80話
全ての戦いが終わった後、拓郎と翔峰学園の生徒達はともに礼を行った。その後翔峰学園の生徒や関係者は手早く撤収していった。香澄への回復はすでに済んでおり、各員がバスに乗り込んでいく姿を拓郎とクレア、ジェシカの3人は見守っている。そして最後にバスに乗り込む形となった明美、洋一、香澄、そして翔峰学園のコーチが一言ずつ拓郎に言葉を残していく。
「今日はありがとうございました、この日の経験を糧により強くなって見せます」「戦闘課に進まないってのが惜しすぎるぜ……お前とはこれから先何度も戦ってみたかった」「この日の戦いは忘れません」「お世話になりました、無理を聞いていただいたことに感謝します。では」
そしてバスに乗り込み、扉が締められる。恐らくもうこの人達と交わる事は無いだろうと拓郎は思っていた。進むべき道が明確に違う以上、関わる可能性は大幅に下がる。ゼロではないだろうが──バスは動き出し、そして翔峰学園に向けて走り出す。バスが見えなくなるまで、拓郎達3人は見送りを続けていた。
そしてそのバスの中。空気はたった一人を倒せなかったことによるお通夜な雰囲気、とはなっていなかった。切っ掛けは洋一のつぶやきである。
「強かったな、あいつ。前よりもずっとずっと強くなってやがった。あれで戦闘課に進まないってのが訳判らねえ。あれだけの力があれば、団体によっては直ぐにでもトップになれるだろうに」
洋一はあくまで独り言として呟いたぐらいの小さな言葉だったが、その言葉をコーチの耳が拾った。
「彼は、回復関連の仕事につく道を選んでいるそうだ。だから戦闘課に進む事は無いという事を教えて頂いている」
コーチの言葉に、バスの運転手を除く全員が驚きの表情を浮かべた。当然それぞれの生徒達が思い思いの声を口にするが──香澄は納得した表情を浮かべていた。
「香澄? 随分と腑に落ちたみたいな表情を浮かべているじゃない? 何か納得が行ったの?」
それを妙に思った明美が香澄へと問いかけて──香澄は口をゆっくりと開いた。
「これは聞いた話が多分に含まれる話なのだけれど。回復魔法が使える人は現代においても多くないという事はみんな知っていると思う。なので仕事に出向く回復魔法使いの近くには護衛の人が多数つく事が一般常識となっているところがあるけれど……それでも自分自身の力で己の身を守らなきゃいけない時ってのはやっぱりあるらしいの」
香澄の話に、誰もが口を塞いで真剣に聞き入っている。
「だから、回復魔法使いには護身術が必須とされているわ。魔法でもいいし体術でもいい。もちろん両方使えるならそれに越したことはないけれど。だから、あそこまで己を鍛えているのは納得が行ったのよ。あれだけの力を振るえる回復魔法使いなんて、悪意を向けられないわけがないわ。強引にでも誘拐して死ぬまで働かせるだけでどれだけのお金が動くか」
ただ、言葉の後に香澄は(それでも、あれだけの力を持って私達全員を本気の欠片も出さずに勝ってしまう彼と手合わせをこの先できないのは残念過ぎるけれど)と正直な感想を心の中で思っていたが。すでに拓郎の戦闘力は護身術なんて言葉で片付けられないレベルであることは言うまでもなく、何度も手合わせしてより己の力を磨いていきたいというのは間違いなく本音である。
「香澄の言う通りだ。あれだけの魔法を使いこなせる高校生はまずいない。明美、洋一、香澄も魔法の強さという点では高校生という枠組みはとっくに外れているがそれ以上の高みにいるのが彼だ。だからこそ、彼自身が強くなければ危なすぎる。正直に言えば私も話を聞いて納得した所があったよ。戦闘課ではないのになぜあそこまで己の体を苛め抜いて強くなろうとしているのかという行動に対しての答えを得る事が出来たからな」
後部座席に座っていたコーチの言葉にそう言う事だったのかと納得する者。じゃあ本気のあいつはどれぐらいやれるんだ? という疑問を持つ者。拓郎の力の底が見え無き事に対して恐怖する者など反応は様々だった。
「回復魔法使いって最低でもレベル5じゃないと認められなかったよな?」「ああ、最低ラインがレベル5だって教本にもあった。でも、一般人の壁がレベル3だからな──回復魔法使いが少ない訳だ」「そのうえで適正にも左右されるんだろ? 魔人や魔女ですら適性が無くて回復魔法は使えないなんて話はごろごろ転がってるぞ」「じゃあ、あいつは一体──」
バスの中がとたんに騒がしくなる。が、その話も進むと魔人じゃないあいつがあのレベルに立てたのであれば、俺達だって行けるはずだという話でまとまっていく。そして皆でこぶしを突き上げようとしてバスの天井に打ち付けてしまい、何名もが拳を抑えてうずくまった。それを見ていたコーチは苦笑いを浮かべるが──
(連れてきた甲斐があったな、こいつらに大海の一部を見せる事が出来た。世の中に強者は多々いると言葉で行っても半分も伝わらない事は分かっていた。確かに明美、洋一、香澄は強いが、それ以上なんか同年代に入るはずないという考えにかなり染まっていたからな。が、今回は戦闘課ではない相手に完膚なきまでにやられた事で長くなってきた鼻を折り、そして今こうして新しく意気を上げた。それだけでも十分成果と言える)
次世代に新しい風を過去ぶことに成功したコーチの表情は穏やかな笑みとなっていた。もちろん、これは一瞬だけだ。翌日からはまたコーチとして壊れないぎりぎりのラインまで彼等をしごく仕事が待っている。だが、今日の経験は生徒達に大きな刺激を与えてくれた。だからこそ、明日からの訓練にはより真剣に励んでくれるだろうと考えている。
(それに戦いの動画はしっかり収めているからな。これを見せる事と実際に戦ったメンバーからの話を聞けば、自分達の学園の中など所詮井の中の蛙であると痛感するだろう。明日から忙しくなるぞ)
いつしか今日の戦いの反省をし始めた生徒の姿を後部座席から眺めつつ、コーチは内心で明日からのメニューの調整を始めていた。この生徒達の心に宿った種火を消さないように、そしてなによりもっと大きくする為に何をするべきなのかを今までの経験を踏まえた上で考えなければならない。それは難しくもあり、楽しくもあった。
(翔峰学園はまた一歩強くなれる。いつか彼が何らかのニュースで我々の学園名を目にする日が来るようにして見せる。絶対にな)
こうして翔峰学園の生徒達はそれぞれの胸の中に芽生えた種火を抱えて帰って行った。そしてそれなりに時間が過ぎた後、翔峰学園は戦闘課における教育機関としての第一人者として名をはせる事になるのだが、それは拓郎達とは直接かかわりのない話である。
ちょっと短いですが、今日はここまで。




