圧倒的力 帰ろう森の家へ!
戦神オーディニアスとの戦闘が始まって数時間。すでに日は高く昇り、ソフィア達に悲壮感が漂い始めていえる。
まともに動ける者はすでに無く、誰も彼もがオーディニアスの前に膝を屈してしたのだ。
『どうした? まだ戦いが始まって数刻しかたっておらぬぞ。貴様達が成した事と言えば我が半身スレイを屠っただけではないか。もっと我を楽しませろ! 強者の魂を見せてみろ! 』
オーディニアスの呼びかけに誰も答えられない。皆口も開けぬほどの傷を負い、意識を保つのがやっとなのだ。
黒竜の大きな体は横たわり、ベリアは竜化を維持できぬほどの痛手を受け倒れている。
ヘルダーやジーク、グリードにクレイグはボロボロになりながらもソフィア達を庇った結果、城壁に体を預けて身動き一つとれない。
「お姉様……このままでは……うっ……」
『ぐっ……』
ヘルダー達に庇われても尚深い傷を負ったソフィアとライラは打開策を見いだせずにいる。
『もはや戦えぬのか……ならばこの戦いを終わらせ、新たなる戦場を探しに行くとしよう』
オーディニアスはそう言うと、剣に着いた血を払いながらソフィア達へ近づき始めた。
その時である。フェルが満身創痍の体を奮い起こし、オーディニアスの前へ立ちふさがったのだ。
『ほう。貴様はまだ戦えると申すか』
「ヴゥルルルルル」
(ソフィア達はもう戦えない。私の体も限界に近い。でも私は守りたいんだ。)
(母様、力をお貸しください。私の家族を守る力を──)
フェルが願ったその時、良所によって取り込まれた先代の言霊を心に響かせた。
──我が娘よ、我らは世界が産みし始まりの子の一つ
(母様!? )
──原初の時より生を授かりし我らフェンリルは常に世界と共にある
──世界と心を重ねるのです。さすれば偉大なる力を世界は授けてくれる
(世界と心を……)
──大地を、風を、大海を、太陽を。世界と一つになる時は今
先代の言霊を受けたフェルはその身を震わせ、天へと叫んだ。
──グゥラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
漆黒の体毛が白銀へと生え変わり、その体は黒竜達と変わらぬ程に巨大化していった。
『フェルちゃん……なにがあった……』
突然の変異にソフィアとライラは驚くしかなかった。そんな彼女達へフェルが話しかける。
『ソフィア、心配ハイラナイ。少シ離レタ場所デ戦ッテクル』
『フェルちゃん何を言って──』
──グゥオン
ソフィアにそう告げたフェルは戦神に一吠えすると、ソロー大草原へむかって駆けて行った。
『クックック。世界からの挑戦状か。面白い、受けて立つぞ! 』
戦神は嬉しそうに呟くと、フェルの後を追って駆け始める。
この時、緊張感から解放されたのか、ソフィア達全員の意識は無くなっていた。
◇
── ねぇねぇルシフェル、どういうことなの? あのフェンリル、世界と一体化しちゃったよ! 偽神の干渉が続いてるのにどうしてなの!?
──◇ 因果を結んでおらぬアイシアの復活。そして古より続くフェンリルの魂が継承された事により世界が選択したのだ
── フェンリルの魂って簡単に継承出来るのもなの!?
──◇ 出来ぬ。だが、あのフェンリルはそれをした。否、させられたといったほうがより正しいか
── 一体誰が……あっ! あの空の人形か!
──◇ それは少し違う。すでにあ奴は人形ではない。それに……いやなんでもない。
── えーっ、教えてよルシフェルー。それと驚く事ってこの事?
──◇ 違う。この事は私も予測していなかった。
(まったくディアールめ。どこまで貴様の手は伸びているのだ)
◇
「おーい皇帝陛下ー。結界なんぞ張ってどうしたー? それとソフィア達はどこだ? 」
突然眼下から響いた懐かしい声に、ディオールドは驚き絨毯から落ちそうになる。
『な、なんじゃ!? あ……其方目覚めたのか!? 』
「あぁ、さっきね。家ン中にオースロックのおっさんが骨バキバキにして寝っ転がってからびっくりしちゃったよ。んでおっさん治して今家を出たところさ。したら妙な結界が張られてたから誰が張ってるんだろうって空見上げたら陛下がいたもんで声かけたんだ」
『よくぞ……よくぞ無事で』
「なーににしんみりしてんだよ陛下。それよりソフィア達の気配が薄いんだけど何があった? 」
『はっ!? そうじゃった! 殿下達は北側の壁の側に倒れておる! 』
「なに? わかった。それと正式なお礼は後程するから。助けてくれて有難う友よ! いってくる! 」
『……年寄を泣かせるものじゃないわい』
ディオールドからソフィア達が倒れている旨を聞いた良所は、瞬時に城壁を越えソフィア達の前に降り立った。
「これは……アコヤッ! 」
──賜リマシタ
良所はアコヤによって一瞬にしてボロボロだったソフィア達の体を完全に回復させる。
傷は完全に治ったものの、精神的疲労から誰一人目覚める者は居なかった。
「おい、シェル! ソフィア! ライラ! しっかりしろ! 」
『あい? ないとー? ゆめ? あい? 』
「夢じゃない。シェル、何があった? 」
『!? ないとー!? ないと!! ないとー!!!!!!!!!! 』
粗半月ぶりの良所との再会に、シェルは涙を流して飛びついた。
「だーっ! 落ち着けわんぱく娘め! それより状況を説明しろ! 」
『あ‶ い‷! 』
シェルは返事をすると両手を良所の頬に当てた。するとシェルが体験した全てが良所の記憶へ流れ込む。
「……苦労をかけたなシェル」
『あ‷ い‷ 』
「ソフィア達を頼めるか? 出来れば城壁の中で待機して欲しいのだが」
『あ‷ い‷ 』
「今からフェルを助けにいってくる。帰ったら大好きなハンバーグを食べさせてやるから楽しみにまってろよ」
『あ‷ い‷ !!!! 』
元気一杯の返事を聞いた良所はシェルに対しニカッと笑うとソロー大草原へ駆け始めた。
その手に金色の剣を携えて。
◇
ソロー大草原の中心地。そこでは神々の戦いと言うべき光景が広がっている。
大地は裂け、天は荒れ狂い、互いの体は数多の傷を負っていた。
『クックック。面白い、面白いぞフェンリルの末裔よ! 世界の申し子よ! 』
『黙レ戦ノ神ヨ。潔ク冥界ヘ帰ルノダ』
『何を申すか。この様な最高の戦いをみすみす手放すと思うか? 』
──グゥルァアアアアアアアアアアアアアアアア
雷鳴の様な咆哮を上げ、銀白の狼は大地を駆ける。対峙する戦神の首目掛けて鋭い爪を繰り出した。
圧倒的体躯の差があるにも関わらず、オーディニアスは狂喜しつつ黒剣で爪を押し返し、逆に剣戟を浴びせに掛かる。
──グァアアアアアアアアア!
それに対し、フェルは臆する事無く黒剣に向かい鋭い牙でかみ砕こうとした。
剣と牙がぶつかり火花が飛び散る。決めてに欠けると判断した両者は互いに後方へ跳躍し間合いを取った。
『なるほど。やはりこの黒剣ではトドメをさしきれぬか。ならばこれを使うとしよう』
そう言ったオーディニアスは黒剣の刃を握り始める。当然その手からはオーディニアスの血が零れ始め、剣を赤く染め始めた。
『出でよ戦勝の槍』
オーディニアスの言葉に応じて黒剣の形が変化し始める。その姿は一本の赤い槍を模していた。
『さらばだ誇り高きフェンリルの末裔よ』
天に向かい槍を刺し向け宣言した時、天より雷光が槍へと落ちて来たのだった。
──戦神の裁き
稲妻を帯びた戦勝の槍がフェル目掛けて放たれる。受けきれないと判断したフェルは咄嗟に回避しようとするが──
『哀れなるかな。その槍は不可避の裁き。何人も抗えぬ戦神の一撃だ』
──グルァアアアアアアアアアアアアアアアア
ソロー大草原にフェルの絶叫がこだました。回避しようと動いたフェルを雷光が縛り、身動きの取れなくなった体に戦神の槍が深く突き刺さったのだ。
『見事な戦いであった。その証として其方の首を持ち帰らん』
オーディニアスがフェルの首目掛けて新に現出させた黒剣を振りかぶろうとした時、その腕ごと黒剣がはじけ飛ぶ。
『なっ……』
驚くオーディニアスの目の前に、一人の青年が黄金の剣を構えていた。
『貴様はディア──』
戦神オーディニアスの言葉を他所に、青年は呟きながら黄金の剣を振りかぶる。
──天翼の一閃
金色の輝きはオーディニアスを真っ二つに切り裂くと、体を四散させ完全に消滅した。
「アコヤ──」
──賜リマシタ
フェルに突き刺さる槍を引き抜き、良所はアコヤへ回復を命じる。
だが力を出し尽くしたのか、傷は完全に回復したものの、フェルは元の体躯へと戻りかわいらしい声を発した。
「クゥーン」
そんなフェルに良所は撫でながら優しく語り掛ける。
「偉いぞフェル。家族を守ってくれて有難う」
「クゥーン クゥーン」
「もう大丈夫だ。さぁ皆のいる家へ帰ろうか? 」
「ヴォン! ヴォン! 」
二人は初めて出会った頃の様に、競争しながら森の家へと駆けて行った。




