79話
拓郎の攻撃を香澄は難なく防いだ。だが、拓郎も最初から全力のパンチを打ち込むような事をしていないのでこれは当然と言った所。まずは軽い攻撃を積み重ね、そこから相手を崩してい力のある攻撃を叩き込むのが定石。ましてや今まで自分の動きを見てある程度相手は学習している以上、いきなり大技を打ったところで当たるはずもないと拓郎も考えている。
故に、拓郎はボクシングで言うならジャブのような素早く隙が少なく手数が打てる攻撃をメインに据えて香澄へと攻撃を継続する。香澄はこれらの攻撃の大半をガードし、時折回避からの反撃を仕掛けてくる。が、拓郎もそれらの反撃をすべて回避、もしくはガードして被弾していない。
なので拓郎は攻めを続行。更に攻撃の回転も魔法を加える事で早める。具体的には手足の攻撃に加えてレベル1の攻撃魔法を自分の真横あたりから複数発射し香澄に対して襲い掛からせているのだ。更にその属性もばらけさせ、香澄の纏っている鎧に容赦なく突きたててゆく。困ったのは香澄側だ。いくら鎧が頑丈でもその耐久力は無限ではない。
そのため、こうも拓郎からの攻撃を受け続けてしまうと、一発一発の威力が低くても削るような形で鎧の装甲をはぎとられて破壊されてしまう。かといって、手数を増やした拓郎に対して有効な反撃を今のところは加えれていない。なので鎧の力をさらに解放させるしかないと香澄は判断を下した。
「はあっ!」
気合と共に鎧に走る電撃を周囲にみなぎらせ、香澄を中心とした球状の障壁へと変化させた。この障壁によって拓郎の魔法は全てかき消され、拓郎自身も弾き飛ばされた。拓郎はとっさに防御したので軽く突き飛ばされたぐらいのの衝撃しか受けていないが、もし防御が遅れていたら感電してかなりのダメージを受けていただろう。
そして、香澄が空を飛ぶ。その自分を中心とした球体上の電撃の障壁ごと拓郎めがけて突撃してきたのである。もし喰らえば感電からの鎧による質量による大ダメージは必至だ。拓郎は回避するが、回避してもすぐさま別方向から香澄が次々と突撃を何度も何度も仕掛けてくる。このままではこちらが押されるだけにしかならないと拓郎は判断し、両手に超純水の小手をより分厚く生成し、突撃してきた香澄を受け止めた。
「受け止めたぁ!?」「なんて言うくそ度胸してんだよアイツ!?」「あの電撃の球体を受け止めるって選択を良く出来るな……」
驚き半分、呆れ半分の声が翔峰学園の生徒達からこぼれ出たのも仕方が無いだろう。触ったらやべぇ、下手したら即死するという攻撃を拓郎は受け止めてしまったのだから。さて、この拓郎の行動に困り果てたのは香澄であった。回避されるのは想定内だったし、しつこく連続で突撃して相手の余裕をなくしていき、機を見て電撃を放って動きを止めてから鎧の質量でぶっ飛ばすという作戦を潰されてしまったからだ。
(この電撃を受け止めるとか、流石に無茶苦茶ですよ!? 使っておいてなんですが、下手に触ったらそれこそ感電によるダメージで一般人なら黒焦げになるだけの力がこの雷球にはあるのですが)
鎧の中の香澄の冷汗は止まらない。いや、むしろこの後の拓郎の行動によってその冷や汗の量はさらに増える事になる。拓郎が両腕で電撃の球体を押し潰し始めたからだ。
(行けるな、このままこの球体を圧縮して潰して消し去る。このレベルの電撃を直撃されたらシャレにならない)
香澄も必死で電撃を維持しようとするがシンプルな押し合いならレベルの高い拓郎の方に圧倒的な分がある。最終的には完全に香澄の電撃は押しつぶされてしまい、香澄が自発的に魔法の維持を止めて離脱する事になった。この押し合いによって香澄はかなりの魔力を消耗させられることとなり、更に分が悪くなってしまう形となった。
が、だからと言ってまだ戦える香澄がギブアップなど宣言する訳もなく、次の手を打つ。身にまとっていた鎧の後部を一時的に解除して香澄は鎧を脱ぎ、その直後に鎧を再生成。その後鎧と共に前に出て拓郎へと新しく生み出した雷の薙刀で攻撃を仕掛け始める。雷の薙刀は鎧側も持っており、香澄と同じ動きを取る。
「疑似的な分身か!」「そう言う事です!」
拓郎は攻撃を数回回避した後に氷で刀剣を2本作り、その上に超純水の膜を張る事で電気に対する絶縁を図ってから香澄と鎧相手に打ち合いを開始する。香澄の薙刀の腕はかなりの物であり、更に鎧が同じ動きで攻めてくるためかなりやりにくい。2本の氷の刀剣で次々と振るわれる刃に対処するが、対処をミスったと拓郎は思っていた。
(2本剣を作るより、リーチの長い槍を作るべきだったか。リーチの差でこちらがどうしても受け身にさせられるし、合間に放つ魔法はすべて対処されてしまっているな。魔法障壁をはって前に出るという方法は、クレアの出した障壁は最小限にするという課題に引っかかるから出来ないし)
もちろん香澄はそんな拓郎の心境などお構いなしに攻めてくる──香澄もかなりいっぱいいっぱいなのだ。雷の薙刀を2本維持し、更に鎧の維持、そこに加えて鎧を自分の動きにトレースさせて動かすというコントロールも加わり精神的な疲労の蓄積がとても速いのだ。故にここで明確なダメージを何が何でも取らないと後がなくなってしまう。
そんな二人の戦いは、焦った香澄がより苛烈に攻めてきたことによって決着の時へと向かって進んでいく。香澄の攻撃が激しくなって拓郎を優位に責め立てている様に周囲には見えていたが、拓郎と香澄、そして魔人や魔女、そして翔峰学園のコーチは分かっていた。香澄が最後の賭けに出たのだと。
もはや香澄の顔には隠す事が出来ない汗が大量に浮かんでおり、一方で拓郎の方は表情こそ渋い物ではあったが汗はほとんど確認できない。だからこそ香澄は焦ってしまったのだ、このままでは勝てないと。いや、勝てないどころか一撃与える事すらできないと。しかし、どんな状況射おいても焦りというものが良い方向に作用する事などまずない。
そして今回香澄の焦りは、薙刀の技の冴えを曇らせるという形で出てしまった。手数は増えても、技が鈍れば拓郎に問って反撃の機会が増えるだけだ。それを証明するかのように、拓郎の一撃が香澄の鎧を引き裂いた。大きく引き裂かれた鎧は力を失い、崩れ落ちてただの土くれへと変わってしまった。
「くっ……でもまだです!」
だが、これで鎧側の雷の薙刀の維持もしなくてよくなった香澄は拓郎に向かって己の薙刀を全力で振るう。その集中によって技の冴えが蘇ってくるが──それでも、やはり精神力の消耗はいかんともしがたかった。拓郎は一歩一歩、相手の動きを詰めていき薙刀の動きを止めていく。そしてついに、拓郎の刀剣が香澄の左腕に命中する。
拓郎は刃をとっさに引っ込め、打撃を与えるに留めた為香澄の鮮血が舞うような事態にはならなかった。だが、それでも打撃は打撃。攻撃を受けた香澄の左腕の動きは明確に悪化した。当然それによって薙刀の動きも大きく鈍り、まともに振るえなくなってしまった。なので香澄はとっさに薙刀を拓郎に向かって投擲する。
拓郎が回避行動をとっている間に、雷の小太刀を右手に生み出す香澄。再び斬り合いが始まるが、今度は拓郎の二刀流が香澄の手数を圧倒する。その拓郎の手数に対抗するだけの力は、もう香澄の中には残されていなかった。拓郎の刀剣が香澄の右手を捉えて雷の小太刀を取り落させた瞬間、香澄はゆっくりと地に伏せ、その後に己の負けを認めた。




