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妖精の森

作者: 空羅

妖精の森



東の果てのそのまた向こう

誰も知らない小さな島に

妖精の森がありました

エメラルドの木漏れ日と

七色のお花が眩しい

深い深い森です

たくさんの妖精たちが

小さな魔法を集めて

来年の小さな生命や

冬を越す仲間を

一生懸命守ってくれるので

森の虫や動物や

森の木々たちも優しく

寄り添って暮らしておりました


朝一番のお花畑を

蜜蜂がぶんぶん飛んでいます

綺麗な羽をきらきらさせて

お花の蜜を集めるのです

お日様色したとろける蜜は

妖精たちも大好きなので

のどが渇いた蜜蜂たちに

大粒の露を持ってきて

分けてもらってごはんです


だけれど向こうの葉っぱの影に

蜜がもらえない子がいます

赤い服に燃えるような髪

光のこどもの火の精です

妖精たちや森の仲間は

カミナリや干ばつや

山火事をとても怖がって

火の精はいつも一人ぼっち

年老いた蜂のおばあさんが

見つけて蜜をこっそりくれるのが

火の精の朝ごはんです

それでもおばあさんは毎朝

仲良しのお花と約束して

森が一番静かな時間に

できたてを集めてあげるので

火の精の朝ごはんは

森の妖精たちのうちで一番

甘くてとろける蜜でした


ある年の冬

雪がいつまで経っても降り続き

もう春になる頃なのに

お空は暗いままでした

湖は凍ってしまったし

森の花は咲きません

妖精たちはお腹が空いて

仕方がありませんが

蜜蜂も同じくらいぺこぺこです

森のなかでも大きな

モミのおじいさんのうろで

妖精と蜂はくっつきながら

ぶるぶるふるえていました


ある朝火の精のところに

おばあさんがやってきました

あなたは火の精だから

この寒いのをなんとかできない?

おばあさんはやつれて白い顔で

火の精に頼みますが

火の精は困ってしまって

ぶんぶん首を振りました

おばあさんはそう、と笑って

最後の蜜を火の精にくれました

巣の自分の部屋の隅っこに

大切にしまっておいたのです

火の精は泣きながら食べました

森で一番美味しいけれど

この森最後の蜜でした

おばあさんは火の精を撫でると

よろよろ寝床につきました

そしてその夜が明けると

もう目を覚ましませんでした


朝になって火の精はおばあさんに

ごはんをもらいに行きましたが

おばあさんはもう動きません

火の精はその時はじめて

おばあさんは自分の蜜を

くれていたことを知りました


ほかの妖精たちはふらふらで

もう立ち上がることもできません

蜂も森の仲間もみんな

消えそうな寝息を立てています

まだ体が動くのは

火の精ひとりだけでした

どうにかしないといけない、と

火の精はおばあさんを抱きしめて

すっと立ち上がりました


モミのおじいさんの

てっぺんの枝まで登って

火の精は両手をあげました

吹きすさぶ吹雪と風で

飛ばされそうになりますが

小さい体を伸ばして

けんめいに叫びました

おとうさん おかあさん

小さな声は風に消されそうで

火の精はもっと声をはります

太陽のおとうさん

光のおかあさん

ぼくを助けて

どうかみんなを助けて


すると雲のずっと上の方から

おおい、と声がしました

そして、自分のおなかの中から

はあい、と優しい声もしました

雲の上の、太陽のおとうさんは

大きな声で言います

ごめんなあ、おまえは小さい

どこを温めていいのか

わからなかったけれど

もうわかったからなあ

大丈夫だぞう


おなかの中からおかあさんも

わたしのぼうや、大丈夫よ

わたしはあなたともみんなとも

ずっと一緒にいますよ

と、声をかけてくれます

あなたのお友達は

この寒さのせいで

生命の火が冷たくなって

負けそうになっているけれど

みんなの中の光は

春よりも夏よりも強いわ

おとうさんが頑張っているあいだ

あなたはみんなの生命を

燃やして温めてあげなさい


火の精は飛ぶように降りていって

いちばん近くにいた土の精を

強く抱きしめました

するとだんだんにぽかぽかして

火の精の体は光りはじめました

どきんどきん、と音をたてて

その光は生命を燃やします

冷たかった土の精は

しばらくして目を開けると

涙を流して息をはきました

あったかい あったかいよ


火の精は飛び回って

森の仲間を抱きしめて回りました

意地悪だった沼の精も

立派な角をした鹿の旦那も

凍りつきそうになったカエルも

みんなみんな、ぎゅうっと

次第に生命と生命が燃えて

寒かった森の中は

暑くなってきました

雪は溶けはじめましたし

湖の氷は割れました

みんなはしっかりと目を開いて

火の精を見ていました

今まで冷たくしていた火の精が

今ひとりで、森を守っています

みんなはくっついて温めあって

春が来るのを待ちました

もうくるぞ くるぞくるぞ

春がくるんだぞ


ああっみてみて

うさぎのおねえさんが言いました

それはまさに太陽のおとうさんが

黒い雲を突き破って

光をさしこませた瞬間でした

やぶれた雲のすきまからは

暖かい光がどんどん伸びて

雲はたまらずに逃げていきます

東からは春一番の風に乗って

懐かしい顔がおおい、と

手を振っています

お花畑の七色の服を着た

春の精のおにいさんです

冬の精が意地悪をして

なかなかこられなかったんだ

でもみんな、お待たせ

春がきたぞお

春の精のおにいさんは笑って

手をふわっと振りました

濡れた土からぴょこぴょこと

可愛らしい若葉が出てきて

あっという間に花が咲きました

さあっといい匂いがして

蜜蜂たちはたまらず

ぶうんと飛び出しました

雪解けの朝霧と光は

くっきりとした虹を何本もかけて

まるで夢を見ているみたいです

はじからだんだんに

木々にはエメラルドの葉っぱが

ざわざわと揺れていきます

森の仲間は手を叩いて大喜び

春だ春だよ 春がきたんだよ


すっかり暖かくなった森は

暗くなるまで歌声が止まず

楽しい午後になりました

たくさんの蜜や野草や

おいしいキノコが集められて

森中の動物たちでパーティーです

夜は火の精の魔法で

青や黄色や赤の明かりが灯り

虫たちがコンサートを開きました

みんなが嬉しそうにしているのを

火の精はそっと見てから

こっそりその場から離れました

ゆっくりゆっくり歩いて

モミのおじいさんのうろの

おばあさんのところにきました

ぼく、やったよ

おばあさんをそっとなでて

火の精は言いました

おばあさんの体を外に出して

柔らかい土に穴を掘って

静かに埋めてあげました

最後の土をかけるとき

火の精は泣きながらかけました

蜜をいつもありがとう

とてもとてもおいしかったよ

火の精は言います

ぼく、頑張るね

森のみんなと一緒に頑張るからね

火の精はしっかり約束しました

そのとき、ぴょこん

おばあさんを埋めた土から

新芽が立ち上がりました

みずみずしい緑色のつぼみは

一瞬膨らんだかと思うと

ぱあっと桃色の花を咲かせました

何かを守るようにまあるい花は

真ん中に何かを包んでいました

火の精はなにかと思って

よじ登ってみました

するとそこにいたのは

ちっちゃな寝息を立てた

妖精の赤ちゃんだったのです


火の精はびっくりして

その赤ん坊をそっと抱き上げると

甘い蜜の優しい香りが

辺りを満たしました

おばあさんを思い出させる

この不思議な赤ん坊はどこか

懐かしい面影がありました

火の精は赤ん坊のおでこに

おごそかにキスをすると

森の広場へ向かいました


ふわふわの髪を撫でて

火の精はにっこりしました

この腕に抱いた赤ん坊は

今日いちばんの出来事です

きっとみんな喜んで

こぞって名前をつけたがります

サクラの若木の柔らかい葉っぱで

揺りかごもつくってあげなくては

広場に入った火の精を見て

みんなわあっと笑顔になりました

腕の中の赤ん坊に気づくと

みんなびっくり仰天です

タヌキもキジもムササビも

名前を考え出しましたし

蜜蜂たちはできのいい蜜を

いそいそ持ってきます

妖精の森に 春が来ました

これから一年が始まります

でも、今年は

火の精にとっても

森のみんなにとっても

素敵な一年になる予感が

確かにしていましたよ



おしまい


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― 新着の感想 ―
[一言] 消えゆく命 生まれる命 ごく 当たり前の理は 大切なことも教えくれますね 心が温かくなる いいお話だと思います(^-^)
[良い点] 優しい言葉遣い。 そらちゃ……空羅さんは、詩的な文章を書くのが本当に上手い!言葉を選ぶの1つ取っても、紺旗はやたらに小難しいものばかりを使ってしまいます。 [気になる点] え、あるの?(…
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