新たなる決意を胸に
今まで何を考えていたのだろう――。
頭が酷く痛い、苦しい、悲しい――。
負の感情がぐるぐると俺の脳内で螺旋の様に絡みつく。あぁ、そうだ……憐架を助ける為に必死に何度も多々良や鈴羅のお父さんを説得したんだ。
「あ、れ……?」
気が付けばヘリの中に居る。咄嗟に焦りが生じる! 心が波風を立ててざわつく、如月が乗っていない!
「おいおいおい! なんでヘリコプターに乗ってるんだよ! 憐架が居ないだろうがぁ! ふざけん――」
「やかましい! 黙れ小僧!」
直ぐ様、怒号がとびかってきた。
「あ、え……でも……」
言葉を失ってしまう。大人の剣幕な表情と怒号は昔から苦手なのだ。
「峰島先輩、ごめんなさい。私がもっと周囲に警戒していればあんなことには……」
唯一の主戦力である多々良が自分を責めていた。そんな彼女の優しさを利用して俺はまくし立てる。
「そ、そうだよ! 何で! 何で気付かなかったんだよ!? 気付いてさえいれば憐架は! 憐架は生きてたんだぞ! クソやろう!」
訳の分からない濡れ衣を多々良にぶつけて胸ぐらを掴みあげて吼える。最低で、底辺な自分がここにいる。
そして、あらぬ方向から衝撃が走る。
重い衝撃が右頬に来たと同時に俺はぶっ飛んでいた。あぁ――鈴羅の父さんに殴られたんだとその時、理解した。
「いってぇ」
「いいか! 良く聞け、誰のせいでもない! 後悔を他人に擦り付けて何になる?」
軽く小動物くらいならばノしてしまいそうな強靭な腕で胸ぐらを思いっきり掴み上げられていた。
「多々良ちゃんだけじゃねぇだろうが!? あぁ、テメェも気付けた筈だろうが! ちげぇのか?」
恐ろしい剣幕で問い詰めてくる。だか、確かにそうだ。自分だって他の皆だって気付けた筈だった。つまりは全員が油断していたが故の大きなミスだ。
でも、そんなことを言われたって! 仕方なかったんだ表現のしようのない感情が無尽蔵に俺を襲うのだ。
「違い……ません、そうです」
「ならば、お前には真っ先にやらねばならん事があるだろう」
そう、促されて俺はまっすぐに多々良を見つめる。
「酷いことをしてしまいました……ごめんなさい」
そんな俺の姿を少し困った様な表情で多々良は見ていた。
「き、気にしないでください! わ、私も峰島先輩も同じ光景を見た者同士です。何もできなかったのは事実ですから」
鼻息をフンッ! と、鳴らして俺の胸ぐらを掴んでいたゴツい手が離れた。
「男ならシャキっとしやがれ! 野郎が多々良ちゃんより頼りなくてどうすんだ!? なよなよすんじゃねぇ」
「は、はいその通りです」
「こ、これからはもっと皆さんの警戒にも更なる強化をするので如月先輩の分まで私達が、頑張りましょう」
両手を顎の近くでグッと握り締め、明るく振る舞ってくれている多々良さんに涙がまた出そうになるのを必死に堪えた。俺はどうしようもなく情けない奴だと再認識してしまう。
そんな自分が何故生きているのかとも……いや、この考えは良くない。
「ぁ……お、おう! そ、そうだな! 俺っちが間違ってたぜ!」
ニッコリと笑ってそれに答える。そして決意を固める。それ以上はいけないと言葉が俺の想いを遮ったのだった。
「俺が多々良や鈴羅を今度は如月憐架の様に守る立場だ。絶対に死なせない! 弱い俺にもできることがあるはずだ!」
「テメェより落ち込んでても前に進む意思を持ち続ける娘だっているんだ。男らしくしろよ」
その言葉にハッとした。きっと鈴羅楪のことを指しているんだろう……。
それだけじゃない、多々良にまで励まされる始末の自分。
「その娘はなぁ、目の前で好きなやつを失ったんだ。しかも、伝えたい気持ちを感染間近のやつにしか伝えられ無かった、鈍感そうなテメーでもこの辛さが分かるだろう」
それを聞き、更に胸が締め付けられた。好きな人を目の前で失う。これ程悲惨なことはない。今の自分なら……自分が女性なら、自殺案件だ。
「俺、もっと強くなります! アイツの分まで生き抜いてやります」
「いい面するじゃねぇか! 娘や多々良ちゃんに迷惑かけんなよ? もやし男でもできることはある! ちったぁ非力でも役立てよ?」
ガッチリと堅い握手を交わす。自分の手と明らかに違う手の感触、その差だけでも器の差が窺い知れる。
「先輩は明るくてお調子者だからこそ、峰島先輩です」
可愛らしく笑う多々良さんにほんの少しだけドキリとした。
それと同時に、俺は彼女にどれ程、酷いことをしてしまったのだろう……傍でずっと笑顔を絶やさない様に、明るく振る舞って気遣いまで多々良にさせてしまっていたと言うのに……。
「お、おう……それは褒めてるのか微妙だぜ~多々良っち」
そしてここで1つ、疑問に感じることがあった。
「そういや、いつの間に俺はヘリに乗り込んだんっすか?」
他愛もない疑問を投げ掛けた。つもりだったが。
「それはですね……」
「そりゃあ、お前」
どうやら、大変口の割りにくい内容に触れてしまったようだ。
~10分前のお話~
『ま、まだ助かるかも知れないだろ!? 助けないと』
淡い期待を胸に二人に問うていた。しかし、二人から返ってきた返事は――あまりにもそっけないものだった。
『私達は行きましょう、四国に』
『時間がない、急がねぇと何処からまた侵入してくるか分からねぇ! 早く乗り込め』
仲間を切り捨てる選択の答えが返ってきた。
『そ、そんな!? だって、まだ奴らは来てないし、少しくらいはいいだろ? な? な?』
懇願する俺を尻目に鈴羅の父さんはヘリに乗り込んでしまう。
『嘘だろ!? 置いて行くなんてあんまりだろ! なぁ……なんで! なんでなんだよ! なぁぁぁぁ!?』
俺とアイツは二人居るからこそ素晴らしい連携ができるのだ。なのに、なのに! アイツが居ないと俺はただの荷物でしかない。
俺には賢い頭脳も多々良さんの様な戦闘能力もない。
俺には何もないのだ。
『嫌だ! 仲間を切り捨てるなんておかしいだろ!?』
駄々を捏ねるようにヘリに乗るのを拒み続ける俺はとても虚しかった。恥も、事の重大さも、ここにいることがどれだけ危険なのかも、一切理解などしていなかった。
『先輩、すみません。少し痛いかも……です』
多々良さんが小さくそう、伝えると一瞬何かが反射して――
ドスンッ! と、腹部に衝撃が訪れたかと思えば、意識がどんどん遠くなっていった。零ちる寸前に気付くのだ。
『くっそ! 峰打ち……か……よ』
『うっふふ、少しだけ、眠っててねぇ~』
零ちる寸前で多々良さんの変わり果てた口調と表情が脳裏に焼き付けながら――。
「あ、あぁ! 思い出した。確か峰打ちでそのまま失神したんだ」
「ご、ごめんなさい! あの時はああするしかなくて」
「がっはっはっはっ! いやまぁ、立派な峰打ちだったわい」
なんて話している内に少しずつ暗い雰囲気は明るくなっていた。そうして、ヘリの空中散歩も終わりを告げようとしていた矢先のことだ。
多々良のことについて聞こうと考えていた矢先だった。
操縦士の方が声を張り上げる。
「あぁ!? 何だあれは! 直線上にて無数の黒い斑点を確認! あれはまさか、烏の群れ!? でも、あの数は異常です!」
「あぁ!? 何だと? すぐに別荘のヘリポートに着陸だ急げ!」
唐突に緊張が走る、基本的に烏は大きな大群で飛び交うことは希なケースだ。だとすれば感染した烏の可能性もある。
「うげぇ! あの数は洒落にならないってのマジで……」
「多分もう奴等は気づいてます、別荘に着陸したら戦闘を覚悟して下さい。今度は失敗しません! 守ってみせます!」
よくよく考えてみればヘリコプターのエンジン音は大きい、その音を聞きつけた感染烏共が反応して集まる。気付けば大群衆の出来上がりと言う仮説が簡単にできあがる。
にしても、あれの『感染力』はどこまで影響を及ぼすのだろうか、そして多々良に守るなどと言われてしまった。
「おぅおぅおぅ! やって殺ろうじゃねぇか、来やがれってんだよ!」
そう言ってゴツい銃を構える鈴羅の父さん、それと同時に多々良さんも集中力を高めているようだ。
勿論、俺はすることなどない。
周りの人はとても頼もしい限りだ。
次の瞬間、銃を構えたまま黒い斑点に向けて――。
物凄い連射力で、ゴツい銃からポンポンと面白い様に弾丸が放たれる。
と、同時に大量の薬莢が辺りにカラカラと落ちていく。
しかし、なかなか数は減らず、ぐんぐんこちらに迫る群れが次第に近くなっていく。着陸したと同時に素早く多々良は表に降り立ち、臨戦態勢に入る。
撃ちながらゆっくりと鈴羅の父さんは降りてくる。
俺はというと一応銃を構えてはいるが、はっきり言ってかなりビビっていた。
先に着いていた二人も気付き、臨戦態勢になる。着陸早々に今度は空からの手厚い歓迎がくる。
「うはぁ~ま、マジで? 感染広がるの早すぎませんかねぇ? つか、空飛べるって反則じゃね?」
「峰島、煩いわよしっかり集中なさい」
「峰島先輩、カバーをしていかないと集団の力にねじ伏せられます。よそ見は禁物です」
注意されまくりだか気を引き締めないと不味い状況下にあるのは違いない。チャランポランタイムは禁止ということだろう。
新たな土地へと降り立つや否や、即座に戦闘が始まろうとしている。最早、どこへ行っても戦闘は避けられないのだろう、そんなことを考えつつも――。
「うっし! 一発かましてやりますか!」
気合いを入れ直し、迫りくる黒い大群衆を睨み付け、しっかりと銃を握り締める。
~新たなる決意を胸に~ END To be continued