87話
春休みが開けた初日。拓郎は春休み中の訓練というよりはもはや殺人そのもの──とでも表現すべき修行を乗り越えた事などおくびにも出さないいつも通りの表情で学校へと登校した。怪我は回復魔法でキレイに治しており、傷一つない。とてもじゃないがこの拓郎の体を見て、春休み中に常識から外れた修行をしていたと分かる人はまずいないだろう。
「おーっす、拓郎。ラスト1年になる訳だがよろしく頼むぜ?」「ああ、もちろんだ」
先に登校していた雄一からの言葉に軽く返答を返した拓郎は自分の席へと座る。入る教室こそ変わったが、席の場所はそのままなので、去年と同じ場所にある席へと座る。次々とクラスメイトが登校してきており、席が埋まっていくが──一席だけ、空いたままだった。当然誰もがその席に気が付いている。
「あそこ、誰だっけ?」「いや、誰でもないぞ。クラスメイトは誰一人欠けることなくここにいるぞ」「だよね、私の勘違いかと思っちゃった」「じゃあなんで空いてるんだ? 転校生でも来るとか?」「この時期に? この学園に? だとしたらどんな人が来るんだろう」
やいのやいのとそれぞれの意見を出し合いながら話をしているうちに担任が姿を見せる。担任も去年と変わることなく続投されている。
「よーし、皆いるな? 誰一人欠けることなくこうしてまだ会えたことをうれしく思うぞ。まあ、外にいるときに聞こえていたんだが……席が一つ増えたのは転入生が来るからだ。もちろん普通のじゃない。どう普通じゃないのかは明日のお楽しみだ、転校生が来るのは明日だからな。今日は最低限の連絡と明日からの授業に向けての準備が主だ。それが終われば解散だから2時間は掛からないぞ」
早く帰れる、というのは普通ならうれしいだろう。普通ならば、だ。そしてこのクラスにいる人間はすでに普通ではない。故に何人もが不満げな表情を浮かべていた。それを見た担任は予想通りではあるがなぁとクラスメイトの反応に苦笑する。
「だが、希望者は去年通りの訓練を行えるようにはしてある。もちろんクレア先生を始めとした魔人、魔女の教師の皆さんも居る。だからさっさとまずは目の前の済ませるべきことをこなせよー」
担任の言葉で空気が変わった。その空気を壊さないように担任が連絡事項と今日中にすませたい事を通達。クラスメイトは皆協力しあってサクサク用事を片付ける。結果として、2時間どころか1時間もかからず今日やるべきことが全て片付いてしまった。
「お前たち、そこまで訓練をしたいのか?」
担任の言葉に当たり前ですと言う感じの返答がいくつも飛んでいく。レベルが上がる余地があるならもちろん上げたい。もうレベルが上がらないとしても魔法の技術を磨く行為に終わりはないからこそより指導を受けたいとなっている為、訓練できる日が1日でも増やせるならば増やしたい、がこの学園の空気となっていた。
「わかったわかった、ならば連絡を入れておくからお前達はいつもの場所に着替えて移動な? もちろん訓練時の衣服は持ってきているんだろうな? 持ってきているなら良し。それと新入生は4日後に入ってくる。あれこれ聞かれることになるかもしれないが、上手く対処してくれよ。いきなり揉めるなよ」
という担任の言葉に従って、クラスメイト──いや失礼、同学年の生徒はみな訓練場へと足を運んでいた。考える事は皆同じであったようだ。更に蛇足として付け加えるなら──誰も目がぎらついている。無理もないが……将来を左右する、それこそ大学受験以上の重要な事である魔法のレベルがあと1年で決まってしまうのだから。
その後は訓練場にて軽い挨拶の後にいつも通りの訓練が行われる。拓郎を覗いて、だが。拓郎は前後左右から大勢の生徒が放ってくる魔法を受け流して打ち返して訓練を指導するという行為をクレアとジェシカからやるように指示された。魔法の訓練に関しては指示されたなら無茶に思える事でもやるようになっている拓郎は、すんなり受け入れて持ち場についた。
「皆は本気でたっくんに向けて魔法を放ってねー。威力がある奴、連射力が高い奴とかが出来るならとにかくやっちゃって。たっくんは大怪我させちゃダメよー?」
とまあ、気軽でとんでもない事を言うクレアだがこうでもしないと学生相手では拓郎の訓練にならないのだから仕方がないのだ。何度も春休み中の訓練で死線をくぐった拓郎にとっては、今まで通りの訓練では温すぎるレベルにしかならないのは明白であり、だからこそ前後左右から取り囲んで放つぐらいのレベルにする必要があったのだ。
「では始め!」
クレアの言葉を聞いて、各生徒は拓郎に対して遠慮せず魔法を浴びせまくる。拓郎の事を信じているからこそできる行為であり、他の人には絶対にやらない行為でもある。その一方で拓郎はその信頼に応えるかのように飛んでくる魔法を次々といなし、跳ね返し、消し去り、そして反撃を飛ばしていく。
「どぁあ!? 拓郎容赦ねえ!?」「口を動かす暇があるなら防御魔法の一つでも唱えなさいよ!! 一人防御しないだけで他の人に負担が行くんだから!」「くそ、拓郎の奴ますます化け物じみた強さを手に入れてきたな」
周囲の生徒達からは拓郎の反撃に大騒ぎしながらもなんとか対処していく。つまり、適切な負荷を拓郎は前後左右全ての位置にいる生徒に与える事に成功している。こういった調整もまた、魔法の技術を磨くには役に立っているのだ。やがて進学した2年生も訓練場に姿を見せ始めた。彼等も帰るより訓練を選んだ様である。
「ハイそこまで! 次の人と交代してねー」
クレアの言葉に従って、交代していく生徒達。交代する最中、感じた事や攻防に関しての情報のやり取りが生徒の間で行われる。さらに次の順番待ちに2年生が多数混ざり始めたりも……言い方は酷いかもしれないが、拓郎は魔法のレベル上げに適している相手なのである。普通の訓練をするよりもずっと効率がいい、パワーレベリングまがいの。
ただし、最低限の基礎があってこその話なのでいきなり拓郎とのスパーリングは出来ないし許されていない。最低限の攻撃魔法と防御魔法、それらに加えて一定レベルの魔法の技術を習得した上で十分な座学を受けなければいけない。そうでないと一瞬で立抑えて気絶しているだけで終わってしまうからだ。
そのまま訓練時間終了まで、拓郎はずっとスパーリングをこなし続けた。かなりの多くの人からますます強くなった事を理解されており、春休みにどんな地獄を見てきたんだと勘のいい生徒はかなり引いていたが。クレアとジェシカはまあ期待通りのレベルに放ったかしらと満足していたが。
「さて、皆お疲れ。帰ったらちゃんと食事をしてしっかり休んでね。訓練の後はしっかり食事をとって休みこともまた魔法のレベルを上げるのに大事な事だからね?」「「「「「はい!」」」」」
クレアの言葉に、元気のいい返答を返す生徒達。体は疲れ切ってはいたが、気力は十分に満ちておりまだ訓練をしようとすればできる範囲。しかし、だからと言って気力が尽きるまでやらせてもいい結果は出ない。やる気があるうちに体を休ませ、気力を次に繋げさせるのである。そして解散し、各自帰宅となった訳だが……
「クレア、ちょっと聞いておきたい事が」「何、たっくん?」
クレア、ジェシカと共に帰宅する途中、拓郎は明日やってくる転校生について何か知っている事はないのか? と問いかけた。なんとなくだが、クレアかジェシカ絡みでやってくるんじゃないかと思ったからである。しかし、クレアとジェシカは両者ともに首を振った。
「私でも姉さん関連でもないですね。こちらとしても知っている事は、何処かの国の令嬢であるとしか。私達とは完全に関係がない事は間違いありません」
とジェシカ。ジェシカが嘘をつく理由など当然ないので拓郎はそうなのかと素直に受け取った。その上で、この時期にこの学園にやってくるとなれば普通の人じゃないと予想して聞いてみたんだと素直にクレアとジェシカに伝える。
「まあ、普通のタイミングじゃないわよね。ましてや学園を取り巻く環境を考慮すればなおさらだけど。全ては明日にならないと分からないわね」
クレアの言葉を聞いて、明日が不安になる拓郎。令嬢との事だが──変な波が立たなければいいがと思ってしまった彼を責められる人はいないだろう。さて、どんな人物が姿を見せるのか?
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