88話
翌日、クラスの中は転校生の一件でもちきりだった。まあ、これは何時の時代でも変わらないのだろうが。一体どんな人がやってくるのかどうか、そして何よりこの学園にわざわざこの時期にやってくるのは何故か? 等の話が盛り上がならないはずがない。
「へえ、じゃあクレア先生たちの関係者でもないのか」「ああ、ハッキリと否定されたよ。クレアやジェシカさんもどういう人物が来るのかははっきり分かっていない様子だった」
何か知らないか? とクラスメイトから話を振られた拓郎であったが、明確に否定した。クレアやジェシカも知れないという情報も添えて、だ。やがて担任が一人の女性を伴って教室内に入ってきた。
「あー、話が盛り上がっているようだが彼女が転校生となる。転校生が来たからと言って質問攻めなどにはしないようにな? では申し訳ないが、自己紹介を軽くお願いします」
教師が転校生に対して丁寧な言葉を使った事にクラスメイト達は内心で首をひねった。ただ、それを誰も表面には出さなかったが。分かった事は、彼女は下手な事をするとまずい事になる人間であるという事か。
「では失礼して──ソフィア・ウィリアムズと申します。この学園には1年限りではありますが入学し学びを得るためにやってまいりました。また、先にお答えしておきますと私の髪色はもともとの色ではございません。科学魔法の修練の最中に代わってしまったものでございます。これに関しては医者からの診断書もございますわ」
彼女がそのような事を口にするのは無理もない。彼女の髪の毛の色は美しい青色。しかもただの青色ではなく、まるで波が立つかのように揺らめいて見えるのだ。高めの身長と大人びた顔も合わさって、神秘的な雰囲気が漂っている。
「ですので、あまりお気になさらないでください。色が違うだけで髪の毛の質は一般のものと変わらないという診断も出ておりますので。それでは、よろしくお願いいたしますわ」
自己紹介を終えたソフィアはクラスで空いていた席に移動して着席する。それを確認した担任は一つ咳払いをしてから口を開く。
「そう言う事だ、彼女とも残り1年仲良くやってもらいたい。間違っても付きまとうような真似はするなよ? そして今日からは普段通りの授業が開始となる。最後の1年だ、勉学も科学魔法も杭が内容に取り組めよ。朝の連絡は以上だ!」
そうして高校最後の1年が幕を開けた。授業は滞りなく進んだのだが、やはり休み時間中にはソフィアの元に大勢の人が集まっていた。集まらないのは拓郎、雄一、珠美などごくわずかな人間である。
「ソフィアちゃんも大変だねぇ……みんなもう少し手心を加えてあげればいいのに」「気持ちはわかるけどな、それでもあれじゃ流石になぁ」「かといってうまい止め方も思いつかないしな……変に首を突っ込むとかえってまずそうだ」
順に、珠美、雄一、拓郎の発言である。一方でソフィアは次々とそつない対応をし続けている。きわどい質問は流石に飛んでいないが……そんな質問をするんじゃねえぞ? という空気が抑止力になっているのかもしれない。そのまま時間は流れ、本日の科学魔法の訓練時間を迎える。
「さて、今日も頑張りますか」「あの、少し宜しいですか?」
今日もいつも通り頑張ろうとしていた拓郎に、ソフィアが話しかけてきた。クラスメイトの視線は当然二人に集まるのは仕方が無いだろう。そんな中でソフィアが言葉を続ける。
「貴方の科学魔法レベルはすさまじく高いですね。噂に上っている天才科学魔法使いとは貴方の事なのでしょうか?」
そんなうわさが流れてるのか、と拓郎は内心で辟易とした。そんな内申は一切出さずに拓郎はソフィアへと返事を返す。
「天才か──そんなわけないぞ。俺は天才じゃない、普通より激しい運動と訓練をひたすら受け続けて何とかレベルを上げてきただけの凡人だよ。凡人だからこそ訓練を必死でやらないとレベルが上がらないんだ。天才と言われる人達は、一つ指導を受けたら十を学ぶ。そんな真似、俺のは出来ないよ」
これは拓郎の本心だ。天才だったらレベル上げにここまで苦労していない。クレアとジェシカに散々世話になって、時間を使ってもらって訓練を続けてきたからこそ今の自分がいると拓郎は思っている。拓郎にとって科学魔法の天才とは、魔女に学べば半年かからずレベル10になるような人間を指すのだ。
しかし、この拓郎の返答にクラスメイト達は『えー?』という感じの反応を示し、そしてこそこそと話し合う。
「あんな訓練を耐えられる人間が凡人はないだろ」「努力の質と量は少なくても凡人の域じゃないよ」「普通の人がやったら絶対根を上げるって」「アイツが凡人なら俺達は何なんだって話だよなぁ」「まあ確かに、あの努力を無視して天才と評されるのが嫌だって思うのは分かるけど」
なんてやり取りが行われている。本人の言葉と周囲の意見を聞いて、ソフィアは一つ頷いた。
「なるほど、貴方も努力の末にレベルを上げてきた人でしたか。これは楽しみです……噂より、ずっと」
などと言いながらソフィアは笑った。かわいらしい笑みではなく、獰猛な笑みを。良い獲物が見つかった、と言わんばかりに。拓郎は内心でため息をつくが……直接変な事をされなければいいかとやや諦めつつ訓練開始の時間を待つ。そして教師達と共にクレアたち魔人、魔女も姿を見せたわけだが……
「お姉さま──ああ、お美しいお姿ですわ」
そうつぶやいたソフィアの視線は、ジェシカに注がれていた。そこつぶやきを聞いた周囲の人間は理解した、なぜ彼女がこの学園にやってきたのかを。それと同時に拓郎に対して同情もした、どう転んでも穏やかに事は進まないと察したからだ。当人の拓郎は、心の中で盛大にため息をついていたのは言うまでもない。
いつも通りに拓郎は複数の生徒を相手にする訓練を行うために準備に入ったのだが、当然その時に拓郎はクレアやジェシカと話をすることになる。その姿を見れば誰でも親しい関係なんだなと分かるのだが、これが当然のようにソフィアの心に火をつけた。暗い傾向の火を。そしてその火をそっと己自身で消せるほど──彼女はまだ大人ではなかった。
「拓郎さん、一つお願いがありますわ」
もはやその言葉を発しながら彼女が放っていたオーラは殺気その物。一般人が近くで余波を浴びれば、身震いでは済まないレベルのそれを拓郎は真正面からぶつけられた──が、拓郎は動じなかった。これ以上の圧など、クレアとジェシカの直接指導で数えきれないほど浴びてきたからだ。
「私と一回、直接手合わせしてくださいませ。この学園で行われている科学魔法の訓練のレベルを肌で感じ取りたいのです」
誰もが取って付けた言い訳でしかない事を理解している。だが、それを口に出すだけの勇気はなかった。今殺気を発している彼女に下手な事を言えば、その矛先が自分に向きかねないという事もまた理解していたからである。
更に彼女から感じる力から科学魔法のレベルがかなり高い事を物語っていた事実も、周囲の人間の口をつぐませる結果を生んでいた。だが、拓郎は別だった。クレアとアイコンタクトを交わしてから口を開く。
「──分かった、受けよう。ただし、一つだけ忠告させてもらう。完膚なきまでに叩き伏せられても文句を言うな。本来そこまでの殺気を人に向ければ、問答無用で殺されても文句は言えないのだから」
その言葉とともに、拓郎も戦闘態勢に入る。ただし殺気は向けず、闘気レベルであるが。こうして新学期早々手合わせという名のソフィアからの敵意を拓郎は向けられることになってしまった。




