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96話

 その翌日。昼飯を食べ終えてのんびりしていた拓郎がいる教室前に新入生が数名やってきていた。


「拓郎先輩、申し訳ないのですが少しだけ来ていただけないでしょうか? その、お話ししたいことがいくつかありまして」


 新入生の一人である男子生徒が、何とか絞り出したような声を聴いて拓郎のクラスメイト達が集まってくる。先日の一件があったばかりだから、拓郎のクラスメイトが警戒するのは当然と言えるだろう。が、拓郎はそっと手を出してクラスメイトを制止した。


「大丈夫だ、雰囲気からして物騒な話じゃない。だからそう殺気立つことは無いぞ」


 拓郎の言葉通り、新入生たちからは先日のような尖った気配はしない。むしろ拓郎のクラスメイト達の方が殺気立っていた。


「先輩たちが頭にくるのは当然だと思います、でも拓郎先輩にどうしても直接伝えておきたいことがありまして……」


 新入生の言葉に拓郎は頷き、場を移した。場所は科学魔法の訓練場。そこには新入生が全員集まっていた。そして拓郎の姿を見た直後、立ち上がった後に一斉に頭を下げた。そして代表者と思われる男子生徒が口を開く。


「拓郎先輩、先日は申し訳ありませんでした。俺達もようやく、頭が冷えました」


 この学園に入学してから一連の騒動に対し、ようやく冷静におのれを鑑みたのだろう。その言葉にはまことに反省する精神が感じられた。感情を読み取った拓郎は一つ頷いた。


「そうか、ちゃんと反省してくれたのなら俺はみんなに怒ったりはしない。反省した人間に対して怒るのは間違いだからな。だが、危うい所があまりにも多すぎたからこそ君達はそれなりの洗礼を受けた。それも理解できているね?」


 拓郎の言葉に、反論を上げる新入生はいなかった。


「確かに君達が身に着けている科学魔法の力は、俺達がこの学園に入学してきたときの物と比べてはるかに高い。そこは素直に認めるよ。そして将来を考えればよりレベルを上げて成功を掴みたいという感情も、そしてその裏にある焦りもまた理解できる。でもね、だからこそ落ち着くべきだった。科学魔法と言う力をちゃんとした意味で自分のものにするためにも」


 科学魔法の話になってきたので、新入生たちは拓郎の話を聞き逃すまいと静かにしている。その様子を確認した拓郎は話を続ける。


「特に厄介なのがレベルだ。確かに科学魔法のレベルが上がれば強力な魔法が使える。強力な魔法が使えれば様々な職種に就く資格が得られるからより未来が開ける。これが一般的な話なんだが──俺もこの学園に来てから知ったことなんだが、そのレベル『だけ』上げることに夢中になると、中身がスカスカの魔法使いになってしまうんだ」


 拓郎のレベル『だけ』と言う表現と『中身がスカスカ』と言うところには新入生も強く興味を持った空気が流れる。拓郎はその雰囲気を読み取って話を続ける。


「もし大雑把なレベル5魔法と、綿密に魔力を練られたレベル1の魔法がぶつかったとしよう。君たちはどちらが勝つと思う? 難しく考えなくていい、ぱっと直感で答えてほしい。レベル5が勝つと思うなら手を挙げてほしい。レベル1が勝つと思うなら手はそのままにしていて欲しい」


 すると新入生の大半がレベル5が勝つと判断した。一般的な教養ならば正しい判断である。


「はいありがとう、もう手を下ろしていいよ。さて、では答えだが──レベル1が勝つ。ああ、気持ちはわかるよ。俺だってこの学園で学んだ経験と自分の経験がなければ、いくらレベル1の魔法を綿密に磨き上げて放ったところでレベル5の魔法にかなう訳がないという考えを持っていたよ。だが事実は違った」


 新入生がざわめいたこともあり、拓郎は過去の自分の考えを持ち出しながら話を行った。クレアやジェシカが拓郎達に教えてきた基本は、世間一般の基本とは全く異なる。だからこそ、新入生側の考えが一般的であり拓郎側が奇異なのである。


「それを学べば、君たちは間違いなく優秀に、かつ強くなれる。だが、強くなる人間が自分の欲望にだけ忠実で犯罪を犯しても嬉々としているようでは困る。だからクレア先生は君達がそう言った形で人としての道を踏み外さない等に強めの釘を刺すために、あんなことをしたんだ。まだ間に合う範疇だったからね。そうして今君達はこうやって冷静になれたのだから、意味はあったわけだ」


 拓郎の言葉に、苦笑いを浮かべるしかない新入生達。が、ここで拓郎は真面目な表情を浮かべる。


「君達も何度も聞いたことがあるはずだ。科学魔法を犯罪に使う連中のニュースを。そしてその被害が大きくなることも。俺は、その犯罪者が生み出した地獄を見たことがある。ほんの一瞬で平和だった日常から阿鼻叫喚の血まみれの世界に変化してしまうんだ。泣き叫ぶ声、うめき声、そして声すら上げられなくなってしまった人の姿──そんな光景を君達が生み出す側になってほしくない」


 現場を見てきた人間故の重みのある言葉に新入生達は身震いをした。そして、自分たちもあのままだったらそうなっていた可能性があるという事も理解でき、更に震えた。


「確かに、その危険性はあったかも」「調子に乗っていたからな、否定できない」「こう言われるってことは、私達ってかなり危うかったのね」


 などと言った声が小さくだが確かに新入生たちの間でやり取りされる。


「クレア先生も君達が憎くてやったことではないんだ。もちろん俺も。あんな犯罪者になってしまったら、本当に取り返しがつかなくなってしまう。そうなる道を進む前に止めたかった、と言うのがクレア先生の本音だよ。あの先生も、見たくないものをいっぱい見てきているようだからね」


 この拓郎の言葉を聞いて、新入生たちはもう一度深く反省することになった。また、そのおかげで彼らが人の道を踏み外し、悪鬼羅刹のような将来を迎える可能性は潰された。やり方が正しいかどうかはともかく、結果としてはまともな形で彼らが人生を送る結果につながったことだけは事実であろう。


 しかし。この拓郎の言葉を聞き終えた新入生から情報がもたらされる。


「その、拓郎先輩。実はあと一つ先輩に伝えておきたいことがあるんです。昨日付で、数人の新入生が退学して他の高校に編入されたって話を聞いたんです。編入されたのが本当なのかどうかはさすがに噂レベルなんですが、確かに噂が立っている連中は自分から退学したのは間違いないんです、名簿から消えてたんで」


 新入生の言葉に、拓郎は内心で厄介な話にならなければいいがと思ってしまっていた。しかし、現実は非情なものである。


「特に発端となった教師に水魔法を放った奴が退学しているんですよ。相当クレア先生に逆恨みしているって噂もあって──噂とはいえ無視したらやばい話なので、先輩の耳には入れておくべきだと思って」


 拓郎は自分の表情が渋いものになっていくのを感じ取っていた。火種がまき散らされたと感じ取ってしまったから……彼らが頭痛のタネにならないといいなとは思ったが──ならない未来が見えない。あまりにも直接的な行為に出るなよと思いつつも、新入生達との話し合いを終えて教室に戻る拓郎。彼らがどう出てくるのか、今は分からない。

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