その6
「メルさんは大丈夫だった?」
小林秋彦がメリーヴェールの身を案じて尋ねた。椋露路が紫水晶の間でメリーヴェールと話したことを聞かせてやると、秋彦は安堵を通り越して拍子抜けした様子だった。
「それにしても消えたドールはどこにいったんだろう」
「うん、それについては、展覧館側の――というのは中河原の判断に任せて問題無いと思うよ」
各部屋を点検したい、というのが中河原の提案だった。それを受けて、鬼一郎とメリーヴェールを除く全員で時計回りに部屋を捜索していくことになった。
「金髪の少女は一億円を持って行方不明、か。どこに隠れてるんだろうね」
椋露路は揶揄するように呟いた。
トルコ石の間、柘榴石の間は何の収穫もなく点検が終わった。舘谷鬼一郎はお腹に包帯が巻かれた状態で柘榴石の間のベッドに寝かされていて、依然として目を覚ます様子がなかった。消えた携帯電話もやはり見つからなかった。
紫水晶の間では、メリーヴェールが展示品の中に紛れていて中河原を驚かせた。この執事はここに至るまで彼女が人形だと思っていたようだった。
佐倉弘孝の籠城している翠玉の間に来て、騒ぎが起こった。
「近寄るな! 俺は朝になるまで出るつもりはない!」
部屋の中から、佐倉が怒鳴り声を上げた。
「消えた人形がないか、確認するだけです」
中河原が毅然とした態度で呼びかけると、突然、扉の向こうから陶器が割れる音が響いた。
「こ、こんな不気味な人形、全部ぶち壊してやる!」
どうやら佐倉が部屋の中で展示品の人形を破壊しているらしかった。破片が床に飛び散る音がけたたましく鳴った。
中河原が慌てて専用の鍵を差し込んで扉を押し開こうとしたが、中で何かがつかえているらしく扉はびくともしない。
「わ、私はマスターキーを取ってきます。金剛石の間から繋がる扉なら開けられるかも」
中河原が全速力で柘榴石の間へ走っていった。
その間、秋彦と矢川が扉に体当たりして突破を試みたが不毛に終わり、安部と美貴はこれ以上ないほど上機嫌で記録を取っていた。毬奈はそんな彼らを静かに眺めた。椋露路は金剛石の間に入って翠玉の間に繋がる扉を確認してみたが、やはり鍵が掛かっていた。
やがて何かが落ちるような鈍い音と破壊音が扉を抜けて広間に響き、中河原がマスターキーを持って戻ってきたころには一転して部屋の中は静かになっていた。
「ま、間に合わなかったか……」
中河原が悔しそうに弱音を漏らして金剛石の間から扉を開けると、そこには頭から血を流して仰向けに倒れた佐倉弘孝の姿があった。
恐怖と驚愕の表情を浮かべて既に事切れた佐倉を見て、その場にいた者は全員凍りついたように静まり返った。
「誰も部屋に入っちゃいけない!」
顔を強ばらせて悔しさを噛み締めながら、椋露路が叫んだ。扉の前にいた中河原を退がらせて、彼女は全員の顔を見渡した。どれも目の前で起きたことが信じられないといった表情を浮かべている。
続いてその場から翠玉の間を眺めた。広間につながる扉はベッドで塞がれていて、床は足の踏み場もないほどに人形の破片が散らばっている。人形が展示されていた台座の上も同様だったが、いくつか原型を留めている人形もあり、椋露路はその中で折り重なった状態で倒れているものがあることを注意に留めた。
そしてひときわ目を引いたのは、頭部が破壊された精巧に作られた金髪の人形だった。それは広間に頭を向けて倒れている佐倉の、足元に無造作に横たわっていた。
「中河原さん、あれは……」
「間違いありません。トルコ石の間から消えた吉永しずえのドールです」
中河原の確信に満ちた言葉を聞くと、椋露路は小林秋彦に向かって頷いた。彼は床を埋め尽くした破片をなるべく踏まないようにゆっくりと佐倉に近づいて、頸動脈に指を当てた。続いて呼吸と瞳孔を調べてから、首を振った。
椋露路はため息をついてから天井を見た。広間から向かって正面の壁高さ五メートルほどの位置に換気窓があるが、閉じきっておらず、よって当然に錠も降りていなかった。
「メルにもふもふさせてもらわなきゃ」
椋露路の弱々しい声が聞き取れたのは、秋彦だけだった。
次回は推理編の予定です