冥界から聞こえる戦神の声
ソロー大草原に集う黒いローブの集団は、ジャラジャラと音を立ててどす黒い鎖を両腕から現出し始めた。
それからどす黒い鎖は、まるで蛇の様に地を這いはじめる。
──ジャラジャラジャラジャラ
──
───
────
やがて鎖は巨大な魔法陣を模り、その音を止めた。すると集団の中から一人の青年が魔法陣の中心に立ち、右手を天に掲げる。
「戦の神オーディニアスよ、降臨の時は来た。哀れなる人々の魂に触れその身を現せ」
その声に応じ、魔法陣の周囲に居たローブの集団が、一斉に灰色の玉を持った手を天に掲げ始めた。
そしてその玉は中心点に居る青年の右手に集まり始め、全てが集まるとクルクル回り始める。
青年の手を離れ、空に舞う灰色の玉。すると灰色の玉から人ならざる声が響いた。
──我に触れるは何者ぞ。戦の神と知っての愚行か?
「かかったな。愚かで哀れな戦の神、オーディニアス! 」
──パチン
青年はそう蔑むと、空いている左手の指を鳴らした。
同時に魔法陣がどす黒い邪悪な光を発し始め、周囲に居た者達が一斉に灰色の玉へ鎖を投射する。
──ほう。冥界に住まう我に干渉するとは……だがこの程度の魔導でどうにかなると思うのか?
戦の神が言葉を発した瞬間、灰色の玉に繋がる鎖が青い閃光を放ち、周囲にいたローブの集団を焼き尽くした。
「あっはっは! 後はまかせたよ、【未来の僕】」
「ふぉっふぉふぉ、託したぞ、【過去の儂よ】」
「たのしかったよ、【もう一人の私】」
「素晴らしきかな、素晴らしきかな【予言者たる別時の俺】」
「満足である。さらばだ【誇り高き余の片割れよ】」
「某は思い残す事なぞ何もない。成就されよ、【異界の我】」
本来ならば絶叫や悲鳴が轟くはずなのだが、焼き尽くされる彼らは皆狂気の笑みを浮かべ、異常な言葉を叫んでいた。
彼らが焼け朽ちた時、残された鎖は魔法陣へと組み込まれ始める。
──ふむ……やはり貴様らは只者では無い様だな。先程我が屠りし貴様らの魂が、誰一人冥界へ送られてこぬ
「お喋りはここまでだ」
オーディニアスの言葉を遮り、青年は両腕を掲げ叫ぶ。
「現出せよ、理の書四十二編! 」
魔法陣周辺に巨大な四十二冊の書が現れ、石碑の様に立ち並んだ。
──理の書だと……貴様、まさか!?
「我は命ずる。冥界に墜ちし戦神を、現世へと降臨させよ! そして世界へ放て! 」
──パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ
立ち並ぶ四十二冊の書は勢い良く捲られ始め、書の文字が輝く。
魔法陣は書に共鳴し、輝きながら回転し始めた。そして灰色の玉に繋がれた鎖が巻き付き、ギリギリと音を立てながら何かを引きずり始める。
──ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
するとソロー大草原一帯に不気味な鐘の音が響きはじめた。その音を満足気に聞きながら、青年は理の書第三編に手を向け、一本の杖を現出させると呟いた。
「冥界へ堕とされた貴様が現世に降り立つ時、何を想い、何を成すのか」
「教えてやる。貴様は現世を冥界にして精神の均衡を保とうとするであろう」
「実に愚かな神よ。戦神オーディニアス! くっくっく、はっはっは! 」
「──黄昏の杖よ、約束の地へ俺を送れ」
そう言葉を残し、黒いローブを着た一人の青年は杖と書と共にソロー大草原から姿を消した。
◇
──お嬢が帰ってきたぞぉ!
エーギルラーン号にたどり着き、バルバロス・ホールデン一行と合流したソフィアは、安心したのか倒れ込む様に眠りについた。
『おねぇさま! しっかりするなの! 』
「ヴォン ヴォンゥオン! (シェルちゃん落ち着いて。疲れて眠っただけよ! )」
フェルはソフィア達を乗せたまま乗船し、バルバロスの元へ走った。
ぐったりとフェルの背中に倒れ込むソフィアの姿を見たバルバロスは、驚きつつも船員へ命令を下す。
「お前ら! 船医のダーラ婆を急いで連れてこい! ソフィよ、しっかりするのじゃ! 」
──へい! お頭ぁ!
──
───
エーギルラーン号の医務室に運ばれたソフィアは、ダーラに傷の治療を受け眠り続けていた。
医務室は船員達の生命線であるが故、他の船室とは違い広い間取りになっていて巨躯のバルバロスやダーラ、そして大きくなったフェルが入室しても余裕がある。
仕事を終えたダーラは、溜息をつきながらその場に居たバルバロスにむかって説教をはじめた。
巨大な体から発せられるその声は、バルバロスに劣らない程の覇気を含んでいた。
「まったく、お嬢は今も昔もお転婆だねぇ。おいバル! お前さんがいながらお嬢に怪我させてんじゃないよ! 」
「すまねぇダーラ……」
言い訳をした瞬間に、巨大な体から鉄拳が繰り出される事を知っていたバルバロスはあえて短く返答する。
『おばぁちゃんごめんなさいなの……しぇるがいっしょにいたのにおねーさまを……まもれなかったの』
瞳をウルウルさせながらダーラに謝るシェル。そんな彼女を見たダーラはバルバロスの時とは一転、豪快な笑顔を見せてシェルを抱きかかえた。
「なにいってんだいシェルちゃん。シェルちゃんが居てくれたからお嬢は生きて帰ってこれたのさ! それよりもお嬢の側にいて傷を治す手伝いをして頂戴ね」
『あい! おばーちゃん、しぇるがんばる! あい! 』
「ふっふっふ。良い子だねぇ。それとアンタもよくやったよフェル! お嬢とシェルちゃんを無事に届けてくれてありがとね」
ダーラはお礼を言いながらガシガシと豪快にフェルの頭をなでる。
「ヴォン! (当然よ! )」
褒められたのが嬉しかったのか、フェルは尻尾をブンブンと振りながら返事をした。
(なんで儂だけ扱いが違うのじゃ)
心中で不服を漏らしたバルバロスに気付いたのか、ダーラはギロッと睨むと怒声を放った。
「バル! お前さんにはお前さんの仕事が残ってるだろ! さっさと舵を取ってこいってんだ! 」
「言われなくてもわかっとるわい! ソフィらを頼んだぞ偏屈婆! 」
そう言うと、バルバロスはドカドカと足を鳴らして艦橋へと戻って行った。
『おばーちゃん、おじーちゃんとけんかなの? 』
シェルは心配しながらダーラへ問いかける。
「ふっふっふ。違うわよ。アタシらにとってこれは喧嘩じゃなくて、普通の会話なのさ」
『ふつう? 』
「そう、普通。今のだって【さぁ帰るわよ】ってアタシが言って、【わかった。ここはまかせたぞ】ってバルが言った様なもんさね。気にしなくても大丈夫よ」
『わかったなの! 』
「それじゃシェルちゃん、アタシは薬草の棚を整理するから無理しない程度にお嬢を見ててね。それとフェル、二人を見守っておくれ」
『あい! 』
「ヴォン! 」
◇
森の家ではディオールドを中心として、報告をしあっていた。
「なるほどのぅ。つまり其方らの所には邪神は現れなかったということじゃな? 」
ディオールドの言葉に皆頷き答える。
「むしろ陛下の所に邪神が現れて、しかもやっつけたってのが驚きだぜ! 伊達にラドルア帝国の皇帝陛下じゃないよな! すげーよ! 」
「ふぉっふぉっふぉ。屠ったわけではないのだがのう。余は時間を稼いだに過ぎんて」
「それでもすげーよ! なぁみんなもそう思うだろ!? 」
まるで友と話す様に接したグリードに対し、父であるオースロックは慌てて止めた。
「おいグリード! 礼節を知らんか! 陛下、愚息が無礼を働き申し訳ありません……」
「ふぉっふぉっふぉ。良い良い、余はすでに皇帝の位を退いて隠居の身じゃ。余らはナイト殿の友であり、手を取り合った仲じゃて。公式の場ではそうもいかんじゃろうが、ここはそうではない。むしろ気さくに話してくれた方が余は喜ばしい」
「ありがとうございます陛下」
「ありがとなじっちゃん! 」
「この馬鹿垂れが! 」
──ボカッ
「いってぇ! なにしやがんだクソ親父! 陛下も気さくに話せっていっただろうが! 」
「黙れクソ餓鬼! お前は社交すらわからんのか! 」
オースロック親子の様子を見て、その場に居た者達は笑い合った。
すぐそこまで迫ってきた戦神の影があることも知らずに。




