78話
始まると同時に、香澄の体を土が覆う。更に土の表面に無数の雷が走った。そして数秒後には黒く輝く騎士のような鎧をまとった香澄がそこにいた。ただの鎧ではなく、常に細い雷が表面を走っている。触るだけで電撃によるダメージを受けるぞと言わんばかりだ。この香澄の姿に驚きの声が翔峰学園の生徒達から上がる。
「香澄先輩、あんな魔法使えたの?」「始めてみる魔法だ! すっげえ!」「土とかを纏うっていうのならよくあるけど、そのさらに上を行ってる!?」
無理もない、香澄がこれを人前で見せたのは初めての事なのだ。明美、洋一も初めてであったが、二人は声を開けずにただただ見入っていた。コーチも表情にこそ出さないが、独学でここまでの魔法を築き上げた事に対して心の中で称賛を送っていた。
「卑怯、とは申しませんよね?」「もちろん」
だが、香澄の言葉に拓郎はあっさりそう返した。あの鎧は彼女が魔法で作ったモノであり、ルールには違反していない。故に拓郎は文句をつけるような事はしなかった。それから数秒後、香澄が仕掛けた。鎧を着ているというのにもかかわらず、素早い動きで拓郎にめがけて左手で拳を作り上げてなぐりかかったのだ。
その拳を拓郎は受け止めた。その瞬間、香澄は電撃によるダメージを与えたと思ったが──拓郎に電撃が流れていく様子がない。後ろに飛びのいた香澄は拓郎の姿を確認する。何故、電撃が拓郎に流れなかったのか……その時、香澄は自分の左腕に水がついている事に気が付いた。
「水による防御? しかし、電撃は魔法で作った水と言えど走る筈──」「その理由は、水に含まれている不純物によるものとは知らなかったかな? そう言った不純物を取り除いた超純水と呼ばれるものは電撃を通さない絶縁体になるんだよ」
拓郎の言う通り、水を電撃は知るのは水に含まれている不純物が電気を流す媒体になるから。その不純物を取り除けば、水の中を電撃が走る事は出来ないのだ。なので香澄の攻撃を受け止める箇所にだけ超純水を生成して打撃によるショックを受け止めつつ電撃も無効化したのである。
「電撃はその特性上、非常に早く飛び襲い掛かってくる。故に対策を身に着けるのは必須。回避しきれるような甘い魔法じゃない事は身をもって知っているからね」
もちろんその痛みを教えた講師はクレアとジェシカ──だけでなくジャックやマリーも噛んでいる。そんな魔人、魔女が仕込んだ電撃地獄を味わえば電撃系統の魔法は回避しきれる物じゃないと嫌でも体に叩き込まれる。じゃあどうするか? その答えの一つが先ほど拓郎が使った超純水の水生成魔法。言うまでもないが打撃、斬撃に対する抵抗力も高めているので一種の障壁でもある。
普通の障壁じゃ駄目なのか? という意見は当然あるだろう。事実最初は拓郎もそうした。だが電撃系魔法はまっすぐ飛ぶモノばかりではなかった。曲がるのなんて初歩で、障壁を纏わりつくかのようにはい回って拓郎に襲い掛かってくるモノなどなどえぐい物はいっぱいあるのだ(まあ、魔人、魔女だからこそ使えるというものも多々あったのだが)。
それ故に、拓郎は体に薄く超純水の幕を張る事で対処する形を生み出した。もっともすでにある方法の一つだったのだが、アクアたちはあえてそれを教えなかった。自ら考え、苦悩し、応えにたどり着く事こそが最高の経験となると考えているが故の判断だった。事実、拓郎の新しい力となっているのだから間違っているとも言えない。
「やはり、貴方は強い。だからこそ、こちらも普段は出せない力を振るえます。行きますよ?」「いつでも」
再びのにらみ合い、そしてまた香澄からの攻撃。だが今度は地面を滑るかのように移動しながら拓郎に近づき、蹴りが届く間合いの一歩外でスライディングキックによる攻撃を繰り出した。勢いが乗ったその一撃は鋭く早い。拓郎は跳躍する事で回避したが──それは香澄にとって想定内。
(ここです!)
最上部に土から生成した鉄を付けた地面を隆起させて、上空に電撃を生成。そう、香澄は一瞬で落雷が発生する状況を生み出したのだ。実は落雷とは落ちる物ではなく登るものだとされている。落ちている様に見えるが、実は空気というものは絶縁体としての効果がそれなりに高いらしく、そのままでは上空に発生した雷雲が雷を落とせない。
が、地上に金属物などがあり、雷を呼び寄せる道を作った場合は話が変わってくる。その道が地上から上空に伸びて雷が通りやすい道を空気中に作る。すると、そこに雷が走り抜けて落雷となる。道を作る地上の物は、空に近い物。つまり高さのある物体がその役目を担いやすい。故に高い木の下に雷が発生している時に雨宿りをすることは危険なのである。
この性質を生かしたのが皆さまご存じの避雷針だ。意図的に雷が落ちやすい場所を作り、そこに誘導する事で他への被害を防ぐ。香澄はそれを魔法で作ったのだ。なんでそんな手間をかけるかと言えば──魔力の力だけでなく自然環境という力を併用する事で威力をあげられるからに他ならない。そして今、拓郎の頭上から電撃が襲い掛かってくる。
拓郎はとっさに魔法障壁を生成。雷を受け止めた。だが雷はそれだけで終わらず、障壁ごと食い破って襲い掛かろうとしてくる──が、当然拓郎もそんな事は分かっている。咄嗟に作った魔法障壁の強度は低い。食い破られて当然なのだが、一瞬でも受け止める事が出来ればそれでいいのである。後は雷と避雷針の間にある自分の体をずらして邪魔をしない。そうすれば……雷は避雷針へと向かって落ちる。
(よし、これでいい)
威力が上がる自然現象を模倣した魔法は、その流れに逆らえない。回避されたから相手に向かって再調整して追尾させると言った事は出来ない(一般的には)。ここで、唯人と魔人魔女との差が生まれる。普通は出来ない事をできるから魔人、魔女なのだ。魔人達ならばもう一度拓郎に向かって雷を曲げて再度襲わせる事を可能とする。
しかし、香澄はそうではない。故に雷は避雷針へと向かって落ち、破砕する。再びお互いがにらみ合う形となったのだが、明確に不利なのは香澄だ。鎧を作り、自然現象を模した魔法を用いた事による魔力の消耗が激しい。一方で拓郎は障壁を張ったりしただけであり、消耗はほとんどしていない。むしろ回復していると言っていい。
当然そんな事は当の本人である香澄は理解している。いきなり豪華な手札を連続で切ったのにこれと言った打撃を与える事も、消耗も強いる事が出来なかった。表情にこそ出さないが、彼女は焦り始めていた。もっとも、これで焦るなというのも酷な話ではあるが。切り札とまではいわないものの、相応の魔力を使って行使した魔法が碌に効果を発揮できなかったのだから。
(不味いわね、こうもあっさり回避されるとは流石に、思っていなかったわ。計算を間違えた事は認めないとならないわね)
彼女の背中に汗が伝う。が、それで折れるような彼女ではなかった。
(でも、まだまだ魔力には余裕がある。そして明美と洋一が見せてくれた戦いの内容というデータもある。勝負はここからです)
香澄の空気が変わった事を、当然拓郎は敏感に感じ取る。が、ここまで攻めているのが香澄だけだという事は拓郎も当然分かっている。故に、今度は自分が攻めてに回る番だと。そして拓郎は香澄に向かって突撃し、超純水を纏った右の拳で殴りかかった。




