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四季録  作者: 文 詩月
4/4

冬の王と春の使い

 これは、とある王国の物語。


 その国には、四人の王がいた。

 すなわち、春の女王 夏の王 秋の王 そして、冬の王 である。


 四人の王は順番に、それぞれ三つの時を治めていた。

 すべての命は、春に生まれ 夏に盛り 秋に実る。

 しかし、冬の王が座する時、そのすべてが終わりを迎える。

 それゆえ冬の王は、死の魔王 と忌み嫌われていた。


 四人の王はいつも、時が来れば王座に座し、それから、三つの時が流れれば、次の王へと明け渡す。

 それは 長い長い時の間、誰も覆すことはなかった。


 だが 今、その均等は 乱れた。


 四つめの時を迎えても、冬の王が王座を退くことはなかったのだ。


 本来ならば、芽生えはじめているはずの命たちは、真っ白な雪に覆われ、未だに凍てつくような寒さのまま。


 困り果てた春の女王は、冬の王に王座を降りるよう使いをやった。


 しかし、何度 使いを送っても、追い返されてしまうばかり。

 気づけば、五つめの時を迎えようとしている。


 そこで ついに、春の女王は臣下の中で一番 賢い者を選び、冬の王のもとへ 遣わしたのであった。



 ◇ ・ ◇ ・ ◇ ・ ◇



 春の使いは、冬の王のもとへ たどり着くと、低く低く頭を下げる。

 そして、恭しく 王に向かって 語りかけた。

「偉大なる冬の王よ。私のような者が、貴方にお会いできることを感謝します。

 今日、私は私の主、春の女王に遣わされ、貴方のもとへ やってきました」


 冬の王は春の使いを鼻で笑う。そして、嘲るように彼に言った。


「お前が言いたいことは、口に出さずともわかっている。

 私に王座から降りろと言いたいのだろう? だが、私にその気はない。

 女王のもとへと帰るがいい」


 春の使いはその言葉を聞くと、もう一度 頭を下げた。

 そして、懇願するように冬の王に語りかけた。


「ああ 偉大なる冬の王よ。何故、私のような者が、貴方に向かってそのようなことが言えるのでしょうか!

 貴方はまことに冬の王であられます。貴方に向かって口出しするなど、一つといえど、私には値しません。 私は貴方にとって自分がいかに取るに足りないものであることを知っています。


 ・・・しかしながら、どうしても貴方にお聞きしたいのです。

 偉大なる貴方が、何故、王座をお譲りにならないのか、僭越ながら教えていただきたいのです」


 春の使いの真摯な言葉に、冬の王は眉を寄せた。

 そして今度は、自嘲するように彼に言った。


「お前は何故、私のことを『偉大なる冬の王』と言うのか。

 お前たちが、私のことを『死の魔王』と笑っていることは知っている。

 心にもないことを言うのはやめ、女王のもとへ 帰りなさい」


 しかし、春の使いは王に言った。


「ああ 偉大なる冬の王よ。

 貴方は何故、そのようなことを仰るのでしょうか。

 私は貴方がまことの王であられることを知っています。


 確かに、すべての命は貴方の統治で終わります。

 しかし、終わりがないのなら、始まりは一体どこにあるというのでしょう。

 私の主である春の女王も、貴方がいて下さらなければ、『誕生の女神』と呼ばれることはありません。貴方こそが 偉大な王、終わりであり、また始まりの王であられることをこの私は知っています」


 冬の王は、彼の言葉に目を伏せた。

 そして、大きく息を吐くと、静かに確信をこめて言った。


「春の使いよ。私は今、あなたが知恵のある者であることを認めよう。

 以前ここにやってきた者たちは、不遜にも私に向かって王座を降りろと言った。

 しかし、あなたは他のどんな者とも違い、最後まで私に敬意を払ってくれた。

 それゆえに今、私はあなたに心の内を解き明かそう。

 春の使いよ。私の心に懸かっていることを、あなたは聞いてくれるだろうか?」


 王の言葉に、春の使いは大きく頷いた。

 それを見て王は、ゆっくりと語り始めた。



 ◇ ・ ◇ ・ ◇ ・ ◇



 それは 今よりも十と四の時を遡る。


 冬の王の統治も終わりに近づいた頃、王はあるものを見つけた。

 それは、降りしきる雪の中、ふっくらと桃色に色づいた桜の蕾だった。


 王は慌てて腕を差し伸べる。王の外套に白い雪が遮られる。

 桜の蕾を守りながら、王は彼女に向かって語りかけた。


「桜の少女よ。今はまだ、冬の王が治める時期だ。

 今 咲けば、そなたは春の前に散ってしまう。もう少し、眠っていなさい」


 しかし、彼女は鈴のような声で彼に答えた。


「いいえ いいえ、だんな様。わたしはもう、花開くのをやめられません。

 しょせん わたしは狂い咲きの小さな桜。わたしのことはもう構わずに行ってください」

 その言葉に眉をしかめ、王はますます腕を広げた。

 そして、諭すように彼女に言った。


「誰がそなたを見捨ててなど行けるものか! そなたは新しい命なのだ」


 すると、彼女はその身をますます桃色に染め、彼に言った。


「だんな様、ありがとうございます。

 あなたはとても優しい方ですね。それに、とても温かい。

 あなたのような方に出会えただけで、わたしは今、生まれてこれてよかった と、心から思っています」


 そう言って、彼女は笑った。

 眩いばかりに、彼女は笑った。


 王はその時、心の中に初めての感情が生まれた。


 彼はいつも、『死の魔王』と恐れられてきた。

 誰しもに、忌み嫌われてきた。


 それなのに、彼女は彼に向かって言ったのだ。

『優しい方』 『温かい』と。


 それは、初めてのことだった。


 王は彼女が自分にその言葉をくれた時、眩いばかりの笑顔を見た時、この少女を 護りたい と思った。


 それから毎日、王は腕を広げ、彼女を護った。

 そして、少しずつ 少しずつ、二人は心を通わせていったのだ。



 しかし、幸せな時は長くは続かなかった。


 どんなに王が護っても、今はまだ寒い。

 早咲きの桜は、厳しい寒さに耐え切れず、命を落とした。

 あまりに短い命だった。

 王は悔やんだ。悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。


 ――何故 私は、冬の王になったのだろう。

 王は毎日考えた。


 ――やめられるものなら、今すぐやめたい。

 ――自分は好きで死の魔王になったわけではない。


 苦しんで・・・もがいて・・・

 そのうちに、春の女王が治める時が訪れた。

 うちのめされたまま、冬の王は王座を譲る。


 彼は王座から降りた後、幾日も苦しみ続けた。

 彼女のことを思い浮かべて、嘆き続けた。


 ふと 顔を上げると、そこには満開の桜たち。

 その中に、彼女はいない。


 王は叫んだ。「なぜ!なぜ!」と叫んだ。


 桜の花は数え切れないほど咲いているのに、なぜ 彼女はいないのか。


 王はもう嫌だと思った。自分が死の魔王であることも、

 ここに彼女がいないことも、すべて すべて 嫌だと思った。


 そして 彼は 思ったのだ。

 終わりがなければ、始まりはない。

 始まりがなければ、終わりもない。

 だったら 始まりなど、なくしてしまおうと・・・。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 すべてを語り終えた王は、深く 深く息を吐いた。

 そして、一本のろうそくを手に取ると、静かに続けて喋りだす。

「春の使いよ。人はよく、命をろうそくに例えるだろう?

 炎が魂で、それが消える時、命は終わりを迎えるのだと。

 炎が出来るだけ長く消えないためには、どうすればいいと思うか。


 ・・・私は思ったのだ。最初から火を灯さなければいいのだ と。

 だから 私は、この場所から退く気はない」


 春の使いは、王の言葉を最後まで聞いていた。

 彼はただ一度として、王の言葉を遮ることはなかった。


 王が口を閉ざして しばらく経った頃、春の使いは 穏やかに語りだした。


「偉大なる冬の王よ。貴方のその秘めたる心を私に話して下さり、ありがとうございます。貴方のお気持ちが痛いほど伝わってきました。

 そして 今、この愚鈍な下僕が 貴方に向かって発言することをお許し下さい。


 ろうそくの炎は灯さなければ、確かに消えることはありません。

 けれど、炎がなければ、一体 何が、私たちを照らすというのでしょう。

 一体 誰が、貴方の心を照らすというのでしょう。


 偉大なる冬の王よ。思い出してください。

 貴方は命の灯る桜の花を、愛しておられたことを・・・」


 春の使いが、涙ながらに 彼に向かって訴えると、冬の王の唇が震えた。

 王は愛しい桜の名前を呼ぶと、その瞳から 涙を落とした。


 涙が地に落ちると同時に、真っ白な雪は溶け、柔らかな土の間から、新しい命が芽生えた。



 それから 一つの時が流れた頃、満開の桜の中で、ひとり佇む王がいた。


これにて“四季録”完結です。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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