73話
明美に一定のダメージを与えたが、まだ終了宣言は出ていないため拓郎は当然攻撃を継続する。もちろん降参宣言をされればすぐに止めるが、明美からはそんな気配は感じられない──と拓郎は思っていた。事実、明美も拓郎の攻撃を受け止めつつ反撃を要所要所で挟んできている。戦闘の意志があるのは明白だ。
そうしてしばし打ち合った後に明美が大きく後ろに距離を取った。拓郎はあえて追わない……明美の表情に鬼気迫るものがあったからだ。間違いなく何かしてくる、ならばそれを受け止めてみようと思った。受け止めた上で勝たなければ、クレアもジェシカも納得しないだろうと。そして、明美は己の切り札を発動した。
(!? 急激に明美さんから感じられる魔法の力が跳ね上がった? これは一体……)
一回り、いや二回りも明美から感じられる魔法の力が増大した。あまりに急激な力の増大……こんな無茶な強化を施して大丈夫なのかと拓郎は不安になった。それを察したのか、明美が口を開く。
「大丈夫よ、これはれっきとした技だから……己の力を短時間だけ大きく跳ね上げる奥義……とでも思ってくれればいいわ。体への負担は大きいけど、流石に命への問題はないわ。これを使わなくちゃ、今の貴方とはまともに戦えない。行くわよ?」
明美が行くと宣言して一拍おいた直後、拓郎の右頬に明美のパンチがさく裂していた。本当に一瞬で明美は拓郎との間合いを詰め、パンチを当てたのである。周囲に広がるまるで拳銃から弾を放った時に出る音を数倍位大きくした音が周囲に響き渡る。もちろん明美がその単発攻撃で止まる訳がない。パンチとキックの連続攻撃が拓郎に襲い掛かる。
攻守逆転で、今度は拓郎が明美からの攻撃を受け止める側へとなった。もはや高校生どころか大人ですら早々出せない威力を誇る拳が、脚が凶器となって拓郎へと襲い掛かってくる。が。が! 拓郎は一発目を喰らった瞬間意識を切り替えていた。そのためその後の攻撃は直撃を許さず、きちんと防いでいた。
これに焦ったのは明美の方だ。短時間だけとはいえ自分自身を超絶強化できる強化魔法の極みを目指していく過程にある、今の己が使える最高の魔法を使ったのに押しきれない。むしろ抗戦を続けるほどに明確に拓郎が対応してきており、反撃まで繰り出し始めていたからこそ焦りはますますひどくなっていく。
(最初の不意打ちの一発以降、全然当たんない!? 私達も死に物狂いで訓練して切り札とか必殺技とか言っていいレベルの魔法も技も習得した。なのに、彼はさらにその先に行くというの!? 認めない、認めないわ!)
明美は内心でそう吠えるが──その実、認めたらその時点で心が折れると無意識に理解していたからこその考えでもあった。コーチの元、幾つもの強豪との練習試合(と言う名の半分殺し合いのレベル。回復魔法使いが居なければ不可能なことである)も重ね、更に精神的な訓練も厳しい指導の下で積み重ねてきた。だからこそ、思っていたのだ。今度は惨敗した自分でも五分に戦えるだろうと。
ところが蓋を開ければこの状況だ。仕掛けた魔法戦は難なく防がれ、さらには磨いた雷魔法の上を行く雷光でダメージを負わせられた。このままでは何もできないと考え、自分が切れる最大の手段を用いた。この状態で戦えば、強豪校との戦いでも優位に戦えた支えの魔法。なのにそれを用いてもなお、彼には全く届かないとなったら──
(負けない、負けたくない! 私だって血反吐を何度も吐いて、涙を流して、何度もふがいない自分に苛立って地面を殴って、必死になって魔法や技を身に着けてきた! それを全部、なにもかも否定されてたまるものですか!!)
明美はさらに力を振り絞り、拓郎へのラッシュ速度と一発一発の威力を上げていく。ここで全ての力を使い果たしても構わない、何が何でも勝ちに行くという明美の考えが見ている人になら誰にでも伝わるほどの──まさに鬼気迫るという表現を用いる高校生が纏うとは思えないほどのオーラを放って拓郎への攻撃を続行する。
拓郎はそんな明美に対して──敬意を払って自分への強化魔法を用いた。回避したり距離を取って戦うというスタイルではなく、真っ向勝負から殴り合う事を選択したのだ。拳に拳を合わせ、脚に脚を合わせる。激しい乱打戦の幕開けである。それからしばらく、人が己の体を用いて放つ打撃がぶつかり合っているとは到底思えない音が響き渡り続ける。
その戦いを見ている翔峰学園のコーチは、背中に汗が流れるのを感じていた。明美には今まで以上に厳しい訓練を貸した自覚があった。他校との練習試合も半分殺し合いのような状況にもなった。そんな中で明美と言う刃をコーチは丹念に、折れないように丁寧に磨いてきた自覚がある。なのに、その鍛えた刃がその力を十分に、いや十二分どころか二十分まで振るっている。
特に使っている強化魔法は高校生では使える人間など世界中を探しても五十人いるかどうか、と言うレベルの高等魔法なのだ。事実、他校との勝負でもあの強化魔法を用いた明美の素早さと威力が同居した拳は恐るべきものであり、幾つもの相手をKOしてきた。そんなレベルにこの歳で達した明美は、間違いなくコーチの教え子の中でもトップの存在だ。
そのはずなのに、あの対戦相手はその明美と真っ向勝負で殴り合っている。プロならともかく、同年代でここまでやれる相手が他校にいたという事が己の目を通してみてもまだ信じがたい気分だった。しかし、現実である事もまた分かっている。そして──明美はあと少しで負ける事もまた分かってしまっていた。
(あの男を鍛えているのは何者だ。化け物か悪魔の類か? そして何より、彼は戦いを中心とする道には進まないのだという話ではないか。他の道に進むのに、あれだけ己を鍛えている……私の理解の範疇など、とっくに超えている)
明美の強化魔法が徐々に解けてしまっている事を感じ取りつつ、コーチは背中に冷たい汗を流し続ける。
そして当然、明美も自分の強化魔法が解け始めている事は分かっていた。だが、引けなかった。ここで引いて降参したら自分はもう二度と立ち上がれない。力の問題ではなく、自分自身への情けなさに圧し潰されるから。だから負けるとしても降参して負けるのではなく戦って負けたい。それならまだ、納得が行くところもあるし再び立ち上がれると明美は思っている。
それを察したわけではないが、拓郎は明美の力が落ち始めた事を感じ取って決着をつけるべく拳を振るった。この拳が、カウンターヒットとなって明美の顔面につき刺さった。明美の意識は一瞬で暗転し、倒れかかる。だが、倒れそうになった明美は歯を食いしばってそれを拒絶。鼻から血を垂らしつつも、完全に解けかかった強化魔法を無理やり手繰り寄せる感じで維持する。
だが、ダメージは明確だった。それから明美が振るう攻撃は威力も速度もガタ落ちになっている事を誰もが分かっていた。だがそれでも明美は攻撃を止めない。まだ私は負けていないという意地、それだけが今の明美を支えている。だから拓郎は、その意思を叩き折るべく──狙いすました拳をカウンターで明美の顔にもう一発叩き込んだ。
それを喰らった明美は──一歩、二歩と後ろに下がったがまだ倒れなかった。が、それが彼女の限界だった。片膝を付く形で崩れ落ち、その体を地面に横たえた。当然それで決着となり、明美は回復魔法使いの治療を受ける事となった。何とも壮絶な彼女の終わり方に、誰もが暫く声を発せずにいた。ただ戦った拓郎だけが、敬意を示すべく彼女に向かって礼をしていた。こうして、拓郎と明美の勝負は決着がついた。
明美の強化魔法は、界〇拳をイメージしてもらえれば早いと思います。




