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75話

 試合開始の宣言と共にまるで特攻するかのような勢いで前に出たのは洋一だった。試合開始前に練り上げておいた魔力を使って身体能力を強化し、赤き炎を文字通り身にまとって己を大きな炎の弾丸と為しての突撃。明美とコーチから聞いた話を基に、いきなり己の最大の技で勝負をかけたのだ。この攻撃で最初の流れを自分に引き寄せたい、欲を言えばある程度のダメージを取りたいと洋一は考えていた。


 が、拓郎はかなり引き付けてから急速に上空へと飛びあがる事でこの攻撃を回避した。それで洋一の考えが挫かれた──と思うのは早計。回避された事を確認した洋一はすぐさま軌道を変え、空中にいる拓郎めがけて飛んだ。この攻撃を拓郎は地面に高速で降りる事で回避するが、やはり洋一は再び軌道を変えて拓郎へと襲い掛かる。


 これではただの鬼ごっこにしかならないなと拓郎は考え、両腕に氷を大きなガントレットのようにして纏う。もちろん直接手に付けている訳ではなく、ほんのわずかに氷と手の間に保護する幕を張っている。これは今の炎に包まれながら突進している様一にも同じ事が言える。氷のガントレットを生成した拓郎は、落ちてくる洋一の炎の突進を受け止める。


「うおおおおおお!!」


 その受け止めている氷のガントレットを破砕してやるとばかりに洋一は吠えながらより纏っている炎の勢いを増した。水や氷だろうと、高熱の炎の前では蒸発して消え去るのだと言わんばかり。が、拓郎はそんな洋一を炎ごと地面に向かって叩きつけた。まるで重機が地面を叩いたかのような音が周囲に響き渡った。


「もう1回!」


 拓郎は叩きつけた後も洋一から手を放しておらず、持ち上げた後に再び地面に向かって洋一を叩きつける。再び巻き起こる音と、大きな振動。一般の人が受ければ、複雑骨折は免れないんじゃないかと思わせるほどの衝撃。だが、この叩きつけで洋一は拓郎の腕から逃れ、身にまとっていた炎を大きな弾丸として放つ──のではなく、一点に集中した。


「いけえええ!」


 表情は苦痛に歪みつつも魔法の制御はしっかりと行い、その集中されて圧縮が行われた青い炎の弾は拓郎に向かって放たれた。見た目は小さな小さな炎の弾。だが、それは圧縮された超高熱の炎。人に向かて放つ攻撃としてはあまりにも過剰。もしこの炎を一般の人が受ければ一瞬で肉も骨も燃やし溶かして灰と化すだろう。それだけの威力がある。


 しかし、拓郎にとってはすでにクレアとジェシカの訓練ですでに経験し、そして乗り越えたレベルでしかなかったのだ。飛んできた青い炎をそっと氷のガントレットで握りつぶして消し去ってしまった。爆発も起きず、炎が暴れる事もなく、本当にそっと握って消したのだ。これに驚愕の声をあげたのは明美と香澄の2人だ。


「まさか……洋一の青い炎が爆発すら起こせない!?」「まるで赤子を受け止めるかのように優しく握り、その後に万力よりも確実に潰した? なんという魔力の制御!」


 この2人の声はまさしく洋一の心境そのものだった。自分の最大の切り札の1枚がこうもあっけなく、何の効果も発揮できず静かに無力化されてしまった。それに伴って、一気に襲い掛かってきたのは体の疲労感。魔力を多く使うだけではなく、炎のコントロールの為に必要な精神集中まで行った事により、かなり疲れる技だったからだ。


 そして何より、それだけの大技を使ったのにああも容易く対処されてしまったという事実そのものが疲労感に拍車をかけた。ある程度の効果、もしくは何らかのダメージを取れると計算したが故の最初からの全力の一手であったのにその狙いが完全に外れたという事実が洋一の精神を大きく疲弊させていた。


(だが、肉体へのダメージを貰ったわけじゃない。一発も攻撃を受けていないのに降参なんてできるわけないだろう!)


 洋一は内心でそう奮起し、再び拓郎を睨むかのよう勢いで見据える。拓郎も洋一の闘志が再び湧き上がってきたことを感じ取って構える。今回も仕掛けたのは洋一であった。身体能力強化の身に魔力を用いての近接戦闘を拓郎に仕掛けた。残った魔力はもう1つの切り札の切れるだけの量は残しておかなければならない。


 故に、使える魔力を計算するとこの手段しかなかった、とも言える。この格闘戦で少しでも拓郎の体勢を崩すなり、隙を作るなりで切ればもう1つの切り札を切れるからだ。そう、洋一のもう一枚の切り札は先ほどの炎とは打って変わって相手の僅かな隙に叩きこむもの。コーチからは扱いを間違えるなと念を押されている物。故に普段は使用禁止とされているのだが、今回は許可が下りている。


 ──そんな狙いを、拓郎は感じ取っている。相手の狙いを感じ取り、掛かったふりをして相手の切り札を使わせてそこを打ち取ると言う訓練はクレアにもジェシカにも仕込まれた。相手の切り札というモノは、回避できるか無効化できれば大きな隙と相手の精神に大きな揺らぎを生じさせる。


 これが決まれば勝てるという心の支えは、逆に見れば決まらなかったら打つ手がないという状況を生み出す表裏一体な性質を持っている。故にそこを突けとクレアやジェシカは拓郎に教え込んだのだ。もちろん座学ののちに実演という名の体に教え込む方法だが。痛みは伴うが、それだけの意味と効果を拓郎に刻んだ訓練である。


「はあっ!」「せいや!」「てりゃぁ!」


 声と共に、洋一の拳や蹴りが拓郎を襲う。拓郎はそれらを回避できるものは回避し、少し回避が難しいか? と思った物は出来る限り衝撃を殺してガードする。もちろんそんな攻防の合間にお互いがお互いの考えを見抜こうとする心理戦も発生している。洋一も愚か者ではない、最高の一撃を叩き込める機会を見極めるだけの目をしっかりと持っている。拓郎はその目のさらに上を行かなければならないのだ。


 拳同士がぶつかり合い、戦いが続く中で焦りの感情が抑えられなくなりつつあるのはやはり洋一側だ。拳や蹴り、時には投げようとする動きを含めて拓郎を揺さぶろうとしているのだがそのことごとくが上手くっていないことが理由となる。そろそろ切り札を切るのに繋がる一手が欲しい所なのだが、その一手がことごとく拓郎に潰されるか届かないかで生み出せないのだ。


(このままじゃ、身体強化の魔法の維持に使っている魔力の影響で切り札を切るだけの魔力を残せない。時間がねえ、なのに切り札を切れる流れが作れない! 無理やり切るか、ぎりぎりまでチャンスを狙うか)


 洋一の頭の中はその二択に迫られていた。切り札を切ると考えれば、身体強化に使える魔力はもってあと3分。それ以上維持すれば切り札がきちんと機能する魔力量を割り込む。そうなれば、切り札が切り札とはなりえなくなってしまう。だからこそ、洋一は焦ってしまう。その焦りを当然拓郎は感じ取っている。


(もう俺が焦ってるって事は、戦っている拓郎って奴に絶対バレてる。くそ、あの負けた日からコーチに散々しごいてもらって何もできずに負けたって事になったら俺は俺が許せねえ! こうなれば、イチかバチかだ。魔力が残っているうちに無理やりにでも勝負に出る、このまま打ち合ってても勝ち目はゼロだ!)


 そんな洋一の心境を、拓郎は大体理解した。何より表情が変わったからだ。仕掛ける事がバレても構わない、それでも決めるという決意を感じ取れる。それを迎え撃つべく、拓郎も身構える。そして、洋一が動く──最後の切り札を使うために。

来週からしばし、更新が不定期になります。


理由ですが、新刊の制作作業が入り始めているからです。

ご理解のほど、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎回楽しく読ませていただいております。 作業が落ち着いてからで構いませんので、無理だけはなさらないでください。
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