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黒い雨

 黒き斑点は尚も数が減ることはない。上空で団子になり、その数は異様と呼べる程に気色の悪い黒は青が強く支配した空を瞬く間に赤い光りとなって支配していく……。


「チッ、こりゃあ駄目だ! 数が多すぎる」

 ゴツい銃を連射している鈴羅の父が参った様子で叫ぶ。

「なら、先に娘達を屋敷に避難させましょう」

「おう、そうだな! わりぃが母さん! 頼んだぜ」

 短く会話を済ませるとすぐに銃を撃ち始める。屋敷に入り込んでしまえば烏どもも為す術はない筈だ! そうでなければ、困る……そんな願望も少しだけ織り交ぜていた自分がいる。


「お母様、私達も戦えます! やるなら私達も応戦します」

「その言葉だけで十分よ」

 鈴羅のお母さんはそう言っていた。しかし、俺は何となく嫌な予感がしていた。鈴羅の庭にも関わらず使用人の姿が1つもなく、現れることもない。少しでも疑問が晴れるならと考えていた。


「いやいや、こりゃちょいとおかしくないですか?」


 無意識の内に言葉を放っていた。


「どういうことかしら」

「どうかしましたか? 峰島先輩」

「あぁ? なんだぁもやし!」

「あら、どうかしたの」

 四方八方から疑問の声が上がるが、続けざまに疑問に感じることをなげかける。重要なヒントになるかもしれない! 役に立つならここだと確信した。我ながら頭が冴え渡っている。


「さっきから使用人の一人さえ現れない、ヘリの音に銃声……これだけ響いてるにも関わらず誰も来ない」


 沈黙が走る――。


 この沈黙が酷く不安で仕方がない。


「い、言われてみれば確かに屋敷の使用人ならとっくに気づいているはずだわ」

「あぁ、使用人と連絡を取ったから知らないはずもねぇ」

「確かにおかしいわね。屋敷に入る際も、細心の注意を払いましょう」

「降り立ってからもお迎えすらありませんでしたし……へん、ですね」

 不確定要素だらけの屋敷に上空には烏の大群衆……不利すぎる状況に思わず体がプルプルと震えて笑いだす。


 逃げ場がないかもしれないのだ。


 しかし、決断はすぐに切り替わる。


「あ、あぁ! もう食らいやがれぇぇぇ!!」


 震える指先で俺は引き金を引くが……。

 撃ちだされた弾と引き換えに訪れる衝撃に反射的に瞬きをする。当たってはいるものの数はやはり目に見える程、減りはしない。


 ドシャ!


 と、今度は時間差で烏の死骸が上空から落ちてくるが……やはりその姿は()()()()ではなく、感染している。どのように感染したのかは不明だが、腹部が抉れていたり、目玉がない奴、内臓を外にぶちまけたままの奴もいた。明らかに普段飛び回っている烏のあるべき姿ではない。


「くっそ、やばいぞあいつら急降下してやがる! 駄目だぁ! 屋敷の扉にある天井で凌ぐぞ」

「全員走れぇぇぇ!!」

 それを合図に全員が背を向けて走り出し扉に向けて避難をする。


 続けざまにドスリッ! ドスリッ! と、鈍い音が響く。


「うがぁぁあああ!!」

 短い叫びが響く、もう嫌な予感しかしない。

「ッ! はぁ、はぁ……はぁ! どうにかっ! 間にあった、か……はぁ、はぁ……」

 それでも、息を切らしながら周りを確認しようとした時だった。駆け抜けた先の道程には無数の漆黒が拡がっている。

「な!? これ、全部が烏かよ!」

 まさに、死をも恐れぬ大特攻だ。先程の鈍い音の正体は、嘴が地面に突き刺さっていた音だ。その先に、死の雨をまともに受けた犠牲者の姿があった……。

「うっ!」


 戻しそうになっている自分のことなどお構いなしに、隣でスラリと伸びた銃器の切っ先が間髪入れずに爆音を断続的に撒き散らす。


「おわぁ!? ちょ、耳が……」


 思わず声が漏れるが……。


 ふと走っている最中で苦痛にも似た声を聞いた。


  その声の主は、果敢にも俺の隣で銃を連射していた鈴羅の父親だった。


 自然と、流れる様に足元に視線が移動する。その先で見つけた異物、いや決定的な証拠……。


 足に突き刺さった異物(烏)によって上手く立つことができなくなり、片足を引き摺る様にして進もうとしていた。


 しかし間に合わないと察した鈴羅の父は徐に口を開く。


「あとは、頼ん――」


 ドスッ! ドスッ! 


 それ以上の音はもう聞くに絶えなかった。

 まるで矢じりの様に黒い雨が降り注ぎ鈍い音と共に肉を貫いていく。

腕に、背中に、腰に、足に、


 そして――。


 後頭部をも貫き、短く痙攣を起こした後に鈴羅の父はピクりとも動かなくなる......。


 最期まで言葉を言わさせる前に、悪夢は命をモノの数秒で奪い去った。それはまるで映画のワンシーンの様に思える程にあり得ない、あってはならない光景だった。一瞬の出来事はスローモーションに見えて俺の目に焼きついてしまう。


「あぁ、うあッ――」

 言葉にならない謎の声が漏れる。どう表現していいのか、そもそも表現の施しようがない。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲痛な叫びとも嘆きとも取れる声を鈴羅さんが出していた。


「お、落ち着いて下さい! 気持ちは分かります! でも、どうか壊れないで下さいっ! 鈴羅せんぱいッ!」

 多々良さんは落ち着かせようと必死に彼女を抱き止める。


「いや! いや、いやぁ! もう、たくさんよっ! いやぁぁぁ!」


 尚も暴れ狂う鈴羅……。


「大丈夫よ。貴方にはまだ……守るべき仲間がいるわ。どうか泣かないで、前を向きなさい楪!」


 母の優しさ、すべてを包み込む抱擁……。少しだけの沈黙。


「あぁぁ、あ! あぁ!」

 何かを告げようとしているのかは、はっきりと分からないが落ち着きを取り戻す鈴羅さん。俺はと言うとかける言葉が見つからず、その場をただただ見つめることしかできなかった。


 ガチャリ!


 そんな、どこかばつが悪い気持ちに一瞬だけ気を取られていた。


 視線を少し落としていた、瞬きの隙。


「もう少し早く開けられなかったものかし――」


「ぐうぇぇぇぇぇェェェェああああああああ!」

「え?」


 誰もが誰一人として反射如きの反応速度でも到底、及びもしない速度で鈴羅の母親が腕を掴まれたかと思った次には……。


 ソコに姿は跡形も面影も、名残りさえも残っていない。


 「来るんじゃないわ! ゆずり! ゴフッ、ぜった……」


 鈴羅が踏み出した一歩はその先を目指さない、目指せない。



 なんだ、これは。



 なんだこれは――。



 なんなんだこれは。


 当事者の人間の精神がまともでいられるわけがない。


「あぁ~あぁあ……」


 少し間延びした声、その先は……。


 表現すらしたくない。


「えっ、そんな! え?」

 掛ける言葉が見つからず何を言えば良いのか分からず俺は口ごもってしまう。なにもできない、無力で無意味な自分は立ち尽くす。

「せ、先輩……」

 多々良さんも鈴羅の様子を見て一体どんな言葉を掛けてあげればいいのか分からずにいるようだ。


「あはっ、あはは……あははははははは!! ヒヒヒヒ!」

 かろうじて繋ぎ止めていた糸がプツリとキレた様に目をカッ! と見開いたまま笑っている。

「もう、駄目よ。なにもかもおしまいよ」

 さんざん高らかに笑い終えた後に鈴羅さんはそう呟く。


「そんなことないです! 鈴羅先輩、私達はまだ生きています。抗えます! 皆さんの想いを無駄にしちゃそれこそ意味がなくなります!」


「あ、おう! そうだ諦めるにゃーまだまだ早いぜ鈴羅さんや」

 多々良さんにつられた感じではあるが一生懸命に鈴羅さんを二人でなんとか励まそうと考えるが……。


 正直な所……()()()()()意外は希望が何一つなく『諦めないで』『生きている』『抗える』位しか言える事がない。これは励ましの言葉になるのか? 仲間の為にとも言いたいが、正直言って失う数が急速に早すぎて最早今の現状ではこの言葉は彼女の傷を余計に抉るだけだ。


 などと考えていると不意に――。


 窓の硝子が割れ、凄まじい音が鳴り響く。


 それと同時に赤い目をした奴等が庭へと割れた窓から飛び出して来る。



「いひひひひひひ! あははは!」


「ちょ!? 落ち着け! 鈴羅!」

「しっかりしてください! 鈴羅先輩!」

「ほぅら……きた! お屋敷の中も死人だらけぇ! あはは! もう、助かりっこない終わりよ。私達の負け……」

 完全に心が折れてしまった鈴羅さんは壊れた笑い声と共に諦めてしまっている。


「まだです! 私は諦めていません! 峰島先輩もですよね?」

 俺に向けて多々良さんが強く問いかけてくる。

「あ、あぁ! 諦めてなんか無いぜ!」

 そう答えた後、二人同時に武器を構える。俺は拳銃を、多々良さんは刀を抜く構えを取り……。


 刹那、多々良さんは一気に敵との距離を詰める! 


 そして、言葉を俺なんかが発する前に一閃を放つ。


「逃さないわ。新月!」


 デカブツとの戦闘時に放った一撃はここでも炸裂し、三体を僅か1手にして薙ぎ払う。


「ほらほら、も・や・し君も前見ないと死んじゃうよ?」

 と、キャラの変わった多々良さんに促され前を見ると前方には4体の敵が此方に向かって来ている。


「あ、うわぁ! くんな!」


 あわてて拳銃を構えてバスンッ! と、何発か撃ち放つが一体しかヒットせず、あっと言う間に残り弾装は一発になる。


「あぁああぁぁァァ!? やべぇ、やべぇ!」


 残りの一発は冷静に構え、ヘッドショットをかますが次の拳銃を取り出すまでに残りの二体が此方にたどり着いてしまう。


「ぐうぇぇェェェェェェあぁぁああぁあ……」


 ものすごい速度で向かってくる敵を目前で小柄な少女が通り過ぎて行く。


「まぁ、上出来なんじゃない?」

 過ぎ去る直前に多々良さんはそう、告げる。

「あ、はいぃ」

 俺は困惑のあまり、短い返事しかできなかったが、彼女が通り過ぎた後には赤黒い血を撒き散らして、頭を裂かれた敵だった者が倒れていた。

 刀を振り、刀身に付着した血を振り落とし再び鞘に戻して俺と多々良さんは敵の追撃が無いことに取り敢えず一安心した。


「なんで倒しちゃうの? 私は待っていたのに、ねぇ? なんで……」

 死んだ瞳で鈴羅さんが問う。もはや生きることを拒んでいるかのようだ。

「抗える限り私は先輩達……いえ、仲間の為に私は戦い続けます」


「そんなの無駄よ、どうせ死ぬんだから」

 冷たい答えが返ってくる。

「おい、鈴羅さんいくらなんでも言い過ぎだぞ」

 流石に見かねた俺も口を挟むが貴方がそんなんだと、俺までも壊れてしまう。頼むから、そんな悲しいことを言わないでくれ。


「うるさいわ、うるさいッ! うるさい! うるさい! 貴方達に何が分かると言うの? 何を知っていると言うの?」

「先輩が辛いのは分かります」


 曇りなく見据える真っ直ぐで透き通った眼差しで鈴羅に向き合う多々良さんの姿にただただ、目を奪われているだけの自分。


「だからと言って自ら諦めて抵抗しないと言う結論には頷けません!」


 鈴羅さんに強い眼差しで多々良さんは訴える。きちんと自分の意思を普段の緊張しっぱなしで引っ込み思案な彼女は怯むことも途中で言葉を詰まらせることもなかった。


「...ッ!!」

 その言葉に黙り込み、ギリリッ! と、歯軋りをする鈴羅。


「わ、分かってるのよ。私達はまだ生きていて、奴等を倒すことができる」

 鈴羅は弱々しく語る。

「そうだ! 俺達は戦わなくちゃいけないだろ!? 悔しいじゃないかよ! やられっぱなしなんて、だろ?」

「でも、それを私の心が追い付かないの……。沢山の人が亡くなっては化け物になって行く、しかも目の前でよ! 私たちは何度これを繰り返すの?」


 顔を両手で覆い本音をぶつける鈴羅さん。確かに彼女はこの1日で多くの人が犠牲者となって行く姿を目の前で見たのだ。しかも赤の他人ではなく、好意を持っていた人や肉親までもが一瞬にして犠牲となった。


 それだけの残酷な光景を目の前にしながらも彼女はいままで耐えていたのだ...彼女であるからこそ耐えられていたのだろうと感じる。

「確かに、とても怖くて悲しい事が一杯ありました。でも、先輩達と出会えたことはとても嬉しい出来事でした」

 多々良さんは涙を堪えながら鈴羅、俺に向けてもその言葉を投げかけてくれていた。


「あぁ。あぁッうううあああああ! 私も本当は怖かった! これ以上失うことも、自分が死んで奴等の様になるのも! ッく……!」


 大泣きしながら鈴羅が思いの丈をぶつける。それを見た多々良さんは思わず彼女を抱きしめる。


「うん、うんうん! 私も怖くて怖くて皆を失いたくないよ。だけど、その分失ってしまった人達の分まで足掻いて奴等を倒してあげないといけないと思うの」


 優しい口調の多々良さんは全てを包み込むような優しさで、見事に鈴羅から色んな想いを打ち明けさせている。


「ま、任せろ! こんなバカみたいなことをしやがった本人を必ず引きずり出して、俺がぶん殴る!」

 細腕をムキッ! と、見せるが誰も見ていない。


 そして、どちらともなく二人は離れてお互いを見つめた後に二人の視線は俺に向けられた。

「ごめんなさい、二人とも。取り乱してしまって」

「いいんです、鈴羅先輩。気持ちが一杯一杯になった時は吐き出して下さい。先輩は一人じゃないですから」

「おう! そうだぜ? 三人いるんだから助け合いながら協力しあい、絆を深めようぜ鈴羅さんや」

 何とか三人の思いがまとまり、おさまっていく。そんな最中で鈴羅さんが口を開く。


「私ね、実は二人でヘリに母さまと乗っていた時にこんな決意をしたの」


 そう言うと息を整えて決意の言葉を二人に告げる。

「この命が尽きるまで殺してやる! って、ね! 危うく忘れてしまう所だったわ」

 この時に見せてくれた鈴羅の表情はいつにも増して美しくて、尊いものだと感じた。


 人の笑顔はなんと美しいのだろう。


 それを聞き、俺と多々良さんは同時にコクりと頷き。

「いいねぇ~燃えてきたぁ! よし! みんな、手をだして~」

 そう、俺が促すと二人は俺の手の上に重ねてくれた。

「ぜってぇ奴等に負けないぞ~! せーのっ!」


 まるで、無垢な子供のように掛け声を合わせるように促す。


「おーーーーーっ!」

「おーーー!」

「お、おーー!」


 三人は決意を新たにショックを受けながらも前に進んで行くことを決意した。しかし、あまりにも周りを見ていなかったのが良くなかった。


「хорошо!(ハラショー)これはこれはとんだ茶番の様な子憎たらしい結託の瞬間を目撃してしまったわぁ」


 何とも場違いな声がする方に三人は顔を向ける。


「あんたは、なにもんだ」

「どちらさまでしょうか」

「誰かしら、貴方は」


「おっ! ワタシ? 私は……」

 声の主は嫌にニタリと笑った後に答える。


「オハツニオメニカカリマス、私はニーナ・アリシュレインです。ヨ・ロ・シ・ク♪」


 不気味なオーラを放ちながら彼女は自己紹介をした。


~黒い雨~ END To be continued

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