優しいキス
そして、世界が止まってしまったのかと思う程の静寂が訪れる。
ただ、一つだけはっきりと分かることがある。
それは――。
たったほんの数秒のできごとで、人間と言う枠組みから自分は追放されてしまったと言うこと……。
すなわち、感染者となってしまった――。
もう皆と同じ様に四国に上陸は果たせない。
足首からはまるで、ヒルジンの作用の如く出血は止まることなく自分の足回りには赤がどんどん拡がり彩っていく……。
「ごめんね皆、僕はここで退場みたいだ。あ……ははは……やっちゃったなぁ~本当に油断大敵だ……ね……」
何故か言葉が上手く話せない。気が付けば僕は信じられない程に泣きじゃくっている……。いざとなれば自分を犠牲にしようと考えてていたはず!!なのに!!この感情は何なんだ!?
「あれ……可笑しいな……はは……はうっ!!!!……くッ!!……そ!!」
ぐちゃぐちゃな感情を更にぐちゃ混ぜにする様に涙が止まらない……。
「お、お……い!!き……きさらぎぃ~なぁにやってんだよ!?こっち来て早く足のちりょ……う……」
次の瞬間、峰島の声は大きく張り上げられた。
「ばかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!なんで噛まれたんだよ!!!!なんで噛まれただけで感染するんだよなんでだよ!!なんでなんだよぉぉぉぉぉ!!!!うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!くっそやろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
嘆きや恨み、怒りの入り交じった雄叫びの様な悲痛な叫びがこだまする。頭を抱え、まるで魂が抜けた様に膝から崩れ堕ちる峰島が見える。
鈴羅さんの隣ではぴったりと寄り添う様にして多々良さんが小さく肩をヒクヒクとさせている。しかし、鈴羅さんだけは表情をピクりとも変えずにまっすぐにグシャグシャに泣き腫らしているであろう自分の顔を真っ直ぐに見つめている。
「ごめんねゆいちゃん、私アイツにどうしてもしないと行けないことがあるの――後悔、したくないから」
「うん……」
自分の距離からは聞き取れないが二人の会話は終わったのだろう。
いつも通りの表情で鈴羅さんは此方に向かってくる。
「だ、駄目だ!!来るな! いつ豹変するか分からない!!近づくな!!」
グシャグシャの顔ではあるが、かなり睨みを効かせて鈴羅に吼える。人に向かって本気で怒ったことなんてなかった。
僕だって必死なのだ!! 感染などさせてたまるものか!!
「うるさい!! これだけは伝えてやっておかないと嫌なの!!最期くらい我儘に付き合って!!」
普段の彼女からは意外過ぎる一面だった。逆にその言葉に圧されてしまい、鈴羅さんは目の前まで来てしまう。
そして、最期――その言葉は重くのしかかるのだ。
「わ、分かったから早くしてくれると助かるな……」
グシグシと涙で溢れた顔を拭い、無理矢理ではあるが微笑む。笑ってなどいられる状況ではない。早く、彼女を僕から離れさせなければ。
「私、これ程まで鈍感な方は初めてよ」
「えっ? どう言う――」
思わぬ発言に呆気にとられてしまい、素が出てしまう。
すると彼女は悪戯っぽく人指し指でピッと僕の口を遮ってしまう。そのまま指先はゆっくりと離されと思った瞬間――。
彼女の端整な可愛らしくも美しい顔がグッと近づき、唇にそっと柔らかな感触が訪れ、そのまま彼女は僕の耳元までグッと顔を近づけてくる。
「ずっと好きでした――」
直ぐ様、踵を返してクルリと反転し可愛らしくも慣れない素振りで小さく手を振り……。
「また、いつか」
彼女はそう告げると半ば放心状態の峰島を多々良さんと共に引っ張って行く。その姿はどんどん小さくなり、やがて見えなくなってしまった。
足下には頭部をグシャリと潰され、どす黒い赤と同時に眼球やら脳みその様な物と混じって色々な肉片を撒き散らした犬であった物がいた。
「クソッ!!……終わりたく……ねぇよ!!」
そんな想いを抱きながらフラフラとした足取りで鈴羅邸へと戻って行く、銃声の鳴り止まぬ方向へ向かって――
彼女の気持ちに――想いに――
僕はなにも答えることができなかった。
「僕には――その資格が、ない」
僕は『二度と笑顔が作れなくなる』なら、最期にせめて――
笑顔で『行ってらっしゃいと』言えば良かった――。
後悔しても遅いことだ――
何もかもが遅すぎるのだ。
『好き』その二文字は永遠に彼女には伝えられないのだから。
静かな時が流れたまま2つのヘリコプターが用意されていた。そのまま流れ作業の様に私はヘリに乗り込む。
私とお母様、お父様と峰島に多々良さん。峰島がそう言ったのかなんて分からないけどきっと、多々良さんがそう提案したのだろう。
何事もなく、ヘリコプターは動きだし空中散歩を開始する。それから10分位が経った頃だろう……お母様が静かに私を抱きしめた……。
「よく、泣かなかったわね……偉いわ」
「うっ……!! お母さん……」
咄嗟にぐちゃぐちゃになりそうな頭を必死で整理しようとした。
「もう、我慢しないでいいわ……貴方の想いを全部、今の間に吐き出しなさい。無理はしなくていい」
途端に溜め込んでいた物を洗い流す様に大量の雨が私の目から頬を伝い...零れ落ちる。こうなることは分かっていた。なのに……だ。
顔はすぐに少し、しょっぱい水分と共にグシャグシャになる。それでも雨はおさまらずに溢れ出す。どんどんどんどん悲しみが頬を伝って行く――。
「ひどいよ……私達が一体何をしたって言うのよ!!!!!!こんなの……!!!!こんなのって……っ!!」
我ながらどうかしていると感じる。他者の為に、ここまで本気で泣いているなんて……。本気で毒されていたみたいだ。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
受け止めたくない現実に我をも忘れて狂った様に喚き散らす……。どうすることもできない現実に気が狂いそうになるのを抑える為に必死に叫んだ。普段の私ならばありえない現象だ。
同時に殺意が込み上げる。どちらの気持ちが本物だ?どれが『本当の私だ?』自分が分からなくなる。
「ユル……サナ……イ!! 許さない!!!!」
私の中にある最大の殺意を持ってアイツらを殺してやろうと思った。
「この身があるかぎり……殺し尽くしてやる、足をもがれても腕を食いちぎられてでも!!!この命が尽きるまで殺してやる!!!!」
自然とスラスラとそんなことを口走っている。 やはり、私は――
お母様は何も言わずに静かに私を見ていた。
~あれは一年前の出来事~
当時から私は驚異的とまで言われている流通網を誇る財閥のトップを独占する鈴羅家のお嬢様。
入学当初からお嬢様と言うこともあり、屑な人間が寄ってくることは多々あった。お金欲しさに群がる性根の腐った奴等は下心剥き出しで私に迫る。当然、私はそれを一蹴する。そんなこんなで一学期を迎えた頃にはすっかり寄り付きもしなくなった。
そして気付けば私は一人ぼっちだった――。
話しかけることはおろか、先生に当てられる以外では言葉を交わすことすらほぼ無かった、そもそもこれを『言葉を交わした』と言えるのかと言われれば、怪しいラインだろう。
そんな日々は続き、私自身も慣れてきつつあることに不安になりながらもあっと言う間に三学期を迎えてしまった。
「うっす、おはようっす!!」
何の変鉄もない朝の学校で私に挨拶をしてきた命知らずが突然現れた。
「なにかしら」
いかにもお調子者と思われるソイツの態度に冷たい態度で私はお出迎えをしてやる。だが、ソイツは怯んでいないご様子。
「うっは!!折角の美人なお顔がすぐにムスッとなっちまった」
「貴方には関係の無いことよ、くだらないことを言うならさっさと消えて、ムダな時間は割きたくないの」
大体の奴はこれで気分を悪くして去るのだが、ソイツは違った。
「あーやっぱ難しいわぁ……お友達になりたいんだけどなぁ……なぁ?きさらぎぃ~」
「はぁー……峰島、僕は君の声の掛け方から正したい気分だよ」
随分と正反対な性格の二人が私の前に立っっていた。どんな付き合い方をすればこうも正反対な二人組コンビが結成されるのだろうか。
「えっと……鈴羅さんおはよう。 一度声を掛けておきたかったんだ」
彼は確か学級委員を務めている如月憐架と言う名前だった筈だ。だからといって私には全く関係のないことだ。私は違う意味で『ここにいる』
「あらそう、それはどうもご丁寧に委員長さん。でも、挨拶を済ませたのだしもう用は無いでしょ? 関わらないで」
尚も冷たい態度を取る私は心の中では何をやっているのよ!!と叫んでいた。自ら話の種を摘んでしまっている。別に構わないことのはず……なのに、どうしてこうも掻き立てられるのだろうか。
「いや、大事な用があるよ。 さっきも言ってたでしょ峰島が」
「おうよ!! 俺達は鈴羅さんとお友達になりたいわけよ~」
友達――
その言葉の嬉しさに跳び跳ねりそうになるが心を一気にクールダウンさせる。おかしい……私はこんな筈ではない。
「くだらない……要らないお節介よ」
想いとは裏腹に言葉は素直になれ無かった。私は素直になる方法など習っていない。
「そっか……じゃあこうしようか、僕達は鈴羅さんに友達になって貰う為に接し続ける」
「決まりだ!!ガンッガンッ!! 行くぜぇ~鈴羅嬢♪」
まぁ、悪い奴等ではないし自分も知りたいと思ったのだ。そんな不思議な二人組に、興味を持ってしまった……。
たった、二人だと言うのに――そもそも関わり方を私は知らない。
「いい度胸ね、いいわ付き合ってあげる」
でも、この二人が面白いなと思った。
そして忘れもしないあの言葉――。
「それと、絶対にくだらない物にはしない!! 貴女にとっても楽しめる友達になってみせるから」
それから彼等はどんどん私に接してくれる様になり、そんな最中で私自身も如月くんにいつしか好意を抱いて行くようになった……。
でも、私は自分の気持ちを表に出すのがへたっぴで勇気が出せずにいた。
結局想いをぶつけたのが別れる最期の時なんて――
なんとも私らしい、恋の幕引きではないだろうか。
気が付けば彼等との出会いを思い返していた。いつしか頬を伝っていた雨は上がり、落ち着きを取り戻していた。気をしっかりもて!!
そう言い聞かせて自分を安定させる。
そして、誰に言うでもなく私は呟く。
「ありがとう」
ヘリコプターのプロペラの音がゆったりとした時間を経過させていく――。
私の乗ったヘリコプターがすんなりと出た為、お父様グループのヘリとは少し距離ができてしまった。
と、言うのも峰島があまりにも言うことを聞かず説得するのに時間が掛かったそうだ……。ヘリの無線からそれは通じて聞こえていたらしく、お母様から教えて貰ったのだ。
ここで如月家に電話を掛けようとしたが案の定繋がらない。でも、電波が圏外になっていないにも関わらず……不思議には思ったが緊急事態に陥った今では仕方のないことなのだろう……。
そして暫くして私は一足先に鈴羅家がもつ別荘、四国にある愛媛県へと降り立つ。
様々な感情を抱き新たな土地へと私は足を踏み入れた。
~優しいキス~ END To be continued