優しき翼の贈り物 陰謀渦巻くソロー大草原
ルシフェルの絶叫が止み、氷結の大地に静寂が戻る。先程までとは違い、周囲の邪悪な雰囲気は微塵も無くなっていた。
それからルシフェルはゆっくりと大地に舞い降り、ソフィア達の方へ歩み始める。
「シェルちゃん……下がって……」
ボロボロの体を奮い起こし、ソフィアはシェルへ下がれと口にした。
『おねーさま、めーなの! しぇるがまもるなの! 』
「シェルちゃん、だめだ! 」
シェルはソフィアの言葉に反し、小さい体を目一杯広げてルシフェルの行く手を阻んだ。
『しぇるはだれもきずつけさせないの! 』
小さな体はフルフルと震え、目には涙が溜まり始める。その姿は恐怖を抱き、出来る事なら逃げ出したい、と訴えていた。
今までの邪神とは別次元の力を持つルシフェルに対し、シェルはこの世界にきて初めて恐怖という感覚を憶えていた。
それでもシェルはその場から動こうとはしない。
彼女を支えている物が何なのかは本人にもわからないでいた。
ルシフェルが眼前にまで迫り、血に染まった赤い瞳をシェルへと向ける。
「シェルちゃん! 」
ソフィアが叫び手を伸ばした時、ルシフェルはしゃがみ込み、シェルと目線を合わせると慈愛に満ちた笑顔を見せはじめた。
『安心しなさい……今の私は自分を取り戻した……貴様達を害したりはしない』
そう言うと、そっと手をシェルの頭に乗せ、優しくなでながら話続ける。
『やはり貴様は……ふふっ、ディアールよ、お守りとはこういう事か……』
ルシフェルの手から伝わる優しさが伝わったのか、先程までの恐怖が消え去り、シェルはゆっくりと喋り始めた。
『おにーさん……しぇるしってるなの……でもおもいだせないの……』
物悲しそうな表情のシェルへ慰める様にルシフェルは語り掛ける。
『ふふふ、今は思い出せなくても、いつか必ず思い出す日がくる。それよりもだ、お使いの途中であったのだろう? 』
『あい! しぇるたちはとりさんのはねをさがしにきました! あい! 』
そう言うと、シェルはソフィアから羽を受け取りルシフェルへと見せはじめた。
『良い子だ。だが本当は、それだけではダメなのだ』
『!? どうしてー? 』
驚くシェルをそのままにルシフェルは見えざる大翼から一枚の羽を取り出すと、シェルの見せた羽と重ね合わせる。すると二枚の羽は輝き、交わる黄金の羽へと変化した。
ルシフェルはそれをシェルの小さな手の平に乗せ、口を開く。
『大切な物だ、無くさない様に。それと勇敢なる騎士よ』
思いがけず声を掛けられたソフィアは、驚きの表情を浮かべてルシフェルへと顔を向ける。
『これは古き友から託された剣、名をギルディアスという。貴様の大切な者の道を切り開く、唯一無二の神聖剣だ』
剣を突然差し出され、より困惑するソフィア。
「まってくれ。何故この剣を私に? 今の私ならわかる、これは人が持ってはいけない物だ。それこそ神の──」
ソフィアが固辞しかけた時、ルシフェルの様子が激変しはじめた。英気を漲らせた美麗な顔は老け込み、腕は細りはじめる。
『ちっ、もう気づいたか。勇敢なる騎士よ、時間が無い。我が友との誓約を果させてくれ……』
老い朽ちていくルシフェルだったが、その瞳は依然力強く、まっすぐソフィアを見つめ懇願してきた。
ソフィアは意を決して剣を受け取ると、ルシフェルへ誓約しはじめる。
「わかった、其方の願いを聞き入れよう。我が名はソフィア・ヴィクトール。必ず私の大切な人……キドナイトへ届けよう」
ソフィアの言葉がルシフェルを安堵させ、表情をやわらげた。そして彼は天に向け叫ぶ。
『我が友ディアールよ! 遥か古の時に結びし誓約、無事達した事を今、宣言しよう! 』
──ズバッ
ルシフェルの見えざる大翼が彼の首を刎ね、鮮血をまき散らす。
突然己の首を刎ね自害した彼に、ソフィアとシェルは茫然とするしか無かった。
(ディアール、やはり貴様は悪趣味だな。よりによって眼前で自害させるとは。時が無き故、他に手段が無い事も確かだが──)
大地に転がる首と胴体は塵の様に四散する。そして連動する様にアイシアが本来の姿を取り戻し現れた。
『あぁ天上神ルシフェル様、誓約を達せられたのですね……』
アイシアの呟く声に反応し、二人とフェルは視線を彼女へ向ける。
その姿は半透明で、女神の様な美しい女性だった。
「其方は……アイシアなのか? 」
『はい、私は精霊アイシア。神々が産みし世界の調和を任された精霊神です』
それからアイシアはルシフェルとの経緯を語り始めた。
世界が滅亡する危機が訪れる。
その未来を回避する為、ルシフェルは天上から降臨しアイシアを氷結の大地まで呼び寄せた。
精霊神として居続けると滅亡回避が出来ない故、一時的に氷の大鳥へ存在を堕とすと伝えられる。
鳥へと姿を変えた後、遠き未来、すなわち現在にて女神の御使いが現れる時元の姿に戻る事。
元の姿に戻った時、世界と同調し、気配を消しなさいと言われる。
それらを伝えられた瞬間、高次元からの干渉によって自身の記憶が粗消え、目の前に居たルシフェルが天空神へ堕とされた。
天空神へ落とされ記憶を消されたルシフェルは恐怖の存在でしかなかった。故に怯えてしまった。
それらを語ると、アイシアはソフィア達へ願いを口にする。
『ですので、あの方を憎み恐れないでください……』
「……わかった。だが一つ教えてくれ。何故彼は自害したのだ? もしやその高次元の者に強いられたのではないか? 」
『時が無かったのです。見た通り、ルシフェル様は神性を堕とされ、その身を御されておりましたので……あのまま命を【奪われる】と因果を断ち切れず、転生出来なくなってしまいます。ですので自害する他無かったのだと思います』
「アイシアは平気なのか? 」
『はい。氷の大鳥に堕としてもらい、因果を結ぶに至りませんでしたから』
アイシアはルシフェルへの感謝を口にして、優しく微笑む。それからソフィア達へ別れの挨拶をした。
『縁の先に結ばれし女神の眷属よ、人の子よ。其方らの未来に幸あれ』
そう言葉にしたアイシアは世界に溶け込み消える。
全てが片付き、傷ついた体を起こしたソフィアはルシフェルから託された一振りの剣を握りしめ声をだした。
「未熟な私には話が大きすぎて理解出来ない。だが、今やるべき事は理解している」
「大切な……愛するあの人の元へ帰る事だ」
ソフィアの言葉を合図に、シェルは彼女の肩に飛び乗り、フェルはソフィアを背に乗せると元気一杯に返事をする。
『ないとがいるおうちへかえるなの! あい! 』
「ヴォン! ヴォン! (さぁかえるわよ! ソフィア、しっかりつかまってね! )」
こうしてソフィア達は氷結の大地を後にした。
◇
ソロー大草原の中心地。そこには黒いローブを着こんだ数名の集団が居た。
そこに居るのは子供から年寄りまで様々で、異様な雰囲気を纏っている。
彼らは円陣を組み、ポツリポツリと会話をしていた。
──インティアーナを屠った直ぐ後に、もう一柱消滅したのだが
──あぁ、それなら俺も知っている
──あれは行方知れずだった天空神と推察する
──うむ、間違いない。儂はルシフェルが逝ったと思う
──つまり我らの計画は最終段階に入ったと言う事だな
【インティアーナ】・【アーク】・【ルシフェル】・【ダグザ・トゥアハ】・【バルード・カーヴェ】
残り二柱。つまりあと一つ。
──故に我らがソロー大草原に集結した
──いよいよ僕らの願いが成就する! その時は今!
──戦の神を引きずりだし
──偽りの神へと弓ひかん
──全ては我が望みを叶えるが為。神を滅し、女神を滅ぼさん
我ら神々に仇なす偽りの使徒なり。




