西部に広がる平原にて、皇帝直属の軍隊と禅譲の混迷期に乗じた反乱軍が戦端を開いていた。


皇帝軍二万に対し、反乱軍五万と兵力差は二倍以上に開き、反乱軍は圧倒的有利な立場にある。


だが開戦から三時間程経過した時、その有利さは失われつつあった。


皇帝軍の一翼を担うヘルダー元帥率いる黒色槍騎兵団が、攻勢に次ぐ攻勢で反乱軍を壊乱状態へ堕としていったからである。


「さすがに師匠の騎兵団は強いですな、父上」


「ふぉっふぉっふぉ、当たり前じゃて。それにしても随分と釣りあがったものじゃ。帝国内の有力貴族がこぞって反乱を企てるとはのう」


「ぶらさげた人参をより良く見せただけですよ父上」


「それだけではない。邪神の恐怖があったからこそ動くに動けなかったのじゃ。へたに動けば邪神に目を付けられ、地獄へ堕とされかねなかったからのう」


「その邪神が消え去った今が好機と考えたのですか」


「その通りじゃ。じゃが奸臣共め、余ら皇室の力を侮り過ぎじゃ」


「はっはっは、まったくです父上」


「さてニューワルド、そろそろ皇帝として仕事をする時が来ておるぞ? このままではヘルダー等が全てを終わらせてしまう」


ディオールドの言葉を受け、皇帝ニューワルドは静かに頷くと直轄軍の先頭に馬を歩ませ振り返る。


そして兵士達を見回した後、全軍に向けて激を飛ばした。


「全兵士、戦友達よ! 見ての通り、当初開いていた兵力差はすでに無く、敵は恐慌状態になりつつある。今この時を逃す手は無い! 恐れを知らぬ不届き者達に、余自ら裁きを下さん! 」


──おぉ!


皇帝自ら陣頭に立ち、激を飛ばすその姿は全軍の士気を異常なまでに高まらせた。


「抜刀っ! 」


──ジャキッ


「全軍突撃! 余に続けぇ! 」


──おぉおおおおおおおおお!


皇帝ニューワルド率いる直営軍は敵本営のみならず、左翼部隊も纏めて蹂躙しはじめる。


その勢いはヘルダー達に引けを取らない程圧倒的で、次々と敵部隊を屠っていった。



                  ◇



「ナイト、いつまで寝ているのだ。もう昼を過ぎているぞ、ほら起きて」


「……ふぁい」


おはようございます、きどないとです。


体が動きません。いえ、動かそうと思えば動くのですが、その気力が無いのです。


今の俺には何もありません。残弾も、水分も、気力も、何もかも嫁達に奪われました。


「ほら起きて! 皆が食堂で待ってるの! 」


枯れ木の様な俺は抵抗する事無く、ソフィアに抱えられるように旅館の食堂へ連れていかれるのであった。


──


───


「いつも食事はナイトにまかせっきりだったからな。今日のお昼は私達が用意したのだぞ? 」


「腕によりをかけてお姉様と一緒に作りました! 」


「……ふぁい」


『ないとおそいの! あい! 』


『ないと父上~アタシお腹ぺこぺこ~』


「ヴォン! (遅い! )」


「……では、頂きます」


──頂きます


俺は眼前に並ぶ肉とイモの料理を眺めながら、冷えた水をクピクピと飲む。


家族達はニコニコしながらモリモリと食事を楽しんでいる。どうやら味は悪くない様だ。


それでも何故水しか飲まないというと、正直飯を食う気力すら無いのだ。


一対一ならまだしも、ニ対一、それも歴戦の勇者達が相手ですよ。あぁ、頭が良く回らない。


「殿下、ナイトのヤツ大丈夫なのですか……? 」


俺の様子を見に来たアルフが心配そうにソフィアへ尋ねている。無理も無い、前日とは違い干からびた姿をしているのだから。


「ん? 大丈夫だぞ? 」


「殿下……そうは見えないのですが……」


「大丈夫だ。私の夫は世界一強い男だぞ? 」


「そうですか……」


「それよりもだ。昨晩ナイトから聞いたぞ? アルフ、其方結婚したいらしいな」


「ええ、まぁ」


「安心しろ。私が其方の家族を説き伏せて円満に解決させてやるから」


「誠ですか!? 」


アルフのヤツ……俺を心配してくれたのは最初だけかよ……自分の結婚話に光明が差したとたん目をキラキラさせながら喜びだしやがる。


俺は相変わらず水をクピクピ飲んでぼーっと家族の食事風景を眺めていた。


「……ナイト様、お口にあわなかったでしょうか? 」


さすがに一口も食べない事に心配したのか、ライラがそっと尋ねて来た。


「……いや、その、食欲がね。ホラ、昨晩頑張ったじゃない? 」


「!? 尚更食べなければいけませんよナイト様! 一杯食べて精をつけてもらわないと! 」


違うライラ、そうじゃない。君は今、食事を取らない俺を心配していたはずだ。それが何故精力を付けろと話が変わる? 


ライラと俺の会話を聞いていたソフィアは、何か思いついたのかアルフへ喰いつくように質問をはじめた。


「そうだアルフ! 人生経験が豊富な其方に聞きたい。疲労回復や精力増強に効果的な秘薬を知っていれば教えて欲しいのだが」


おいおいソフィア。まっ昼間からなんつー質問してるんだ。そんなもの都合よくあるはずないだろ。


だが俺の予測は悉く覆された。


「ありますよ殿下」


ちょっとまてアルフ。それ以上言葉を発したらいけない。俺は懇願するような眼差しでアルフを見つめようとしたのだが、ライラによって遮られ、その隙にソフィアが喰いついた。


「どこにあるのだっ! アルフ、いや、ドーファ領主アルフレード・リング。ソフィア・ヴィクトールの名において命じる。其方の知る秘薬の所在を簡潔に述べよ! 」


「ははっ、ソフィア殿下に申し上げます。秘薬はドーファ領にある海に存在します」


アルフの言葉を耳にしたソフィアとライラは乙女の様に瞳を輝かせ、互いに手を取り合っていた。


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