70話
「本日は、よろしくお願いいたします」「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
出迎えた拓郎達の学園の教頭先生がやってきた翔峰学園のコーチと挨拶を交わす。バスでやってきた翔峰学園側は、すでに用意されていたエリアにて着替えたり体を動かして準備を進めていく。その作業中、誰かが話を始めた。
「なあ、洋一。本当にここにいる奴に負けたのか?」「ああ、完敗だった。たった一発のパンチで軽くのされた。今まで何度も繰り返して話してきた事だが嘘じゃない。戦闘課が無いとかいう考えは捨てて置いたほうがいい、油断なんかしようものなら一瞬で意識を刈り取られるぞ」
外見は普通の学園だっただけに、この学園に在籍している生徒に自分の学園である翔峰のトップが倒されているという事を今回やってきた七瀬洋一の仲間の一人はどうしても本当の事だとは思えなかった。しかし、洋一から帰ってきた言葉はいつも通り──ではなく、いつもよりひり付いている空気を纏った言葉だった。
「もちろんあの時より俺は強くなったし、あの時の俺よりも弱い奴はここの選抜メンバーにはいない。だが……どうなるかは正直戦ってみなければわからない。あいつが、訓練をサボっていたなんて可能性は絶対にないだろうからな」
洋一の頭の中に流れるのはあの日の敗北、あの日の痛み。時間が過ぎようが、何度訓練を重ねようが、それは常に洋一の心に対して存在しないのに決してなくならない傷を残した。そしてその傷は、当時調子に乗りかけていた自分の鼻を折り心を砕いた。故に、今の自分がいる事を洋一は、いや明美と香澄は理解していた。
そして今、叶わぬと思っていたリターンマッチが叶った。ならば、あの時負けた彼に対してどこまで近づけたか、もしくは追い越せたか。それを確かめられる最高の機会──そんな状況だからこそ、洋一は、そして女子更衣室では明美と香澄が闘志を燃やさないわけがなかった。そう、他の翔峰学園の面子は皆、彼と彼女の体から青き闘志の炎が立ち上っている様に見えている。
(──ここまで、ここまで感情を洋一先輩がむき出しにした事ってありましたっけ?)(いや、先日の大会でもここまでじゃなかった。俺も洋一とはそれなりに付き合いがあるが、ここまでの、ここまでの勝利に飢えたかのような迫力を出しているところを見るのは初めてだ)
翔峰学園の先輩後輩が小声でそんなやり取りを行いつつも時間は流れて準備は進む。そして翔峰学園男子生徒7名、女子6名が戦闘服姿で戦いの場に姿を現した。そこで待っているのは拓郎ただ一人。こちらもすでにアップは済ませ、いつでも戦える体制に入っていた。他の生徒達は、別の場所で見る形をっている。
もちろんこれも授業だ。戦闘を主にする仕事につく人間以外は出来るだけない方がいいが、遭遇する可能性はゼロではない魔法を交えた戦闘行為。どうすればその戦いから逃げれるのか、飛んでくる攻撃を回避する方法はどうすれば良いのかを、実際に戦う現場を見て学ぶ場として最大限利用する事となっている。
「1人だけ?」「ええ、彼一人だけよ。今回私達が戦うのは。でもね、覚悟しておきなさい。私、明美、洋一を彼は軽く倒し、その後更に訓練を続けるだけの人間。全力を最初から出しなさい、そうしないと──一発でやられるわよ?」
翔峰学園の1人が、拓郎しか戦闘準備をしていなかった事に疑問を呈した事に対して香澄はそう答えた。前回戦った時よりも自分は間違いなく強くなっているし、一緒に来たメンバーも強い。だが、戦う事になる彼の実力は未知数。だからこそ、そう釘を刺したのだ。前回の自分では、底どころかその表面すら触れなかったのだから。
「それでは、今回の特別交流試合を行います。翔峰学園側、最初のメンバーを出してください!」
審判役を務めるジャックの言葉で、1人の男子生徒が拓郎の前に立つ。これから拓郎は13人連続の勝ち抜きをやらなければいけない。それが今日の訓練内容だった。ただし、朝にクレアから注文が出ていた。
「たっくん、使っていいのはレベル2の魔法まで。防御魔法も最小限に抑えて、魔法分解禁止。これで10人に勝ちなさい。その後に出てくるヨウイチ、アケミ、カスミという3人に関してはこの縛りは無しよ、その3人だけは普通にやっていいわ」
縛りありでの10連戦。その後に強い相手との3連戦。だが、それが修練になると言うのであればと拓郎は受け入れて今この場に立っている。お互いに礼をして、構える。
「試合は30分、気絶、10カウント内に立ち上がれない、ギブアップで負けとなります。双方、よろしいか?」
拓郎も対戦相手の男子生徒も頷く。意思確認が取れた事を審判は確認し、ゆっくり後ろに下がって邪魔にならない場所に移動していく。その間、拓郎は相手の男性生徒から話しかけられた。
「洋一さんから、お前の強さに関しては何度も聞いた。だが、あの時の洋一さんより俺達は全員強くなった。13人抜きなんかぜってえさせねえ。俺が早速お前の戦歴に土をつけてやるよ」
そんな言葉に拓郎はこう返答した。
「戦歴なんて物があるなら、俺の戦歴は土塗れだ。何度も負けて何度も転んで何度も地べたなんて舐めてきた。強者なんて世間にごろごろいる……いるんだよ。遠くだけじゃなくすぐそばにも」
言うまでもなく、クレアやジェシカの事である。その言葉を聞いて──相手の男子生徒は無言で戦意を高めた。拓郎は意識していなかったが、拓郎から放たれる圧に黙らざるを得なくなったのだ。それを見て居た明美は一人、独り言をつぶやいた。
「あのバカ……要らない挑発をしてくれちゃって。しかし、一つだけいい事もあったわ……彼は、あの時よりもはるかに強くなっているって事を確信させてもらえた」
口にこそ出さなかったし、明美の独り言が耳に届いたわけでもない。だが、洋一も香澄も同時に同じことを思っていた。そして試合が始まった、が……
「がっ!?」
拓郎に対して高速接近してきた男性生徒を、拓郎は左のショートアッパーを顎に軽く叩きこんだ。その時の男子生徒が発した声が先の物である。そして数秒の硬直後、彼は正座するかのような形で座り込む形となった。当然、ダウン判定でカウントが入る。
(──挑発こそすれ、あの飛込速度は以前の洋一よりも明確に速かった。それを、表情を変えずにショートアッパー一発で以前の洋一達と同じように沈めたか……俺が鍛えなおして、彼らは格段に強くなった、だがやはり彼も強くなっていた! 俺達の予想通りか、それ以上かはまだ分からないが。なんとなくだが分かる、彼は全く本気を出していない。その一端を確認できなければ、何とも言えん)
翔峰学園のコーチは少し離れた場所で、先ほどの戦いを見ていた。そして舌打ちを打つ。
(アイツは、あれだけ洋一が言っていたのに油断したな。あの時の洋一よりも確かにお前は強い、だが……それが相手に通じるかどうかは別。こっちが強くなっている分、相手も強くなっていると考えてしかるべきだと口を酸っぱくして言ってきたというのに。しかもあのショートアッパー、相当に手加減された一発だ。あくまでダウンさせる事だけを考えている。それでお前はのされた事を理解しているのか?)
よろよろとした感じで何とか立ち上がってくる男子生徒。しかし明確に足に来ている事を全く隠せていない。カウント9で何とか立ったが……誰が見ても余力などないと分かる姿である。それでもこんな形で終わってたまるかという意思は目に宿っている。
もちろん、それを理解している拓郎は油断せずに構えている。構えながら出方を待つが……ここで男子生徒はこう声を発した。
「お前は待ってるだけかよ? 待ちしか出来ねえってのはカッコ悪いぜ!?」
明確な挑発。だが、拓郎は乗る事にした。これぐらいの誘いには乗ったうえで倒せなければ……先に行けない。そう思うからだ。そして、拓郎は前に一歩踏み出すと同時に走り出した。
筋トレ一年続いた。
この調子で二年目に突入だ。




