憩いの場所
疲弊しきった3人は無事に多々良さんの屋敷に到着を果たすことができた。俺が離れていた間で何かが起きていたようだが、亀裂の入るような大きな喧嘩に発展しなくて心なしか、安心をしていた。
そうして、再び多々良家へと到着を果たす。
「ちょ...これ、まじか」
「あら、随分と大層な守りがされてるわね」
「す、すごいですね。峰島先輩のお母さんは警察官のエリート組だと聞かされてはいましたけど...」
多々良さんの昔、住んでいた家に戻る途中までの間に俺の母親が陣取っているということを話していたのだ。しかしまぁ、徹底的に抜け目なく任務を遂行するのがウチの母親とは言え、コレには流石に驚きを隠せない。
屋敷の回りには巨大なバリケードが建てられており、まさに『難攻不落の屋敷』へと変化していた。
「おぉ!!約束通り帰ってきたな!!バカ息子!!」
鉄壁のような重々しい扉を開けて顔を覗かせたのはウチの母親だった。
「お、おう。にしてもすごい設備だな」
「ほんっとうにな!!!アタシもコレには舌をまいたぜぇ~!!なんせここの屋敷は設備が最強に整ってんだよ!!食料も風呂までも問題なく揃ってやがる!!!今日はここで一泊だな」
一泊?そこまで揃っているのにか?急いで出ていく理由は何だ?
「明日には松山空港に向かってあたしらが乗ってる車で行くから快適だぜ!!ほらほら!!お客人共ぉ!!中にはいりなぁ!!歓迎するぜ!!」
手厚くもてなす母はそんなことを言っていた。
「あ、明日!?ここを出ていくのかよ!?」
「いささか、気が早い出発にも感じるのだけれでも?何か問題が?」
俺の疑問を抱いた部分に鈴羅さんも引っ掛かりを感じたようだった。
「さっすがは!!噂に聞いただけのことはあるなぁ!!アンタが鈴羅嬢だろ!見てくれと気品だけで分かっちまうよ!!流石は財閥のお偉いさんだけのことはあるねぇ」
半ば話をはぐらかすような母の姿、一体何だというのだろうか。
「それよりも、なぜここを早々に立ち去るのか教えてちょうだい!!私の粗末な立場や位など関係ないわ!!」
「あ、あの...それに関しては私も気になりますので、教えていただけませんか?」
苛立ちを隠せない鈴羅さん、そこに疑問を抱く多々良さんも加わる。
「お?おぉぉぉお!!!!!なんだよこの可愛いロリっ子は!?いいねぇ!!!羨ましいじゃないかバカ息子!!両手に花だねぇ!!」
が、尚も母は質問に答えようとしない...そろそろ俺の出番だろうか。
「ヒッ!!」
「おい、母さん...それくらいにしてやってくれ多々良さんが怖がってる」
「おっほおおおおおお!!!!タタラちゃんって言うんだなぁ!!!これからしばらく世話になるぜ!!この!!バカ息子の母親だ。よろしくねー!!」
「んで、母さん。話が脱線してるんだが?そろそろ質問に答えたらどうだ?」
暴走するウチの残念な母親をどうにかこうにかして元の路線へと戻す。
「お?あぁ...移動の話だったな!!まぁ、簡単に言えば東京の避難場所にお前達を送るのが役目なんだよ!!だから、すぐに安全な場所に連れていきたいってワケよ!!」
ここも十分に安全な気がするが...そもそも東京にそんな場所は存在しているのだろうか?『安全な場所』そのフレーズに対して俺達は酷く敏感なのだ。軽々しく口にしていい言葉でもない。
「安全?それはどう言う意味かしら?私たちはここにも安全だからと翻弄されて来て、多大なる犠牲を払って生き延びてきたのだけれど、保証は本当にあるのですか?」
半ば、騙された様な感じでここに来たのだ。半信半疑になるのは当然だ。
「確かに、野郎が蔓延してるのは変わりねぇな。しかしよぉ?ここにあたしらみたいな連中がいて、今なおも東京の連中と連絡は取れている。安心しな!!アンタの両親みたいなことには絶対ならねぇからよ...」
それを今のタイミングで言うのは如何なものだろう...我が母よ。
「ただ、時間がねぇのは確かなんだよなぁ...何と言ってもあたしらは全国の生存者を集めて回れってのが任務になってるからな。だから、話したろ?色んなもんを任せて来たって。なぁ?」
唐突に俺に向かって同意を求める母親であった。まぁ、たしかに色々なことを任せて飛んで来たんだぜ!!みたいなことは言っていたが...よくよく考えてみればそう言うことを条件にして母親は来たのかもしれない。
「まぁ、言ってたな」
間違ったことは言っていないので、軽く同意しておく。
「ほらなぁ!!ウチのバカは頭は残念なんだけど嘘は付かねぇからな、ウチのもんに命じてここの所は信じてくれ!!!な?じゃないとこっちも色々ヤバイんだよ!!大人の事情ってやつだ」
上手いこと出汁にされたようだ。
「では、東京の避難場所とはどこなのですか?人が溢れかえるようにして犇めき合う東京では、被害はおおきい筈ですよね?私達も東京の住人なのですから...知らないなんてことはないんですよ?人口の多さに関しては...そんな場所に避難するスペースがあると?」
流石に1度であるとしても、騙されたことがあると慎重になってしまうのは仕方がないだろう。なにせ此方は移動するだけで生死にかかって来るのだから。
「そんな中でもそこを意地でも防衛するのが、あたしらや自衛隊のやることなんだよ!!場所だぁ!?んなもん上が駄目なんだから地下にきまってらぁ」
「地下に施設を...?」
「そーだよ、地下なら安全だからな」
確かに、上がダメなら地下がある...ありえない話ではない。
「んー......分かりました。そこまで安全であることを主張していただいていますし、なにより身の安全まで現在に至って保護して頂いています...。私もそこまで疑い続けては先には進めないことも理解しています。どうか私達を安全に送ってくださいますよう、お願い致します」
礼儀正しくも、冷静に物事を選択して決断をして行く鈴羅さんには本当に頭が上がらないと、つくづく思ってしまう自分がここに居たのだった。
「まぁ、気にするなって方が無理があるかもしれねぇけど。ここは母さんの言うことを俺は信用するぜ!」
肉親まで信用できなくなってしまっては元も子もない。
「わ、私は...みなさんに付いていきますから...」
「かっあああああ!!!!ほんっとうに信じてもらえて感謝だ!!!!安心しな!!!!お前らの命はあたしらがこの身を懸けて東京の避難場所まで送ってやるから!!な?」
正直言って、それは勘弁して欲しいものだ...息子として。
「分かりました。我儘な質問や無礼があったことをお詫び致します。どうか、しつこいように聞こえてしまうかもしれませんが...私たちをよろしくお願いします」
深々と頭を下げて謝罪を込めた鈴羅さんの姿は本当に優しくて仲間を一番に考えてくれている奴だと感じた。俺は良い仲間に恵まれたものだ。
「じゃあ、よろしく頼むぜ!!母さん!」
「おっ、お願いします!!」
「ったりめーだ!!任せときな!!!!ばっちりと送ってやるよ!!!」
そう言って、母親は俺達を屋敷の中へと案内したのだった。
「あっ、そう言えば。母さん?鈴木は見てないか?屋敷にいたはずなんだが...」
いつになっても現れない鈴木が気になっていた。
「そうだったわ。彼はどこに?」
「あー...そう言えば、丸焦げな死体の横に比較的綺麗な死体があったさ...腕を噛まれたらしくってな」
「そ、それって...まさか」
「鈴木しかいないわね...」
「あの後、やっぱり亡者が来たのか...」
嫌な予感はしていたが、そのまま的中してしまった...犠牲者は増えるばかりだ。
「おめぇらは亡者って言ってんのか、屋敷に来た時は確かに何体か奴等がいやがった。んで、掃除した先でそいつは亡くなっていたよ...首筋をばっさりとかっ切った状態でな」
「自ら感染しきる前に死んだか...」
人でなくなる前に死を選ぶ。何と言う潔い最期だろうか。だが...
「なんで...なんだよ...こんなのってねぇよ!!!!あんまりだ!!!!ちくしょう!!!!」
悔しさや悲しみがすぐに癒えることはない。深く根深く刻まれていくのだ。
「また、犠牲者が...」
それを聞いて俺達はまた、3人になってしまった...。仲間は増えるどころか減る一方だ...。
「んで、掃除してる最中に奇妙な奴をみかけてなぁ...小柄な少女かねぇ?多分だけどな!!人間離れした身体能力だったよあれは」
少女?その言葉に3人は震えを覚えた...まさか、あいつが?
いや、そんな筈はない。確かにあいつは死んでいたのだ。それともアイツ以外の誰かが...いや、女子1人で現環境を生き抜くのは容易いことではない。つまり...
「あの女...しぶとく生きてるってことね」
神妙な面持ちで鈴羅さんはそんなことを呟いていた。
「おぉ!?なんだ?おめぇら!!心当たりがあんのか?」
「いいえ、お気になさらず。私たちは残念ながらお力にはなれませんわ」
「お、おう。俺にもさっぱりだ」
「ごめんなさいです。私にも...」
母親を巻き込むわけにはいかないだろう。この件に関しては簡単に口を割っていいものではない。
「おうおう!!!そっか、ならいいんだよ別にな」
そう言って母親は自分の引き連れた仲間たちの元へと向かっていくのだった。
「あぁ、そうだ!!お前らはここの部屋を好き勝手使ってくつろいでくれて構わねぇぜ!!!!んじゃ、また明日な!!!アタシらは外の警備にローテションでいるから!!」
そう、最後に吐き捨てて右手を軽く上げて玄関を後にした母親の姿はとても頼もしく感じるものがあった。
「行ったわね」
「だな」
「はい」
取り残された3人は奴が生きている可能性が高いことを知り、落胆の色を隠せないでいた。
「取り敢えず、リビングで飲み物や食べ物を探してから話し合いましょうか。ゆいちゃん、悪いのだけれどリビングへ案内してもらえるかしら」
「あ、はい!!どうぞ、こちらですよ」
しかしながら、こうして俺は美少女二人の会話を最後尾から微笑ましく思いながら眺めるのだった。
こんな時間がずっと続けばいいのに...と、思いながら。
多々良さんの案内で連れられて俺達はリビングへと案内される。
「おわー!!!すっげーな!!」
「まぁ、綺麗なリビングね」
「でも、やっぱり内装は大きく変わっていますけどね」
おヤヴァイ感じの人が住んでいたという割にはとても綺麗でホコリ1つないリビングには、おしゃれなガラステーブルにどデカい薄型テレビ、3人は座れる大きさの立派なソファ、綺麗にしかれた真っ白なふかふかの絨毯が疲れた足裏をくすぐってくれる。
「取り敢えず、水分補給ね」
ほれ、っと言った感じで冷蔵庫から水の入ったペットボトルを2個投げ渡してくる。そう言えば俺達は鈴羅邸以来、水分補給をこれまでしていなかったにも関わらずここまで良く脱水症状を起こさないでこれたものだと感じた。季節は真夏だと言うのに...。
室内には冷房も効いており、まさに憩いの空間となっている。
「流石に、制服ともおさらばしたいわね。汗でベトベトで堪ったものではないわ」
「そ、そうですね」
「お、なら服とかも貰っちまおうぜ!!!」
グビグビと水を飲みながら3人がそんな会話をする。
「それはそれとしてよ...話は戻ってしまうのだけど」
そう言って、鈴羅さんが強引に会話を引き戻すのだった。
「あぁ、アイツのことか」
「おそらく間違いないですよね」
「腐っていなくてもアイツは化物に変わりはなくて、頭を割るかどうにかしないとダメってことなのでしょうね」
鈴羅さんの言葉を聞き、俺たち3人は沈黙する。おそらく鈴木はニーナによって殺されたのだ。でなければ普通の亡者に殺られるようなたまではないのだから...。
しかし、噛み跡があったとも聞いたが...まさかニーナが?この疑問をぶつけようかと悩んでいた。
「はぁ...結局何一つとして進展はないと同義ってことね」
そう言って鈴羅さんは落胆していた。髪をクルクル弄る鈴羅さん、その表情はあからさまに曇っていた。
「あーーーー!!!ダメだわ!!やっぱり食べるよりも先にお風呂に入るわ。ゆいちゃんも一緒にどうかしら?」
「あ、はい...ではお供しますね。楪先輩」
「お、おう!!行って来い!!俺は先に何か食べてるわ」
そう言って、微妙な空気のままオレ一人がリビングに取り残された。静かなリビングは外の世界とは違い、とても綺麗で現実離れしている様に感じてしまう。少し前まではこんな綺麗な日々が日常だったのに...瞬く間にして日常は変化した。
「あーあ...魚肉ソーセージってこんなにウメェんだなぁ...」
そんなことを1人で感心しながら何気なく思ったことがあった。テレビはナニか映像を流しているのかと。
「...」
無言でテーブルの上にあるリモコンをポチリと押してみるが...。
「...」
「...」
「つかないんかーい!!!!!!!」
あまりにも静かすぎてそんなことを1人で突っ込んでいる...なんとも悲しい高校生がここに誕生していた。とは言っても電源が入っていないわけではなく、電源は入っているが映像は提供されていないらしい。
「やっぱ報道やらニュース系もだめか...使い物にならないガラクタ同然だな...」
まぁ、こんなことは当然のことだ。今現在に至っても進行形で管理していた人間であった存在が激減しているのだから...ライフラインはガンガン止まるだろう。
「電気関連は生きているのか...?それともソーラーパネル?」
まぁ、何にせよ。現状は稼働している状態なので問題はないのだが...無人でも電気関連は管理できるものなのだろうかとも考えてしまう。しかしまぁ...
「色々確かめてみるか」
ふと、そう考えに至った俺はキッチンに向かって徐ろに備え付けられているコンロに向かい、美しく流れるような手さばきで元栓を解除!!!そのままムダのない指捌きでつまみをカチリと音がするまで回してやる。
カチッ!!
軽快な音を立てると同時に強火状態の炎は勢い良く点火される。
「おわ!!やっぱ点くんかい!!!」
至極当然のことなのだが...なんとも不思議なものに感じてしまう...。外の世界と内では大きく差がありすぎて困惑してしまうのだ。しかし、そう言えばとふと思い出すことがあった。
「あー...そういや、鈴羅邸の時も電気とかは点いてたな」
あれ?確か鈴羅邸では他にも機能していた物があったような気がしたんだけどなぁ...とそんなことを考えながら電池切れのスマホをただただ、眺めていた。
「おっかしーなぁ...何か重要なことがあった気がするけど...まぁそんなに重要でもないか」
そんなことを考えながら火の元をしっかりとチェックしながらもう一つ確保しておいた魚肉ソーセージを一気にお口の中に放り込み、まるでお口の中は美味しさが咲き誇ってお花畑状態になった!!!
「あぁ!!!まじうめぇ!!!な」
その後も1人落ち着きのない様子であちこちをウロウロして回るのだった。何と言うか...落ち着かなくてウロウロしてしまうといったほうがいいのだろう。そんな最中でふと、たまたまトイレへと続く長い廊下に行き着き、その左側には長きに渡って窓が付いており、外の景色をうつしだしている。なんとも、かなり開放的な廊下に出てしまった。
「おっと...なんか和風テイストな、ながーい廊下に出てきたぞー」
外は昼間とは違った表情に変わり、完全に暗闇が支配している。しかし、そこに一筋の希望の光を与えるかのような儚げな輝きを放つ満月が黒に染まることを拒んでいるかのように鎮座している。
「なんだか...今の俺達みたいな月だな...」
そんなことを思いながらトイレを見つけたついでにオションションを済ませるのだった。そうして、自分一人だけの簡単なお家探索は幕を閉じ、再びリビングへと向かって踵を返すのだった。
しかし、リビングに戻ったは良いものの...ここで俺は更なる疑問に苛まれる。これまでならば疑問に思うことではないのだが...今の環境では不思議でならない現象だ。
「変だな...銃声の1つも聞こえないなんて...」
完全に夜が支配しているということはつまり、奴らのステータスは大幅に上昇しているはずなのだ...視覚能力が夜には復活するはずなのにも関わらず外からは物音1つ聞こえてこないのだった。
「まぁ...それだけ安全ってことか。母さんならどんな手段を使ってでも亡者を近づけさせないだろうしな」
我ながら母親に対する信頼感はとても強いと感じる。だが、それだけ信頼のできるほどの器を持っていることを知っているからだ。
そんなことを考えながらも俺は大きなソファァァ!!!!にドデン!!と寝転がってゆっくりとゆっくりと...瞼を閉店させていくのだった。
~憩いの場所~ END To be continued