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77話

 治療を受けた洋一はすぐに意識を取り戻した。直後、洋一は自分が負けた事を改めて認識した。


「そうか、俺は負けたんだったな……切り札も届かずに終わっちまったなぁ」


 治療を受けながらもぼそりと呟く洋一。その言葉に、近くで様子をうかがっていた明美と香澄はある不安にとらわれる。それは、洋一がここで戦いの道から永遠に退くのではないか? という不安だ。過去に何人もが洋一のように戦い、負けた後にそう言った選択をする姿を何度も見てきていた。その人達と今の洋一の雰囲気は全く変わらなかったからである。


 だが、そんな明美や香澄の不安とは全く異なる言葉を、洋一の口は紡いだ。


「楽しいよなぁ──普段は制限している自分の出せる全力を出してよ、それでも叶わない奴が同年代にいるってのは楽しい。超えるべき壁がよ、こんなに厚いのかよと思っちまうが……それと同時に感じる事があった」


 洋一の言葉を、明美と香澄は黙って聞き続ける。そしてさらに洋一は語る。


「アイツは、魔人じゃない。魔人じゃないんだ。なのにあそこまで強くなれたって事はよ、俺達もああいう世界に足を踏み入れられる可能性があるって事に他ならねえ……アイツの拳を受けてわかった、以前よりすさまじい訓練を積んできたって事が拳から伝わってきた。すげえ熱だったし、思いが籠っていた」


 と口にした後、洋一はゆっくりと自分の右手を握りしめながら少しだけ上に上げる。


「今日の戦いは、前回の戦いよりも忘れられない一戦になったな……負けた事は悔しいし、最後に騙された事もしてやられたと思うさ。だけど、今は心に新しい熱が灯った事を感じるぜ。体を治したら、残された時間を使って今まで以上の猛特訓をしなきゃな」


 目の輝きが、洋一の言葉がやせ我慢でも虚勢でもなく本心からの言葉であることを教えてくれている事に明美も香澄も、そして静かに様子をうかがっていたコーチにも伝わっていた。


「それに、魔法の改善案もいくつか浮かんだ。俺はまだまだ強くなれるぜ──香澄、全力で飛ばしていいぜ。アイツはそれをしっかりと受け止めた上で返してくれる。切り札ももったいぶるな、機会があれば遠慮も躊躇もせずに使え。そうする事で、新しい魔法をひらめく切っ掛けになるからよ」


 洋一の言葉に、香澄は深くうなずいた。明美、そして洋一と己のライバルと認めている2人がこうもあっさりと負ける相手だ。初めから全力を出していい相手であることは十分理解している、そして全力を出せる機会などそうそうなかった香澄にとって、以前の敗北からどれほど成長できたのかを推し量れる最高の機会がやってきたという事でもある。


「ええ、全力を出すわ。貴方達をこうも叩きのめしてくる相手ですもの──全力でぶつかってきます」


 香澄の言葉に、明美と洋一は頷く。コーチも気迫がみなぎっている今の香澄にはいうべきことはないと判断して静かに傍観している。こうして最後のメンバーとして香澄は武舞台に上がる。



 一方で拓郎だが、先ほどの戦いでジェシカに細かい指導を受けていた。大きな問題こそなかったが、改善できる点はまだまだあり、気を付けるべき点を教えてもらっていたのだ。


「もちろん、基本的な点においては問題はありませんよ。ですが、技術というモノはいくら磨いても終わりはありませんから」


 とはジェシカの言葉である。拓郎も同じ意見を持つ、というか今までの訓練で散々体と心に植え付けられているので反論は一切しない。


「さあ、最後の一人ですね。しっかりと油断なきように戦ってくださいね。彼女もまた、切り札の2枚や3枚は持っていてもおかしくはありません。それをしっかりと見極め、回避なり反撃なりをしてください」


 サラッと言っているが、容赦のない言葉だ。相手の切り札、大技を初見で見切って対処せよと言っているのだから。だが、ここは現実であって仮想空間などではない。やり直しは効かない以上、たとえどんな攻撃が飛んでこようと対処できなければ死につながる。これは回復魔法使いだとか戦闘を中心にするなどは関係ない。魔法を仕事にする人全員に共通する事である。どうしても、魔法の仕事にはきな臭い事がついて回る世界なのだから。


「はい、実戦の心構えでやってきます」


 ジェシカにそう返答して拓郎も武舞台に上がった。部豚に上がる拓郎を、ジェシカは優しげな視線で見送る。



 武舞台の上で向かい合った香澄と拓郎は互いに一礼。その直後に香澄が口を開く。


「以前とは比べ物にならないほどに貴方が強くなったことは、嫌というほどに思い知らされました。ですが、私もまたあの時から訓練を積み強くなっているはずです。最初から全力で行きますので、よろしくお願いします」


 香澄はそうハッキリと拓郎に告げた。明美と洋一の戦いを見た事による正直な気持ちをそのまま口にした形である。そんな香澄に、拓郎も応える。


「分かりました、よろしくお願いします」


 言葉こそ短いが、拓郎の気迫を嫌でも感じ取らされている香澄は一歩後ずさりそうになった。しかしそれを必死で堪える。戦う前から相手に飲まれては何もできずに負ける──コーチの教えである。故に内心で再び気合を入れなおして闘志を燃やし、引きかかった心が感じた拓郎の気迫を押し戻す。


「では双方準備は良いですね? はじめ!」


 ジャックの言葉で、この日最後の模擬戦が開始される。

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