続・聖域の籠城戦 精霊神の結界 狂喜する戦神オーディニアス
各自持ち場に着き、戦いの時を待つ。すでに遠方から亡者と魔物が衝突したのか、断末魔がこだましていた。
(さて……ソフィア殿下の報告では大精霊様が開放されたと聞いたが、成功させたい所じゃ)
ディオールドは風の絨毯に乗り、森の家上空に飛び立つと庭に魔法陣を構築し、丁寧に詠唱をしはじめる。
彼は魔導の極意である【無書杖】【無法陣】【無詠唱】を収める極魔導士であるのだが、そんな彼が一つ一つ丁寧に準備するあたりその本気度が伺えた。
──我世の理に反し現世に闊歩する冥界の民を許す事能わず
──故に古より伝わりし精霊の力を以って亡者共を退き払おう
詠唱を続けるディオールドの体が青白く輝き始め、目の色が黄金色へと変わる。今彼の体には精霊神アイシアが憑依し、世界の加護を一身に集めているのだ。
『精霊神アイシアの名を以って、彼の地に我加護をもたらさん』
言葉を発し終えた時、青白い光を放つ魔法陣が拡大しはじめ、森全体へと広がって行った。
そして森の家周辺に無数の亡者達が押し寄せてきた瞬間、ディオールドは顔を天に向け両腕を広げると呟くように言葉を発した。
──精霊神の息吹
魔法陣から青い光が地から天へと発せられ、亡者達の体を包みこむ。
──オォオオオオオオオオオオオオオオオオ
──オォオオオオオオオオオオオオオオオオ
──オォオオオオオオオオオオオオオオオオ
光に包まれた亡者達は呻くような断末魔を発し、次々と消え去っていく。
「ヘルダー様、これは……」
「うむ……」
多数の亡者が殺到するとの予測通り、ヘルダー達の眼前には無数の軍団が押し寄せていた。
槍を構え、戦闘を開始しようとした矢先の出来事に、ヘルダーとジークフリードは言葉を失っていた。
(陛下……やはり陛下は私の想像以上のお方だ……)
あっけに取られていたのはヘルダー達だけではなかった。
ソフィアやグリード等残りの仲間達も、迫る亡者の軍団が消え去るのを唖然として眺めるだけであった。
(──シェルちゃん)
──アイシア様の力を感じます。力をお貸しくださったのでしょう
「ヴォン? (あれ? もう終わり? )」
『油断はだめだぞフェルちゃん。引き続き警戒しつつ上皇陛下の指示を待とう』
「ヴォン! ヴォンヴォン! (そうね! そうしましょう!)」
◇
──すごいすごーい! あのお爺ちゃん只者じゃないよ! アイシアの力を借りたとはいえ、現世でこれほどの結界を張れるってありえないよ!
──ふむ……確かに大したものだ。あの者はラドルアの末裔だったな、我の呪いが解け、血が覚醒したのであろう。
──キッヒッヒッヒ。あれは私の愛弟子だよ! あれぐらいやって当然さ! にしても、ディドのヤツ……人の身でありながらこの力。まったくかわいげの無いヤツさね!
──ソレヨリモダ……カンジンノ……オーディニアスハドウシタ
──うーんと、ちょっとまって! あ……お爺ちゃん達の存在に気付いたみたいだね。冥界の瘴気をまき散らしながら半身のスレイに乗って向かい始めたよ!
──キッヒッヒッヒ。ディドよ、これからが正念場だぞ。オーディニアスは冥界の王にして戦の神、現世においてもその信仰が厚い故アイシアの結界は粗効かない。
──そーだった! それって不味いよね!? ルシフェル、フィリーア! 僕達を下界に遣わせてよ!
──フム……バルード、ソレハヨイカンガエダ。オーディニアスナラ我ノアイショウモヨイ
──ちょっと待て。ここはやはり一度降臨した我の出番だと思うのだが?
──ずるいよアーク! こないだから君ばっかり楽しんでさぁ!
──黙れバルード。相性が悪いお前に選ばれる資格は無い
──そんなぁ……
『皆さん落ち着いてください! 』
──◇ 貴様達の期待には応えられない。すでに対処済みだ。そもそも下界へ降臨する事は遊びでは無いのだぞ!
ルシフェルの一喝により、神々は沈黙した。
──◇ これから起こる事を注視せよ。貴様らはきっと驚く事になる
◇
「凄まじい結界魔法だな……上皇陛下はこれほどの力を持ちながら、これまで一切使ってこなかったというのか……」
森の家の北側を任されたオースロックはディオールドの結界魔導に驚愕していた。
(いかんいかん、無粋な考えを持つのはやめよう。今は皆とナイト殿を守る事だけを考えるのだ)
オースロックは気を取り直して得物である金剛大槌を構える。眼前には亡者達の消え去った静かな森が広がっていたのだが。
──ゴゥ
凄まじい轟音が聞こえたと感じた時、オースロックの巨体は大槌もろとも森の家を囲んでいた城壁へ吹き飛ばされていた。
上空にて結界を張り続けるディオールドは即座に気付き、ライラへ指示を出す。
『ライラ! ヘルダー達を始め、全員を至急北側へ向かわせるのじゃ! 』
「ははっ! 」
ライラ達がヘルダー等へ指示を伝えに飛び立った時、北側の森の木々が一直線になぎ倒されていく。
『なんて事じゃ……精霊結界が効いておらぬのか……』
出来ればディオールド本人が向かいたかった。
だが未だに亡者の軍団は残っており、彼は結界を維持しなければならい為動けずにいたのだ。
「親父ぃいいいいいいいい! 」
「オースロック殿ぉ! 」
ライラ達の伝令を受け、ヘルダー等が北側へ集まっていた。そこで見た光景にグリード、クレイグが叫ぶ。
血だらけになったオースロックが城壁にめり込んでいたのだ。
「しっかりしろ親父ぃいいいいいい! 」
取り乱すグリードへ、ソフィアが止めに掛かる。
『静まれグリード! 回復が出来ぬぞ、そこをどけ! 』
ソフィアの叫びに正気を取り戻したグリードはその場を退き、ただ見守るしかなかった。
『シェルちゃん! 』
──わかりましたお姉様!
無数の光る糸がオースロックを包み、傷を癒しはじめる。
『ぐっ……』
オースロックは余程の傷を負ったのか、ソフィアに掛かる負担は大きく、体力が削られていった。
──!? お姉様、邪神の気配が急速にせまってきます! これ以上は
(だめだ。ここで回復を止めたらオースロックの命に係わる)
ソフィアがシェルと問答していた時、瀕死のオースロックが口を開いた。
「お嬢……俺は……大丈夫だ……」
『黙れ。私はお前を見捨てない』
「本当だお嬢……これは戦士としての……判断だ……贅沢を言えば……庭に運んでくれれば……ありがたい」
ソフィアを見るオースロックの目は偽り無く光を宿していた。
その目を見たソフィアはライラへ叫ぶ。
『ライラ! 悪いがオースロックを家へ退避させてくれ! 』
「はいお姉様! 」
ソフィアの指示により、オースロックはベリアに乗せられ森の家へと退避した。
(血は止まり命は取り留めた……しかし体中の骨がいかれてやがる……すまねぇお嬢、戦線復帰は無理そうだ)
「ライラの嬢ちゃん……お嬢を……助けてやってくれ……」
「私達を信じて、安静にしててください。お姉様は必ず守りますから! 」
◇
ソロー大草原から森の家まで一直線に道が切り開かれた。
密集していた森の木々が元々無かったかのような光景がソフィア達の眼前に広がる。
その道の果てから六本足の馬にまたがり、凄まじい速度で迫る騎士の姿があった。
『くるぞ! 戦闘準備! 』
──おぉおおおお!
ソフィアの号令で全員が武器を手に取り、駆け迫る騎士へ意識を集中させる。
そんなソフィア達を視認したのか、騎士は満足気に口を開き、激を飛ばし始めた。
『我は戦神オーディニアス! 強き者達よ、いざ尋常に勝負! 』
──なっ
戦神オーディニアス。その名を聞いた誰もが戦慄した。まさか、伝説の戦神が自分達の相手とは露程も考えてはいなかったからだ。
だがすぐに気を取り戻し、戦神へ一撃を放つ者がいた。ドライロディアを全霊で振りかぶり、禍々し程の闘気を漲らせて。
「いくぞ戦神! 死槍天撃! 」
ヘルダー渾身の技が炸裂する。
凄まじい衝撃は戦神目掛けて一直線に放たれた。
『実に見事! 』
オーディニアスはそう言うと、半身であるスレイを止め黒色の剣を振りかぶる。
「なにぃ!? 」
ヘルダー渾身の死槍天撃は戦神の一振りに容易く弾かれ、只々森の木々をなぎ倒すだけであった。
『今の一撃実に見事なり。現世に降臨し、鬱屈した心持であったが、この様な強者に巡り合えるとは思いもしなかったぞ! 』
狂喜するオーディニアス。彼を前にしてソフィア達は最大の危機を感じていた。




