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90話

 翌日拓郎は、ソフィアから正式に謝罪を受けた。拓郎としても己の非を素直に認めて頭を下げてきたソフィアに対し手わだかまりを持ち続ける理由もなく、謝罪を受け入れた。そしてこの日の昼食時、ソフィアからなぜ拓郎に挑みかかったのかの理由が伝えられる。


「そうか、ソフィアさんはジェシカさんに救われて、教えを受けていた時期があったんだな」「ええ、その時の教えが今の私を作っています。そんな先生が親しくしている男性ということで、心が暴走してしまいました。本当に申し訳ありません」


 ソフィアの口から聞かされた過去の話を聞いて、拓郎もソフィアがなぜあのような行動に出たのかに対して一定の理解を示した。幼き時に救ってくれた英雄が、他者と親しくしている姿の一つでも見れば嫉妬のするのも仕方がないだろうと。


「しかし、ソフィアさんも苦労してるんだな。俺達には分かんねえぐらいの遠い世界だわ」「そうね、ちょっと重いというかなんというか」


 そばで話を聞いていた雄一と珠美はため息交じりでそんな感想を漏らした。ソフィアははっきりとは教えていないが、話を聞いていればソフィアが普通の人ではないということは十分に察せる。そのうえでそう言った扱いをされたくないという気持ちも見え隠れしていたため、雄一と珠美はそれを察したうえで砕けた言葉使いをしているのである。


「正直、私自身も重いとは思うのです──しかし、どうしてもあの日見たジェシカ先生の魔法に魅せられてしまっているのです。そして少しでも追いつきたく訓練を重ねてきたわけですが」


 ここでソフィアは拓郎を見る。自分の全力をあっさりと受け止めた上で返してきた男性。湧き上がるのはこの人にも追いつきたいという欲。そのために残りの訓練はより厳しいものにしようとソフィアは心に誓っていた。


「魔女に追いつく、か。まあ、普通の訓練じゃ絶対に無理だなんてことは貴女自身がよくわかっているだろうからあれこれ言うつもりはないよ。自分も、何度も転がされてぼこぼこにされて今があるわけだし」


 拓郎もソフィアに今までやってきた訓練を教えていた。話を聞いたソフィアが全力で引いたのは言うまでもない。しかし、直後にソフィアは私もその世界に挑みますと宣言したが。正直拓郎ははやめておけと言いたかったが、彼女が目指している場所を知った以上その言葉をぐっと飲みこんだ。


「せっかくここの生徒になって直接先生から教わる機会を得たのですから、この一年を最大限に活かしますわ。限界は引きちぎるためにあるのです」


 限界を引きちぎるという発言に、今度は雄一と珠美が内心でドン引きする。一方で拓郎はそれぐらいの意気込みがないと絶対目的の場所にたどり着くことは叶わないことを己の経験と痛みで知っているので引くことはなかった。


「まあ、俺も先生のおかげで科学魔法のレベルはものすごく伸びたしな。限界を超えたいっていう言葉は理解できるぜ」「雄一に限った話じゃないけどねー。このクラスは全員が今までの常識をソフィアさん流に言えば引きちぎることを目的としているからねー」


 珠美の言葉通り、誰もがこの一年で行けるところまで行く。限界という壁が見えてもぶち壊すという気概を持っている。その切っ掛けは間違いなくクレアとジェシカの教えにあり、そして拓郎の姿を見ればいやでも発奮させられる。


「その点は俺も同じだな。ここから先のレベル上げは過酷になることはわかっているが、それでも挑む気持ちは同じだ。行けるところまで行く、というのはもはやこのクラスにおける共通認識だろう」


 拓郎の発言に、クラスメイト達は皆無意識にうなずいていた。いや、この学園にいる全生徒が拓郎の言葉を聞けば誰もがうなずくだろう。未来がどれだけ開けるかが今に掛かっている。その今を逃したくはないのだ。それに、自分の力が向上していく日々というものは、喜びと楽しみももたらしていた。その喜びを、楽しさをもっともっと味わいたいとなるのも無理はない話である。


「ここの学園は向上心が高くていいですね。前のところは──あまり悪口を言いたくはありませんが、物足りないところが多かったので」


 ソフィアはそう口にしたが、決して前の学校でも科学魔法に対する取り組みに熱がないということは無い。ただ、この学園のほうが圧倒的に熱気に満ちているためにそう感じてしまうだけの話である。


「まあ、魔人や魔女の先生に教えてもらえるなんて話は、ほかの学園では聞かないからなぁ。そのおかげで今年の学園の入学者希望がとんでもないことになったんだけどな」


 雄一の言葉に、再びうなずくクラスメイト達。あの大騒ぎは当分忘れることはできないと、お互いの目を見あっては再びうなずいていた。


「まあ確かに幸運ではあるけどさ、その幸運を生かすかどうかはその人次第だもんね。もちろんここにいるクラスメイトは全員それを生かすつもりで行動しているけど。最初は悩んだけど、結局拓郎君の姿に全員引っ張られたよね」


 珠美が過去を思い出しながら話す。最初はクレアの指導を受けないことを選択した生徒もいたなぁと、拓郎や雄一も過去を思い出していた。


「そうですわね、世の中には幸運をつかんでいるのにもかかわらず怠惰に過ごしてその機会を逃す人も大勢いますわ。そういった凡人と比べて、ここに居る人達は人間としての質が高いですわ。学ぶ環境としては実に素晴らしいものがあります」


 このソフィアの発言を聞いて、ソフィアが只者ではないと嫌でも痛感させられるクラスメイト達。いったいどんな世界を覗いてきたんだという興味と、聞きたくないという恐怖心が両立している。


「ま、それはそうだな。こんな幸運を手に入れても動かないやつは動かないだろう。ただ、このクラスにはそういうやつがいなかったというだけの話だけどな」


 そして雄一が行ったソフィアへの返答はこうなった。雄一の言葉通りどんな幸運をつかんでも動かない人はいるし、ソフィアの言葉通り怠惰に過ごして幸運が出て知ってしまった後に一気に没落していく人もいる。しかし、そのような人間はここにはいない。幸運をつかんだのなら、最大限に活かそうと日々を努力しながら過ごす人ばかりだ。


「正直科学魔法のレベルが将来の運命を分けるっていう今の時代に、魔人や魔女の先生から直接学べるって環境でぼけーっとしているのはさすがに擁護できないよね。後でそんな怠惰に過ごしたことを周囲の人間に知られたら、冷たい目で見られるなんてかわいいレベルで収まる話じゃないもんね」


 珠美の言葉ももっともである。万が一そんな過ごし方をして、その事を卒業後に口にしようものなら、お前はいったい何をやってきたんだと周囲から呆れられることは間違いない。呆れられるだけならまだ良いほうで、こいつとは関わらない方が良いという考えに周囲が成りかねない。


 科学魔法のレベルこそが正義、という風潮になってしまっているこの時代で上げられる特上の環境に身を置けたのに全く上げなかったともなれば、役立たずの烙印を押されても文句を言えない。そんな怠け者に会社に来てほしくない、出て行ってほしいという空気に代わることは間違いないだろう。


「珠美の言う通り、将来のことを考えればこの環境で努力しないというのはさすがにないな。もちろんそこは個人の考えだし強要は絶対にできないが──30歳ぐらいになった時絶対後悔するだろう。なんであの時俺は頑張らなかったんだってな。そういう人はちらほらと見たことがあるが、この環境を以てして怠惰に過ごしたら、その後の後悔は半端じゃないだろう」


 拓郎の発言に反対意見など出ようはずがない。むしろこの環境を欲してあまたの学校や新入生が大騒ぎして騒がしくなったのだから。うわさに過ぎないが、大金を用意して裏口入学させろと校長先生が詰め寄られた回数はもはや数えきれないほどだなんて言われている始末。そんな環境に居て怠惰に過ごすなど、金塊を投げ捨てる行為以上の損害を被る行動である。


「皆様の考え方は私としても好ましい方向です。皆様のような方々と切磋琢磨できる機会というものは得難いもの。よろしくお願いしますね?」「ああ」「もちろんだぜ」「こちらこそよろしくねー」


 こうして、この日の昼食は終わり、授業の準備を行う。ソフィアがクラスになじみ始めたのはまさにこの日であったと、のちにソフィア自身が振り返ることとなる。

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