68話
翌日の昼休み、拓郎はクラスメイトから卒業式の様子などを何度も尋ねられた。質問も多岐にわたったが、出来るだけ拓郎はそれらに対する返答を行っていった。
「なるほどねー」「よく分かったぜ、ありがとな」「面倒な質問しちゃってごめんね」
拓郎の返答を聞いて、クラスメイト達も拓郎に礼を言いながら来年までの道のりを考えている。あと1年で次は自分達の番なのだから、この時点で考えていない様ではかなりマズイのではあるが。
「先輩達も必死だったからなー……やっぱりレベル3ってのはデカいと改めて感じたぜ」「俺達はあと1年あるから、レベル3、そしてそのさらに先に進むチャンスは十分にある。今までも必死だったが、これからはより一層必死にならないといけないな」
なんて声もちらほら上がる。そんな声を拾ったからなのか、ここで雄一が口を開いた。
「なあ、お前ら。今だけ正直に言おうぜ? 自分のレベルは幾つまで上がって欲しいと思ってる? 理屈とか一切抜きで……行ける所までは行ってみたい、この先に上がってみたいってのは──俺達みんな思っている事だろうが、このラインは越えたいってのを口にしてみようぜ? もちろん、人の目標を笑う事はNGな?」
雄一の言葉に、クラスメイトは先ほどまでとは打って変わって口を閉ざした。確かに今までここまでくれたんだから先にを目指したい、夢見ている魔法レベルは確かに各々の心の中にあるのは事実だ。しかし、心の中でだけ思うのとはっきりと言葉にするのでは重みが違う。ましてやこのタイミングでの発言は、本気で取りに行くと宣言する事に等しい。
故に、誰もが口を閉ざした。そして考えた。現実的な数字を言うべきか、それとも荒唐無稽だと笑われることを理解した上で理想の数字を口にすべきか。そんな中、口を開いたのは珠美だった。
「そうね、私だったら──レベル5かな。私は妹ほど魔法レベルの適性はないけれど、それでもレベル5は必死にやれば届くかもしれない最上のランクなのよね。だったら狙うしかないでしょ。ましてや私達は拓郎君のあんな訓練を近くで見てたし、あと1年という先輩達にはなかった大きな時間というアドバンテージが存在してる。だったら、挑戦しないと。届かなくったっていい、クレア先生たちの指導でやる努力は絶対に無駄にならないって信じているから」
珠美の宣言に、誰から数名唾をのんだ。レベル3の壁と言われるのが一般的な常識の中、珠美はレベル5を目指すと宣言した。レベル5ともなれば仕事に魔法を活かすではなく、魔法が仕事そのものになるレベルである。拓郎の所でも告げたが、レベル5は治癒魔法も実用的になるのでより活躍できるようになる。
企業、組織と言った物に属さないフリーランスとして生きていけるレベルであり、各企業からの仕事を受け取って一年の半分も働けば十二分な収入を得られる。故にその数は少なく、貴重な人材となる。拓郎はすでにこのレベルを通過しているからこそ、企業が接触を図ってきたと言う事でもある。
「レベル5、と来たか」「珠美さん、大きく出たわね。でも、気持ちは理解できる。クレア先生やジェシカ先生の指導のお陰で私達の魔法レベルは全体的に伸びたし、私たち以上の訓練を受けている拓郎君という存在が近くに居るし……」
珠美の宣言にクラスメイトはざわめく。だが、珠美を馬鹿にするような意見や雰囲気は一切出ず、むしろそう言う気持ちになってもおかしくはないという同意するような空気が形成されてゆく。
「俺は──」「お前はレベル10以外無いだろうが。お前がレベル10を目指さなくて誰が目指すんだって話だぞ?」
拓郎が続いて口を開いたのだが、すぐさま雄一に突っ込みを受けてしまう。雄一だけでなく、クラスメイトだけでもなく、この学校に在籍している生徒と教師全員が思っている事だった。あれだけの訓練を必死に食らいついていく彼は、きっとレベル10に手を届かせると。適性などの問題も立ち塞がるが、クレアとジェシカという二人の魔女の指導ならその壁も超えていくのではないかと。
「卒業していった先輩達もそう言ってたよな」「レベル10がうちの学校から出るとすれば拓郎以外いないだろって部活の先輩も言ってた」「あと1年後、拓郎君と同じ年でこの学園に在籍していたかった。そうすればきっと自分ももっと先の世界をみれたんじゃないかって、涙声で文学部の先輩が言ってたのが忘れられない」
クラスメイト達も、すでに卒業していった先輩達が漏らしていた言葉を次々と口にしていく。そこにあったのは拓郎に対する期待感、可能性、そして自分の生まれた年が1年早かったことに対する悔しさなどが多分に含まれていた。大抵、誰もが人生を歩んでいく中で──どうして俺は、私はあと数年先に、後に生まれてこなかったのだと思う事がある。
数年生まれてくるタイミングがズレていたのであれば、もっとあれが出来たこれが手に入れられたと言って嘆く。もちろん口にしている本人も分かってはいるのだ、そんな事を嘆いたところで何も変わらないし変えられない事は。だが、それでももし、を考えてしまうのは人間の性の一つなのかもしれない。
だが、もしそのタイミングで生まれてきたとしたら──今手にすることが出来ていたモノや経験は手に入っていなかったと言う事に関しては忘れがちである。むしろ今までの経験があるからこそ、そう思えるのかもしれないと言う事を気が付ける人はそう多くはない。隣の芝生は青いと言う訳ではないが、輝かしい物なのに目が行きがちで、見えにくい足元にはなかなか気が付けない物なのだ。
「まあ、先輩達の気持ちは分からんでもないよな。それでも、俺達だってまさかこうなるとは去年の4月んごろには夢にも思ってなかったし──」「そうね、それは同意。私だって、去年の4月ごろはレベル2にすらなれないんだろうなーってどこか諦めの気持ちで過ごしてたもんね……そんな私でも今はレベル4になってやるって気持ちになれてる。ホント、何があるかわかんない」
クラスメイトも先輩達の気持ちを察したり、察しながらも己の目標を口にする形で話が進んでいく。大半のクラスメイトが4、一部5を目標としているが……数名ではあるが6や7を目指すと宣言するクラスメイトもいた。そしてトリとなった雄一は……
「俺は、レベル6になってみてえ。正直俺の適性の低さだと不可能なレベルなんだが、不可能に挑戦してやろうじゃねえか、って思ってる。行けなかったとしても、挑戦しない方がもったいねえって思うからよ」
雄一の宣言には、誰もが頷いた。そして、レベル4を目標だと口にしたクラスメイト達もレベル5に目標を上方修正し始める。確かに生まれた時から魔法適性の差は存在する。雄一は最低ランク、拓郎はそこそこ。だが、それでも雄一はレベル3になり、拓郎は6まで到達している。
一般常識だと雄一には伸びしろはもうほとんどなく、拓郎にしてもあと行けても2レベル前後が良い所か? という感じである。だが、拓郎の訓練をずっと近くで見てきた雄一の内心では、魔法関連に関して拓郎に対するライバル心を無意識のうちに燃やしていた。
(拓郎がレベル10になるには、適性の関係上限界を超える必要がある。そして拓郎がやるって言うんなら、俺だってやってやる。一般常識なんか知った事かよ、クレア先生、ジェシカ先生という最強の教師が近くに居て教えてくれるんだ。だったら限界の一つや二つ、ぶち壊せるかもしれねえ!)
そんな考えは自然に雄一の中に生まれて、離れる事は無かった。そして今は訓練に真剣に取り組む原動力となっている。適性が低かろうが、行ける所まで行ってやるという野望を持つ根っこになっている。そして──拓郎に嫉妬するなら己を鍛えろ、適性を越えろと言う考えを生む根源となっている。
そんな事は、当然拓郎は知らない。雄一が口にする事もない。ただ、互いに切磋琢磨するだけである。あと残り1年で、雄一はどこまで行けるのか。それを知る人はまだ、誰もいない。本人すらも分かっていない。ただ、己の壁を壊してみせると闘志をたぎらせるばかりである。
先輩達もいなくなり、残り時間もあと1年。彼らがどこまで行けるのかは……
彼ら次第ですね。




