94話
数日は穏やかに過ぎた。しかし──拓郎に叩きのめされても、新入生の心根はあまり変わっていなかったことが表に出てきてしまった。魔法の訓練を受けているさなか、教師からの指導中にこういった声が上がってきたのだ。
「俺達は魔人や、魔女の先生がいるからここに来たんだ。科学魔法に関しては、あんたはお呼びじゃないんだ。早く魔人や魔女の先生を呼んで指導を受けさせてくれよ」
あんまりにもあんまりな言葉に、何人もの生徒が同調する光景に教師は一瞬固まった。しかし、教師は一つため息をついてから口を開く。
「何を言っているのですか。確かにあなた達は入学前から科学魔法に対して普通の人とは比べ物にならない訓練を受けてきたのは事実でしょう。しかし、物事には順番があるのです。今のあなた達を教えるのは私達で十分。もう少し基礎をしっかりと固めてから──」
と教師は落ち着かせようとしたのだが、教師に向かって一つの水の弾が飛んだ。むろん威力は抑えられてはいたが、科学魔法をいきなり教師に向かって放つ。これはとんでもない事である。が、教師もクレアを始めとした魔人魔女からの鍛錬を受けていたため、この水弾をあっさりと防御する。
「──今水の弾を打った君。君は自分が何をしたのか理解していますか? たとえ訓練中と言えど、無許可で魔法を発動することは重大な──」「だから! 早く魔人や魔女の先生を俺達の指導に当てろって言ってるんだろ! 俺達の時間は貴重なんだ、一分一秒を惜しんで魔法訓練を受けなきゃいけないんだ! それが分かんねーのかよ!?」
焦りもあるのだろう。だが、それを考慮してもなお高校生とは思えぬあまりに幼稚な発言と要求。そしてなにより、科学魔法を教師への攻撃に使ってしまった。この瞬間、いつもの訓練をやっていた拓郎は中断を申し入れた後、急いで端に避難するように呼び掛けていた。なぜなら、クレアの堪忍袋の紐がブチ切れた音を聞いたから。
避難した生徒たちを守るように拓郎は全力で防御障壁を何重にも張った。そしてこのあたりで2年と3年生は気が付いた。クレアの顔が笑っているのに一切笑っていないことに。更にはジェシカまで普段は見せない冷たい目を向けていることに。
「たっくん、そのままお願いね。ちょっと、強めに、おバカさんたちに灸を据えてくるから」
灸を据えるなどと言っているが、すでにその声には怒気と殺気が隠されることなく盛大に混じっていた。そんなクレアの事など気が付かない新入生の一部はいまだに教師に向かって騒ぎ立てている。音もなく教師に近寄ったクレアは、ここは私が替わると告げ、教師には拓郎が作った防御幕の方に避難していてほしいと、教師にだけ聞こえる声で伝えた。
「さて。教師の方々の指導に従えないという子はだあれ? 立ちなさい、そんなに魔女からの指導を受けたいと懇願するならば──受けさせてあげましょう」
怒気や殺気を隠したクレアの言葉に嬉々として立ち上がる新入生達。一部の新入生を残して、ほとんどの新入生が立ち上がっていた。立ち上がらなかった新入生は、ぎりぎりではあったがクレアがキレていることに気が付いて怯えてしまったがゆえに立てなかったのだ。もっとも、それに気が付けただけ優秀ではある。
「今回は見送るという子たちは、あちらに移動しておいてね。たっくんの後ろにいれば問題はないから」
クレアの言葉に、まるで首がちぎれるかのようにうなずいてから大慌てで拓郎の後ろへと逃げる僅かな新入生。むろん拓郎も新入生が避難できるように防御障壁の一部を解除して保護し、再び防御幕を張りなおした。
「さて。では訓練を始めましょうか」
クレアの言葉が終わった直後、クレアの特性である音の魔法を用いた──訓練と言う名の地獄が始まった。
その一方で──拓郎の防御障壁の後ろに避難した生徒と教師達は、そのほとんどが顔を青くしていた。クレアの実力をその一端だけとはいえ理解していたがゆえに、新入生の言動と行動によってもたらされる結果がどれほど凄惨なものになるか予想がつかなかったからである。なお、拓郎はそれを皆が目視しないで済むように防御障壁を不透明なものにしていた。
「あいつらバカすぎる。先生にいきなり魔法を撃つとかありえない」「高校生なのかよあいつら、あまりにも子供すぎる」「そりゃ魔人や魔女の先生の指導を受けたいって気持ちはわかるよ? でもさ、順番ってものがあるじゃん……」「そもそも先生たちもクレア先生達の指導を受けているから、並の魔法使いより強いし指導もすごくうまくなってるのに」
生徒たちの会話はこんな感じだったが、教師陣はもっと深刻な表情を浮かべていた。
「科学魔法の習得、向上に貪欲な点は喜ばしいですが……」「最低限の法律すら理解しているか怪しいですね、これでは。気持ちは理解しない訳ではないですが、さすがに擁護できません」「しかも非難する声もありませんでしたからね。最悪大量の退学者を出すことになるやもしれません。今回の一件は、大人しても教師としても見過ごすわけにはいきません」
先に水の弾による攻撃を受けていた教師が言いかけていたが、言うまでもなく突如他者に対して科学魔法による攻撃を行うのは立派な科学魔法における法律違反。威力の有無は関係なく、自己防衛が必要でもない状況なのに用いたとなれば相応の罰が下される。ゆえに今回攻撃を受けた教師が訴え出れば、裏を取ったうえで魔法を放った新入生の男子には魔法封印の刑が下されることになる。
このことは現代、小学生時代に絶対に学ぶことであって知らないという事は許されない。にもかかわらず先の新入生男子は魔法を用い、ほかの新入生もまた彼の行動を非難するどころか同意する始末。クレアがブチ切れるのは当然のことである。こういった法を守らず己の欲を満たす行為をする人間こそ、クレアが唾棄するタイプそのものなのだから。
ゆえに彼女は拓郎を始めとして、科学魔法を悪用してはならないと何重にもしつこく言い聞かせてきたのだ。時には脅しも躊躇なく使って。まあそのおかげで今の2年生と3年生にはおかしい方向に進む人間はいないのだ。やり方云々を見れば問題があるかもしれないが、それでも結果を見れば十分に良い方向に進んでいると言えよう。
そんな彼女の逆鱗に、新入生たちは触れてしまったのだ。荒れ狂う音の波に蹂躙されるのも当然と言えるだろう……拓郎にぼこぼこにされてもなお学ばなかった彼らが悪いのだ。そんな光景を拓郎は一切見せないように防御幕をしっかりと維持する。音もシャットアウトしている。そうしなければとんでもないことになるから。
「救いようがないよあいつら……クレア先生をここまで怒らせるって」「この一件で身に染みるでしょうけどね、嫌でも」「モンスタークレーマーとなった親が訴えるとか言ってきても、クレア先生には通じないしな」「むしろ裁判所が逃げる。正直クレア先生の本当の正体を知った時は何でここに居るんだって──拓郎がクレア先生の恋人だったのは運がよかったんだって痛感している」
そんな生徒たちの会話を聞いて、避難したごく一部の新入生の男子が「ごめんなさい、ちょっといいですか?」と声をかけてきた。
「どした?」「いや、今とんでもない話が聞こえてきたようで確認したいんですけど、もしかしてあの障壁を張ってくださっている拓郎先輩とクレア先生って恋人なんですか!?」「あー、新入生には刺激が強かったか? でも事実だからなぁ。クレア先生に恋しちゃったらご愁傷さまとしか言いようがないな」
上級生からの言葉に固まる新入生。しかし興味が勝ったのか更に情報を聞き出そうとしてくる。
「生徒と教師って、まずいんじゃ?」「普通だったら間違いなくアウトだよな。でも、クレア先生とジェシカ先生は普通じゃないからなぁ。クレア先生のフルネームを聞けば、嫌でも理解する事になるぜ?」「正直、法律でどうこうできる存在じゃないもんね。でも、私達にとっては信頼できる先生だけど」
こんなやり取りをしているうちに、クレアの訓練と言う名のお仕置きが終わった。クレアの合図を受けて障壁を解除した拓郎たちが見たものは──一切壊れていない訓練場。ただ、クレアのお仕置きをうけた新入生達が屍をさらして──いや、生きてはいる。だが、地面に付してうめき声をあげている。
「それじゃ、訓練を再開してね。この子たちは隅っこに片付けて置くから」
普段の声の調子に戻ったクレアを見て、誰もがほっとしていた。その後新入生たちは訓練場の端っこに文字通り片付けられてしまっていたが、誰もその方向だけは見なかった。その翌日、まあなんというか、お察しの通り複数の保護者が校長室に押し掛けるのである。
すみません、新刊作業もあったのですが更新できなかった最大の理由はスランプでした。
書いても考えても形にならず、今日ようやく何とか、と言った所です。




