その8
クレアとジェシカが拓郎の前に現れてから一週間が経過した。さすがは宇宙人だろうが異世界からの訪問者だろうが受け入れる日本人、一週間も経過してしまえば、クレアやジェシカがいる日常が当たり前になってしまっていた。その適応の早さにジェシカが「これが日本人のいう懐の深さと言うものですか」と、ややずれた事を言っていたとか何とか。
そんな日常を送っていたが、晩御飯を食べ終えた直後ののんびりとした時間に拓郎はクレアからこんな質問をされた。
「ねーたっくん、たっくんは科学魔法のレベルをどれぐらいまで上げたいって言う希望はあるのかな~?」
科学魔法が一般的になったからといって、誰もが科学魔法を上げる選択を取るとは限らない。最低限使えれば良いやと考える人もいるし、行けるところまで行きたいと考える人もいる。その辺は完全に個人の判断にゆだねられている。念のために申し上げると、普通の会社員として社会に出るつもりであるなら、科学魔法のレベルは0で十分である。製造業に就きたいのであれば、科学魔法のレベルは2ほどあればより順調に仕事を勤め上げられるだろう。
「そうだな……俺は、5か6あたりを目指したいというのが希望になるのかな」
高い目標を口にされて、ジェシカは自然とまじめな表情に、クレアはニコニコとした笑顔を崩さない。
「5か6までレベルがあがれば、治癒の科学魔法を教わることが出来るからな、それが目標だ」
破壊より治癒行為の方が難しいのは説明するまでもないだろう。傷をつけるのはナイフ一本どころか素手でもできることだが、治療行為となると難易度が大きく跳ね上がるのはお分かりいただけるだろう。
ちなみに科学魔法で言えば、簡単な傷をふさぐという治療行為はランク4に相当する。だが、これは本当に傷口を無理やりふさぐだけであり、消毒も細胞の治療も出来ていないので、後ほど怪我をふさいだ部分が悪化する可能性が高い。消毒をし、細胞を必要以上に傷つけないように治療するには、細かい科学魔法のコントロールが必須になるので科学魔法レベルが5はないと厳しい。医療現場でも治癒の科学魔法使いは歓迎される……手術をしながらその場で回復が図れるので、患者の社会復帰が格段に早まるのだ。
「ふぅ~ん、たっくんはそこまで先を見据えているんだ、お姉さんはびっくりだよ」
拓郎の将来設計を聞いたクレアは、素直に驚きと関心の感情を見せていた。まだ遊びたい盛りの歳に、はっきりとした将来の目標を立てているとは、クレアは予想していなかった。クレア自身、魔女である以上成り行き任せでも何とでもなってしまうので、こんな風に将来のことを考えたことはあまりなかった。
「治癒の科学魔法を希望ですか、何かその道を決心するきっかけみたいな物はあったのですか?」
ジェシカが拓郎に質問を飛ばす。治癒の科学魔法は、その難易度ゆえに敬遠されている面も強くある。にも拘らず、ここまではっきりと将来の希望を述べた拓郎に興味を持ったのだ。
「きっかけと言われても……そうだなぁ、これから先、世の中は何があるか解ったもんじゃない。もしかしたら目の前で誰かが倒れていて、助けを求めているなんて状況に出くわすかもしれない。そのときに後悔したくないってだけだな。あの時努力しておけばなんて言葉は、何の慰めにもならないし」
拓郎自身、無意識のうちに科学魔法のレベルが上がっていて、クラスメートよりも科学魔法を扱える時点でそれを活かせる道を目指そうと考えていた。そうなると、希少な治癒魔法を扱えると後々の役に立つのではないだろうか? そう考えて、科学魔法の授業は毎回真剣に受けてきた。それでもなかなか科学魔法のレベルは3から4に上がらず、やや焦れている面がある。
18歳の誕生日というタイムリミットはそう遠い事ではないと、拓郎ははっきりと認識しているのである。
「なるなる~、確かに必要なときに力がないというのは辛いね~。じゃあここは、お姉さんがちょっと協力してあげようかな?」
クレアは拓郎の話を聞き終えた後に、あれこれと考え事を始めた。拓郎は明日の準備もあるのでその場は引き上げた。
そして翌日の学校。朝に拓郎のクラスメート全員に、1つの連絡が通達された。その内容は、今日の4時間目にある科学魔法の特別講師が来るという事だった。もちろんその話で拓郎のクラスメートは騒がしくなった。どんな人が来るのかという話から、どういう教え方をしてくれるのかなどなど……当然その講師が美人だと良いななどのお約束な会話もあった。
「おまえら、新しい先生が来る事で盛り上がるのは分かるが、いまはまだHR中だから黙ってくれよ~?」
苦笑いする男性教諭の言葉を聞いて、教室内はかなり静かになる。ひそひそ話はあるが、それぐらいは大目に見ようとHRを行っている男性教諭は考えている。
「まあそんなわけでな、これから4間目にある科学魔法の授業はその新しい先生が担当する事になる。新しい先生を困らせるなよ? 前もって言っておくが、新しい先生は本当の実力者だからな? これは脅しでなくてマジだ。いきなり生徒が消し炭になったなんて報告を聞かせないでくれよ?」
この男性教諭の発言で、ピクリと拓郎は反応してしまう。昨日の今日でいきなり新しい教師が来た。科学魔法の教師は数が少なく、教えたいと言う人が来れば各種テストを受けて、それに合格すればいい。もちろん相応の身分証明は必要となるが……。そして拓郎のクラスを担当している男性教諭は科学魔法Lvは5の、一般人の中ではものすごく強い人に該当するのだが、その教師が『実力者』だという。
(いやな予感しかしない……いや、予感ではなくそれしか考えられない)
そして、その拓郎の予想は見事に当たる事になる。4時間目、科学魔法訓練所にて拓郎のクラスを待っていた新しい先生とは。
「みっなさ~ん、始めましてだね? 今日から皆さんの科学魔法を教える事になるクレアといいます。気楽にクレアせんせーでも、クレアちゃんでも良いからね~?」
拓郎の予想通り、そこにはクレアが良い笑顔で待っていたのだ。色々と突っ込みどころだらけなのだが、クレアの科学魔法が『音』であると言う事を知っている拓郎は、考えを放棄した。
(まあ、クレアは悪逆非道な催眠はかけないだろう……たぶん)
そんな事を一人で考えている拓郎を無視して、クレアの挨拶は続く。
「皆さんの科学魔法レベルを見せてもらいましたが、0の人が結構居ますね~? まあ、之は個人差がありますから問題ないですけど、皆さんに確認しておきたい事があります、いいかな~? かな?」
おどけた口調でクレアは喋っているが、目はまじめである事に拓郎は気がつく。
「適度に訓練して科学魔法レベルを1か2に出来ればいいかなーって人と、本気で訓練して18歳を迎える前に少しでも科学魔法のレベルを上げたい人が居ると思います。言うまでもないことなんだけど、この二つは共存できないのよね~。そこで、区別するためにチーム分けをさせてもらいます。適度でいいやーって子と、本気で上げたいって子に別れて欲しいの。訓練内容もぜんぜん違うし、本気で上げたい子のはきついわよ~? それでもいいという子だけ、本気側に移ってね?」
一本のラインを科学魔法で引いたクレアからは、そんな言葉が飛び出した。
「あ、あのー、先生、ちょっといいでしょうか?」
挙手した女子生徒に、クレアは「はい、どうぞ」と発言権を与える。
「そ、そういう差別は良くないんじゃないでしょうか? 平等と言うものが……」
そこまで女子生徒が言った瞬間、クレアはパアンと両手を合わせて大きな音を出す。
「悪いけど、世の中に平等なんて物はほとんどないわよ?」
声の質が変わり、おどけた口調すらなくなったクレアに対し、シインと誰もが静まり返る。
「こうやって子供のうちから十分な勉強を受けることが出来る人すら、世界から見ればごく少数なの。そもそも、何処の国に生まれるかと言う時点で、平等なんて言葉は通じないわ。生まれてきたという『公平』さはあるけど、それだって本当にぎりぎりの話なのよ?」
そうして、クレアはもう一度、ラインを指差しながら言う。
「それに、このラインを超えて必死に努力しようとする人と、そこそこでいいやと考える人。それが一緒だったらそれこそ『不平等』でしょう? でも、必死に努力すると言う『選択』は、このクラスの人にだけは『公平』に与えるわ。私が受けもつのは、あくまでこのクラスだけ。他のクラスの人から見ればこの時点で十分に不平等よね?」
クレアの言葉に圧倒され、「わ、わかりました」と言うのが精一杯の女子生徒。
「ごめんね、怖い事を言って。でも、世の中はそういうものだって事を頭の隅にでいいから覚えておいて欲しいな。で、このラインを超えて、厳しい訓練を受けるっていう子は居ないかしら? もちろんこれは強制ではないわ。選ぶ、選ばないは自分の意思で決めてちょうだいね」
ざわつくクラスメート。だが、最初のそのラインを割って進み出た男子生徒が一人。それはもちろん拓郎である。拓郎が進み出た事で、クレアが一瞬笑顔を見せる。
「他にはいないかしら? 後5分で締め切るわ。時間は有限、いつまでも待つわけには行かないの」
「俺も行くぜ!」
クレアの声に答えて進み出てきたのは、拓郎の友人である雄一だ。
「雄一、お前……なぜ?」
雄一はそんなに科学魔法のレベルを上げる事に熱心ではなかった筈だ。なのになぜ出てきたんだろうと考える拓郎。
「いや、ここいらでいっちょ真剣にやってみるのも悪い事ではないと思ってな? 先生は美人だし、科学魔法のレベルは高い方がいろいろと将来において都合がいいからよ!」
この雄一の言葉に触発され、俺も、私もと言った流れでラインを超える生徒が増え、最終的には14名ほどがラインを超えた。
「そこまで! 結構ラインを越えた子が居たわね~。それじゃ、早速始めるわよ~」
クレアの言葉通り、その日からクラスを分けた授業ではなく、訓練が始まった。真剣に訓練する側の初日は、科学魔法の一番弱いレベルの魔法を限界まで出しっぱなしにして、出せなくなったら休むと言う事の繰り返し。
「まずは科学魔法を限界まで使って休む。これを繰り返して科学魔法を体になじませるの。これをやるとものすごくお腹もすくし、体のほうもへとへとになるだろうけど、最初はこれが一番なの」
実際この4時間目が終わった直後に、まともに歩けたのは元から科学魔法レベルが3あった拓郎だけだった。しかし、生徒達の表情は明るい。なにせ、14人中科学魔法レベルが0だった10名。この10名のうち4人が、この日の訓練だけでレベル1に昇格していたからだ。きつい事はきついが、成果が出ると言う事を目の前で見せられた生徒達はやる気を出していた。そして歩けないほどに疲労した生徒達は、クレアの科学魔法で回復してもらっているので、自分の足で教室まで戻れている。
「キツイけど、0の俺が1になれたぜ!」「俺もまじめにやってみようかな……」「今からでも路線変更できるのかしら?」
その日のお昼休みは、クレアの訓練に皆が興味深々だった。もしかしたら、自分もそれなりの科学魔法使いになれるかもしれないと言う希望が出てきたからなおさらだ。こうして、クレア先生による初授業は終わりを告げた。
ぼちぼちと……。




