92話
「まずは見てもらいましょう。目の前にいい教材がありますからね」
メリーが指示した先には、拓郎が大勢の生徒に囲まれて魔法を放たれながらもそれらを全て受け流したりして無力化しながら反撃している姿があった。むしろ集中砲火を受けている拓郎は落ち着いた表情で、周囲のほうが阿鼻叫喚となっているが。
「ちょ、この角度の攻撃はひどい!?」「あれこれ騒ぐ暇があるなら障壁を張れ!」「張ってるよ! 貫通してくるんだよ!? 熱くて痺れるよ!」「だったら受け流せよ! 目の前でやり方は見せてもらっているだろ!」「できないって言葉は禁句だぞ! できないって言ったら本当にできなくなっちまうぞ!」
悲鳴と絶叫と怒号が飛び交いながらも拓郎の周囲にいる生徒達は必至で拓郎から飛んでくる魔法に対策を練っていくという、もはやこの学園において見慣れた光景。その光景を見て新入生が口を大きく開けてしまったのは想像に難くないだろう。だが、メリーはそんな新入生に見るべき場所が違うと声をかける。
「貴方達が見るべきは、飛び交っている魔法そのものですよ。よく見てみなさい、そして手元で自分の魔法を発動して浮かべ、見比べなさい。貴方達が優秀であれば気が付けるはずです」
メリーに言われた通り、新入生たちは目の前の惨状を見ながらも自分の魔法を発動し、飛び交っている魔法と見比べてみる。数秒後、一人の女子生徒があっと声を上げた。
「──私たちの魔法より、先輩たちの魔法はずっと密度が濃い。それだけじゃない、なんというか流れがきれいであるべき形? みたいな気がする」
この女子生徒の言葉に、ほかの新入生たちもより深く魔法を観察し──確かに、や言われてみるとそう見えるといった意見が出始める。その様子を確認してからメリーは口を開いた。
「そうです。貴方達の魔法よりも洗練されているからこそ、そう見えるのです。そしてあの流れこそが魔法の訓練を積み上げた上に在るもの。貴方達の魔法がいかに見かけだけのものなのか、少しずつ理解できてきましたか?」
メリーの言葉に反論は上がらなかった。新入生たちも異常な倍率を試験によって潜り抜けてきた優秀な人材であることに間違いはないのだ。そして一度叩き潰されることによって鼻っ柱を叩きおられ、更に魔法を見比べることによって理解が進んだことにより反論できなくなっていた。そういった新入生の感情の動きを、メリーは読み取った。
「ですが、あなた達もまた見込みはある。今までの常識とは異なる現実を受け入れることはなかなか難しいもの。しかしあなた達はこうして見比べることで違いを理解することができるという素晴らしき能力を持っている。ならば次はどうしますか?」
メリーの言葉に一人の男性生徒が答えた。
「俺も、俺もあんな風に魔法が使えるようになりたい、そのために座学も受け入れます。今までの訓練で全く目を向けてこなかった所に、先輩たちと俺たちの魔法の差があることは明白です。そこを学ばずただ実践だけを繰り返しても──先輩達のような魔法にはきっとたどり着けない。基礎から学び直さなければ、空っぽのままで終わってしまう」
この言葉には、最初の実践だけを求める発言を撤回し、しっかりやり直すという意思がうかがえる。反抗期前後の人間がこの発言を出さざるを得ないほど、目の前で飛び交う魔法の質に圧倒され、魅了され、そして自分もそうなりたいという憧れを抱いた事に他ならない。メリーは満足そうにうなずいた。
「よろしい。ええ、安心なさい。座学を受けるといってもそれは決して停滞でも後退でもない。しっかりとした前進のために必要な装備となります。座学を受け、実践し、再び座学を受けることであなた達の科学魔法に対する知識と経験は確実に積み上げられていく。そうすれば、先輩たちが今放っている魔法の域に必ずたどり着ける。そして──」
メリーは言葉を一度区切り、新入生たち全員の顔をしっかりと確認する。全員が新しいことを学ぶ心構えができていることを確認してのちに口を再び開く。
「気が付けば科学魔法のレベルが上がっているでしょう。それが本来の望ましい姿なのです。レベル重視で魔法の修練はレベルを上げるために在るもの、ではいけないのです。修練を積み、科学魔法の質を上げていくうちにレベルがついでに上がっている。この方が魔法使いとしての腕は間違いなく上です。この差は歴然であることを、あなた達は体で理解したはずです」
メリーの言葉に、首を振る新入生は一人もいない。何せ拓郎に何もできず何もさせてもらえず一方的に負けている。その痛みが何よりの説得力を持っていた。そして新入生たちはその痛みを無視できるような愚かな人間ではないのである。
「安心なさい、ひと月もあればあなた達は今よりずっと立派な魔法使いになれますよ。間違っていた部分もありますが、それなりの土台があなた達の中には既にある。ならばそれらを生かしたうえで正しい修練をあなた達に叩き込めばよいだけ。ここに居る以上、覚悟はあるのでしょう? 応えて見せなさい」
メリーの言葉に、誰もが「「「「はい!」」」」と返答を返していた。こうして新入生達が学園に加わっての新しい一年が動き始めたのである。それはそれとして──
「所で先生、私達が最初に相手してもらった先輩の強さってどのぐらいだったのですか?」
そんな質問がメリーに飛んできた。この質問にメリーは目頭を押さえた。これは先がなかなか長そうだと思ってしまったからである。
「その辺の訓練もしっかりしないといけませんね……相手の強さを測れないというのは正直に言って問題としか言いようがありません。答えを教えるのは簡単ですが──まずあなた達から見てどのぐらいのレベルに見えるか、感じられるかを言ってみなさい」
メリーから投げかけられた最初の問題に対し、下はレベル4、上はレベル6ではないか? という感じの答えを新入生は出した。なおレベル4が50%ぐらい。レベル5が35%、レベル6が残りである。
「では答えを教えましょう──彼はレベル8です。力を抑えなければ、あなた達が束になってかかっても全員1分もかからず痕跡を残さずに消し飛ばせるだけの差が貴方達との間にありますね」
メリーからの答えを聞いた新入生たちは固まった。とんでもない人に対して調子に乗っているだとか、半殺しにしようだとか発言してしまった事にようやくここで気が付いたのである。固まった後に全身で震えだす生徒が出てくるのも無理のない話であろう。
「さらに言うならば、彼はそのレベルに満足など一切していません。故にああしてより己を高めてさらなる先を目指しています。貴方達が人を見る目がまだまだ養えていないと言う事は、言うまでもない事も理解しましたね?」
新入生たちは誰もがただひたすらに頷いた。まあ、たとえこれが新入生でなく大人であったとしても同じ反応をしただろうが。高校卒業時にレベル3になっていれば上澄みとされる世界で、レベル8はもはや立派な化け物という表現をしても間違いではない。もちろん魔人、魔女と比べれば大きく劣るのだが、それでも一般人からしてみればどっちも強いということに変わりはない。
そしてそんな人に対して先の発言をしてしまった己を鑑みる。青ざめるのが当然であろう。気絶しないだけ立派と言ってもいい。酷い例えをすれば、何の力も持たない百匹に満たないアリが象にケンカを売ったようなものである。戦ったらどうなる? 踏みつぶされておしまいだ。そりゃアリがものすごく多ければ、犠牲が出ることを度外視して象の体に集ってあらゆる場所から侵入して食い荒らす戦法もあるかもしれないが。
「今日の訓練時間はそろそろおしまいですね。明日からは座学を主に、実践を交えてあなた達の魔法の質を上げることが主体となるでしょう。では、集合しなさい」
新入生たちの初授業はこうして終わった。いろいろと苦い記憶を作ってしまったわけだが、それは本人達に原因がある以上彼ら自身が受け入れる他ない。もっとも、それが彼らにとっての良薬は口に苦しという言葉通りの出来事になるのであるが──それを彼らが本当の意味で理解するのは、当分先のことになる。
今年の更新はこれと来週の一回で終わりになりそうです。大掃除などがはじまりますので。




