99話
他校の生徒がやってくる当日の訓練直前に担任からの注意が入る。
「以前の通達通り、今日からは他校の生徒が訓練時間に混じることになる。が、人数はそう多くないから安心してくれ。繰り返すが、他校の生徒は俺達教師陣が受け持つからお前たちは特に何も気にしなくていい。いつも通りに訓練をして、卒業までに少しでも科学魔法の向上を目指してほしい。では、訓練場へ移動してくれ」
拓郎達が訓練場へ移動すると、そこにはすでに学園とは異なる訓練中の服に着替えた一団がいた。人数は男女合わせて30人前後。ただ、入ってきた生徒達に対して厳しめの視線を向けてくる。喧嘩腰と言う訳ではないが、少々剣呑な雰囲気を醸し出している。その為、学園側の生徒達もその一団からは距離を置く形で柔軟などを行う。
「では、訓練を開始しますよ。今日の予定に従って行動してください」
ジャック先生の言葉に従い、学園の生徒達は科学魔法の訓練に取り掛かった。ただ、やはり30名前後の部外者の視線が飛んでくる中で行うため、普段よりも勝手が違うように感じるのは仕方がない所だろう。その視線を生徒達から逸らす意味も込めて、学園側の教師がやってきた他校の生徒に声をかける。
「さて、事前に伝えていた通り時間の前半は座学を行わせていただきます。後半は訓練を体験していただきますのでよろしくお願いします」
教師の言葉に、他校の生徒もよろしくお願いいたしますと返答を返し、座学のために用意された席へと座る。そうして他校の生徒に向けた座学に入るのだが──レベルを上げる事よりも基礎を磨くことを重視した座学に他校の生徒達は面食らう。むろん事前に多少の情報は手にしていた。しかし、やはり直接知識に触れるとなればやはり衝撃を受ける。
(学校で習った事と全然違うぞ……)(レベルを上げるだけでは役に立たない可能性をこうも指摘してくる)(少しでも写し取って、学校に持ち帰らないと)
などの様々な思惑がそれぞれの生徒の頭の中を駆け巡る。がれらにとってこの座学の時間はまるで三分ぐらいしか感じる事が出来なかった。むろん実際に行われた座学の時間はそれなりに割かれているが、新しい知識を少しでもノートに写し取るのに夢中になった結果である。
「では、後半はこの座学によって知っていただいた事を経験するための訓練の時間となります。皆さんの訓練場所はこちらとなりますので、移動をお願いします」
教師の指示に従い移動する生徒達。かなり興奮気味な生徒達は、それを抑えるのに必死になっている。待っていた教師はそんな心情を理解したうえで、わかりやすく実例を示すことにした。
「訓練の前に、座学の復習と行きましょう。しっかりと基礎を固めて魔法の発動に関する事柄を念入りに固めればレベルが上の魔法であっても防げるという事を実演したいと思います。皆様の中に、レベル2以上の魔法を扱える方はいますか?」」
教師の言葉に、いくつもの手が上がる。その中でレベル3に達しているという女子生徒が代表で実演に協力することとなった。
「では、レベル3のファイヤーボールをお願いします。一番代表的でわかりやすい魔法ですからね。こちらもわかりやすく、レベル1のシールドを展開します。的は、こちらの木の廃材です。もちろん仕込みなどありませんが、確認を取りたい方が居たらどうぞ。もちろん触っていただいても構いませんので」
この言葉に数名が的にされる廃材を直接触ったり魔法で調べたりする行為を行い、間違いなくただの木の廃材であり、ファイヤーボールが当たればあっという間に燃え尽きるだろうという事を他の生徒たちに伝えた。
「では、さっそく実演です。私がレベル1のシールドを廃材を守るように張ったら距離を置きますので、そのシールドめがけてファイヤーボールを放っていただきます。準備はいいですね? では展開します」
教師は女子生徒に確認を取ると、すぐにレベル1のシールドを展開。その後安全な場所まで移動する。教師と女子生徒がお互いにうなずき合うと、女子生徒はファイヤーボールを発動し、シールドに向かって発射する。彼らが今まで習ってきた教育ならば、レベル1のシールドがレベル3のファイヤーボールを防御できる可能性はゼロ。シールドは儚く破られて、的となっている廃材はファイヤーボールによってあっという間に焼き尽くされる。
しかし、目の前で起きた光景はレベル1のシールドがあっさりとファイヤーボールを防ぎ切った姿。生徒たちは次々と声を上げた、これが噂に聞いていたこの学園発の新しい常識の一旦なのかと興奮が抑えきれない。それからさらに数名がレベル2や3の魔法を撃ちこみ、シールドを突破しようとしたがシールドは崩れることなく廃材を守り切る。
「はい、そこまで。実際に見ていただいた通り、魔力を洗練し、より練り上げる過程を経て発動した魔法の強さという物を皆さまにも理解していただけたと思います。最初は発動が遅くなると思われがちですが、これは慣れる事で息をするかのように普通の感覚でやれるようになります。こんな感じですね」
と、次々と教師は生徒達の前でレベル1のシールドを展開して見せる。そのシールドは先ほどのファイヤーボールを防いだものと遜色ない事を生徒たちはすぐに理解した。騒然そうなれば、どうすればそんな魔力を練り上げる事が出来るようになるのか、と言う疑問に行き着く。
「今日の訓練は、この魔力を練り上げる訓練を実際に経験していただきます。そして終了五分前にそれらの基礎を用いた魔法の発動に挑戦してもらう形となります」
話を聞いた生徒達は望む処だとばかりにさっそく訓練に取り掛かる。その姿は鬼気迫るものがある。自分の将来のため、そして抽選に漏れた他の生徒達から少しでも教えて貰った事をこちらに戻った時に伝えてほしいと頼まれた約束のため。彼らは何一つ見逃すまいと訓練に励んだ。
そんな他校の生徒の様子とは異なり、今日も拓郎は大勢の生徒に囲まれて魔法を放たれながらそれを無力化して反撃するといういつもの訓練をおこなっていた。集中力を切らさず、魔法の練り上げをおろそかにせず、そして反撃は嫌らしくも大けがさせるようなことはせずという調整を強いられている訳なのだが、もはや拓郎にとってはこの状況が普通の訓練であり焦ることは無い。
むしろ最近ではこれぐらい激しい魔法のやり取りの中の方がより集中し、魔力を練り上げる事が出来るとさえ思えてきていた。放たれる魔法を通じて相手の意志を感じ取り、その意思が嫌がっている形で魔法を返す。貫こうとするならば受け流し、爆発で削ろうというのであればそっと包んで静かにさせ、切りつけようというのであれば優しく軌跡をずらす。
強度と力によって防御するのではなく、魔法の形、攻め方、考え方を理解し、そしてそれらが本領を発揮できないように対処して無力化、もしくは返報して反撃する。消費する魔力は極限まで抑えるように心がけ、10の魔力の効果を100にするぐらいの気持ちを維持する。そうすれば、魔力をより有効にかつ無駄なく運用できる。
(レベルが上がるたびにおぼろげに感じる様になってきていた魔力の流れ、そして運用がここにきてより明確な形になってきた。もっともっとこれには先がある。その先にレベル10があるはず。だからこそこの感覚をより練り上げて良い物にしていかなければならない)
そう考えながら訓練を続ける拓郎の姿を、真人、魔女の4人は内心でうれしく思っていた。こうして成長してゆく人を見るのは実に楽しいし、頼もしいと感じているからである。特にクレアとジェシカは結婚生活をうまくやっていくためにも、拓郎がより強くなることを願っている。
こうして他校の生徒がやってくるといった今までと違う状況の中でも、教師陣の対応によって訓練は普段通り滞りなく行えるのであった。
このシリーズも100話目前かぁ。




