疲弊
紅く染め上げられた地面は少し粘り気を帯びながら足場を支配している。その先に待ち構えるのは、異形な存在。
辛い、痛い、苦しい、許さない、殺す、助けて――。
様々な声が頭部だけを集めた球体から耳を塞ぎたくなる程に繰り返し何度も何度も告げられる。
「陣形は先程と同じだ!!おじさんのカバーを二人に任せる!!ヤバくなったら一旦距離を取って体勢を立て直す意識をしてくれ!!」
「了解です!隊長!サクッと終わらせましょう!ゴロゴロする為に!!」
「い、いつでも大丈夫です! 任せてください」
私の目でみても、この二人の強さは計り知れない。ただ確実に言えることは私よりも遥かに上を行く存在であると言うことだ。規格外過ぎる存在の力は並の目では読み取ることさえ拒むのだ。
なのに、だ。今、私たちの目の前にいる敵に三人では勝てる気が私はしない。全くもって――
「か、勝てる気がしない――」
峰島先輩のお父さんが勢い良く化け物に突っ込んでいく様子を私と加賀美さんは少し後から追いかけている。悪い作戦ではないし、戦い方にも慣れていて隙はほとんどない。
なのに――。
「んー?なんか言った?ダメだよ~サボりは!!」
「いっ!いえ!!なんばります!!」
「それ、柔らかそう!私もなんばる!!」
幸い、私の弱音は聞かれていなかった様で、代わりに頑張るがなんばるになってしまったのを上手い具合にコピーされてしまった。
「隊長の後に斬り込むから準備ね!」
「はい!! 加賀美さんの後に続きます!!」
「んにゃ!よろしぃ~!!」
焦りと不安、それだけが私を支配している。
軽く全員が無惨に殺戮されるのではないかと――。
そんな私の想いとは裏腹に、槍を突き立てる為に果敢に牙を剥く。
その槍が対象を貫く寸前――
「ぬっ!貴様!! 小賢しい真似を!!」
峰島先輩達を閉じ込めている物と同じの血の壁が立ちはだかる。
槍は見事に結晶のようにキラキラと輝く壁を貫いているが、反対側にまでは到達していないようだ。
「クッソ!!槍を返しやがれ!!」
「つキタテタのはおマエだ!ワレらもみヲまモル。トウゼんのコトだ、ミスみスうけルワケニハいかナイ」
「ほぅ、ではくれてやろう。 どうせ返さないのだろう?」
「ふフ、いイだろう。カエシテやろウ」
「聞き分けがいいじゃねぇか!助かるのう!!」
球体の化け物となにか会話している様だ。槍は壁に飲み込まれて行き、姿を消す。だけど私達がもう少しで、合流を果たすことができる。
焦った感情は幼い判断力しか持ち得ない私に油断を生む。
「下がれ!! 何とかさん!」
「――え?」
呆気に取られる、判断は追いつかない。槍を呑み込んだ壁が私たちの目の前に現れようとしている。
回避はできない、つまり――
「こなくそー!!」
そんな声と同時にパーカーのフードがグイン!!と引っ張られる。一瞬、呼吸ができなくなるが、壁に吸い込まれる心配は消えた。
「うぇ!! た、助かりまし――」
「寝ぼけるな!! 前の壁から攻撃が来る!!防げ」
体感時間にして約3秒、謎の壁から巨大な槍が私の心臓目掛けて弾丸の様に放たれていた。この瞬間に私が出来た行動は心臓から槍の位置を半身の姿勢になって逸らせることが精一杯だった。
ドスリッ!!!!
肉を裂いたり、切断することに特化した槍が私の右側の胸部をあっさりと貫く。猛烈な痛みは間髪を加えることなく、皮膚を貫くと同時に猛烈な狂気を生み出す。
「ゴフッ!!ゴポッ!!」
「多々良!!おい!!うっそだろ!?ねぇってば!!」
――熱い――熱い――
痛い?痛い?
今までに味わったことのない何かが容易く私の思考を支配する。
全身が焼けるように熱い……熱い……あつい!!!!!!!
一瞬の痛みはやがて、焼けるような灼熱の熱さに変わり――すぐに考えることも、何も生み出すこともできず、ただただ苦しいだけの時間が一瞬にして訪れる。
一時の痛みと熱さに身を焦がし、真水に飛び込んだ時のような冷たさが次にご挨拶をしてくる。
その都度、私の口からは赤い生命の泉が撒き散らされていく。
そして、再び全身の血管が引きちぎれそうな程の激痛が襲いかかる。
「あっ!!!!グァ!!ゴフッゴポッ!!ガハッ!!」
叫ぶことも叶わない――
熱さと痛み、寒さは何度も私の体を蹂躙する。それに耐えかねた私は――
――朱く染まった地面に立て膝を付き、そのまま手を前に出すこともなく顔面から崩れ落ちる――。
「おい!!うそでしょ!!ねぇ!! そ、そん……な」
「お嬢ちゃん!?クッソ!!!!加賀美!! 一旦さが――」
バスンッ!!!
「ぐ……お!! 生首野郎……てめー!!」
大事な護衛すべき人物を失ってしまった……
そんな悲しみを味わうことも敵わない内に今度はウチの隊長が苦悶の声で生首の化物を睨みつけている。
「あぁ!!た、隊長!!!足から!!血が!!!」
「大丈夫だ!!加賀美!! 太ももを怪我しただけだ!!」
大丈夫?そんなわけがない、太ももからは明らかに行動力を低下させるほどの一撃が放たれている。
傷口は大きくはなさそうだが、視認できない速さで隊長の太ももを撃ち抜いたかのような傷跡が確認できた。
「無茶です!!隊長は下がってください!!」
「構うな!!いつも通りおじさんが先人で打って出る!!」
「いいえ!! 私が倒します!!隊長は下がってください!!」
こんなことでモメる時間はない!!!おとなしく下がってくれと願ってしまう自分がいる。
「ウアァぁアアアアアアアアア!!!わズラワシい!!モロトもケシサッてヤる!!!!!!テマドラせるなよ?」
「上等!!私一人で十分よ!!」
「いかん!!よせ!!!」
球体は皆、同じように大きく口を広げて血色の悪い腕を無数に口から伸ばす。凄まじい速さの長い腕が、私たちに容赦なく襲いかかろうとする。だが、この手の攻撃には欠点がある。数は多いが基本的には脆い……はず。
数の暴力で私を仕留めることは不可能!!!!
「甘い!!」
手数で来るならば、こちらも手数で仕留めるまでだ。つま先をトントンと鳴らし、踵側を改造した靴からナイフ状の刃物が顔を覗かせる。勿論コレだけでは足りない!!いつも忍ばせている懐刀も引き抜き――。
整列させたかのように横一列に並んだ腕を、躊躇うことなく大振りに刀を振り抜くことで無残に引き裂く!!
休む暇もなく第二波が一斉に放たれる――
第一波の攻撃とは異なり第二波の攻撃はランダムに私へと向けて牙を剥く。左右上下から縦横無尽に無数の手が私に襲いかかる。
実はと言えば、この手のランダムタイプが一番『スタミナ』を削がれる攻撃手段だ。攻撃に合わせて足並みを揃えてテンポに飲まれないように排除しなければならない。
こればかりが続けば守る側は不利でしかない。
「くッ!! ちょこまかちょこまかと!!!」
足のナイフで広範囲を斬り伏せ、ピンポイントに足では捌ききれない範囲の攻撃は刀で切り捌く。私の本来の本気モード、クワトロスタイルだ。危なげなく隊長の周囲にも伸ばす魔の手を切り裂く!!!
「フフ!! 見えてないと思った?ざーんねん!!」
後方から静かに忍び込ませようと考えていたのだろう、最期の腕も綺麗さっぱりお掃除してやる。しかし、このスタイルは非常に燃費が悪い。
「あーーーーハーーー―???!?!?おマエ、さっキよリコキュウがみだれてイルな!!なるほド……な!!!」
「さぁーて?どうかしらねぇ~バケモンのアンタこそさっきより焦った声になっているんじゃなぁーい?」
「ふフ……ワラワせてクレルな!!」
見事に挑発には乗ってくれたが、なかなかどうして……隙きを見せやがらない。知能を持つ相手ほど厄介な存在はいないとつくづく思う。
奴の攻撃は予想がつかない、行動の一つ一つをじっくりと見て相手の手札を着実に切らせていく。
「来なよ!!来ないならこっちからいくけどぉ?」
「カマワん、だがイイノか?ウシロのやつは」
「汚いぞ!!お前!!」
「よせ!!加賀美!!おじさんに任せて下がれ!!」
どうしてこうも、いつもいつも!! この人は自己犠牲が過ぎる!!ここまで来ると逆にイライラしてくる。
「いいから!!隊長が下がりなさい!!!人の心配より自分の心配をしなさいよ!!全くもって鬱だな!!」
「おっ、おう……わかったよ」
久々に本気で怒ってしまったので、流石に隊長もこれ以上は踏み込んではこなかった。
「カンタンにイカセるものカ!!」
「相手になるわ!!」
「おじさんも自分の身は最低限自分でなんとかカバーする!!加賀美の得意な接近戦で一気に叩き込め!!」
「りょーかい!!」
それを聞いた直後に凄まじい速さで、生首の塊に向かって一直線に突っ込んでいく――
奴との距離がどんどん縮まっていく最中で、紅い血に染まった地面がボコボコと揺れ動き始める。
「きたか――」
ここまでは予想できてはいたが……はてさて、どのような手札を切ってくるのか、ということが一番重要である。
その刹那、頬にじんわりと痛みがこみ上げる。
「え?」
何かが私の頬を掠めたのは分かるが、視認できていない。次の瞬間――
帯状に伸びた血が信じられない速度で振り抜かれる――。
残像を残す程の速さの血の帯から繰り出される一撃はまさに斬撃そのものである。
「は、反則すぎる……」
誰にも聞き取れないであろう消え入りそうな小声で私は自然とそんなことを口走っていた。
「マズは、おマエからだ。ワガヨウブンとなるがイイ」
帯状に形成された血の塊が無数に私を捉えている――。
息をする余裕もないほどの無慈悲な斬撃が私に目掛けて無数に襲いかかる、視えない攻撃ならばもはや感覚と直感で全てを掴むしかない!!右に左に揺れながら感覚だけでなんとか防ごうと考えたが、一発目の斬撃を受け止めた瞬間にその一撃の重さに震え上がる。
ザァバァン!!
握っていた刀が虚しく真ん中辺りからポックリと折れている。
――瞬きも、空間も、息遣いも、全てがゆっくりと過ぎ去るように感じる――
「あぁ、これが……」
闘志も完全に燃え尽きてしまい、私はただただ次の一撃を真正面から喰らうことしか出来ない。完全に私の敗北だ。奥歯を噛み締めてその瞬間を受け止める準備をする。
生々しい音をヒビカセながら私の体が――
――斬られていない――。
「まったく……шумный(騒がしい)わ」
「え?どうして私は生きているの……」
「爆発やら、何やら随分と賑やかだと思えば……全く、悪趣味なオブジェがいるじゃない」
声がする方へ顔を向けると、小柄で華奢な少女がこれまた2メートル程のデカさのある巨大な棍棒を握り締めた化物の肩にちょこんと可愛らしく座っているが、彼女もただの人間ではないのは、一目見ただけで理解できる。
「あ、貴方が私を助けてくれたの?」
「ただの気まぐれよ、まぁでも一応貴方もДруг(仲間)かしらね。表面上は」
「なに?なんだって?」
よく分からないけれど、助けが来たようだ。恐らく、隊長や副隊長の関係者なのだろうが……もしやこの娘が。
「あなた、もしかしてニーナさんなの?」
「あら、よくわかったじゃない。 хорошо 」
突然の来客に腹を立てた生首の化物は奇声を上げて、少女に向けて容赦ない斬撃を放つ!!
「ドゥブ!!薙ぎ払え!!」
「ヴォヴォオウ!!」
私では視認すらままならない攻撃をいとも容易く薙ぎ払う、逆転のチャンスが芽生えている。
「オマえ!!ナマイきだ!!クタばれ!!」
「口の利き方には気を付けなさい。生首頭」
「生首頭?」
「貴方達、無闇矢鱈に生首を落としたでしょう。この産物は、ひょんなことから生まれたイレギュラーの存在なのよ」
「エエエェェェい!!!だまれ!!だまれ!!レぇえエエエエエエ!!」
荒れ狂おうとする生首頭と呼ばれた化物の周りから、這い出るように赤い地面から亡者が姿を現し、動きを封じ込める。
「ウぐぁアアアアア!!じゃマをするなぁああああ!!」
「粗末な知能で私に喧嘩を吹っかけたこと、後悔することね。言っておくけど今の私は非常に機嫌が悪いから手加減なんてしないわよ」
そう吐き捨てる彼女の瞳は真紅に染め上げられていた。
「そこのアナタ、もはや使い物にならないほどに疲れているでしょう?」
「まぁ、 正直……」
「なら、ここは任せて下がりなさい。 特異点は死んでいないからそのまま放置で構わない。それよりも、うずくまって難儀しているお馬鹿さんと共に鈴羅の元まで行きなさい」
「でも、壁は?」
そんな、質問さえも無視する形でフラフラと手を振るだけである。ともあれ、行けと言うことなのだろう、ならばここは任せてしまうべきだ。
「じゃ、お先に」
「早く行きなさい!!言葉はいらない」
言われるがままに、私は赤い壁へと向けて隊長を拾った後に向かっていく。
「さぁて、きっちりと死んでちょうだいね。生首頭」
「ダマレぁアアアアアアアアア!!!」
「もはや、言葉もまともに喋らないか……」
生きる意味のない異端の存在が闇雲に可愛い従者を吹き飛ばす。どうやら、殺る気は十分のご様子。
「さぁ、始めましょうか」
~疲弊~ END To be continued




