その9
「さてさて、そういうわけで僕は助手から聞いて自作自演だと知っていた。しかし一点気になったのは、君が消えたと主張していた金髪の人形だ。人形が一体消えたと見せかけるのは自作自演上必要な演出だけど、君の口ぶりからして本当に盗まれたというふうにも感じた。ところで君が部屋を点検したいと言い出したから、本当に盗まれたんだと思ったのさ」
椋露路がため息をついて、ミニパイプを取り出した。小林秋彦がマッチを擦ってやる。
「ん、ありがとう。君の謀反に気付けなかったのは僕の落ち度だ。車のタイヤがパンクしていたのは明らかにおかしかった。それに、佐倉が錯乱……していた時に君はマスターキーを取りに行ったけれど、あれは時間がかかり過ぎだった。佐倉弘孝殺害のトリックはとっさに考えたのか知らないけれど、随分お粗末だったね。
「まず、消えた一億円の人形、これは佐倉の立て籠もった翠玉の間に隠してあったんだろう。マスターキーを取りに行った君は館の外に出て、換気窓を通して佐倉からそれを受け取った。この手続は佐倉の死を事故あるいは人形の犯行に見せかけるために必要なものだった。ところで小林刑事、あの換気窓の高さはどれくらいあるだろう?」
椋露路の推理に聴き入っていた小林秋彦は、突然質問を受けて狼狽した。
「えっと……五メートル近くあったと思うよ。……ん? 佐倉はどうやってそんな高さまで人形を持ち上げたんだ」
「そう、その高さが二件目の密室殺害トリックの鍵なんだ。佐倉の死体を発見した時、ほとんどの人形が粉々に砕けていたけど、台座の上には幾つかの人形がきちんと重なって原型を留めていた。小林刑事、佐倉の身長はどのくらいだろう?」
「170センチくらいかな」
「そうすると、台座の高さが150センチとして、足して3メートル20センチ。手を伸ばせば4メートルは超えるだろう。換気窓に人形を通すにはあと1メートルの高さが足りない」
小林秋彦は手を叩いて歓声を上げた。
「そうか! 人形を積み重ねて踏み台にしたんだ!」
「その通り、ところでその踏み台は随分不安定だね。仮に人形を渡した時に中河原から突き飛ばされたとしたら……」
「五メートルの高さから後頭部を打てば死んでもおかしくない。でも、運が良ければ助かる高さだよ」
「その時は倒れてる佐倉の頭部目掛けて上から人形を落としただろうさ。これが二つ目の事件の裏側だ」
椋露路は柘榴石の間を見渡して、金属製のラックに乗せられた中河原の荷物に目を留めた。
「この部屋は一度調べたから、普通はもう一度人形を探そうとは思わない。その心理を利用したのさ」
これまで忍耐強く耐えていた中河原は、荷物に手をかけた椋露路に襲いかかった。彼女は突然のことで悲鳴を上げて床に押し倒され、拳銃が手からこぼれ落ちた。
「椋露路さん!」
一番近くにいた毬奈が片腕で中河原を引き剥がそうとするが、突き飛ばされてしまった。
小林秋彦と安部陽馬が力ずくで暴れまわる犯人を取り押さえると、手錠を掛けた。
「ううむ、追い詰められた犯人の無駄な抵抗というのはまったく厄介だよ」
中河原の鞄の中には、美しい金髪の人形が大事そうに布にくるまれて仕舞われていた。
「毬奈さん、さっきはありがとう。大丈夫かい」
椋露路が倒れている毬奈に右手を差し出すと、彼女はうつむいて左腕を撫でた。
「もし君を不快にさせたりしないのなら、その左手を僕に見せてくれないかな」
椋露路の申し出に戸惑ったように頷くと、彼女はカーディガンを捲り上げて左手を差し出した。それは精巧に造られた美しい陶器製の義手だった。
「僕は人形にはさして興味が無いけれど、君の腕は素晴らしい個性だと感じるよ。隠すなんて勿体無い」
椋露路は心からそう言って、花が咲くような笑顔を見せた。