64話
さて、このバスによる集団行動の成果はすぐに出た。各企業のスカウトが多数来ていたと言う事が数日後に判明し、そのスカウトたちがバスによる生徒との接触をガードされた事で、強引な接触を図る事を阻止することが出来ていたことも併せて判明したからである。
強引な接触、と記したように……法律ぎりぎり、どころかバレなきゃ犯罪じゃないんですよ、みたいな思考が一部のスカウトの中に見え隠れしていた事も合わせて記載しておこう。そのため、警察のお世話になったスカウトもいた。しかし、これで終わりとはならず……優秀な生徒を捕まえるための企業の行動はまだ続く事となる。
一方で、卒業後大学に進まず就職したいという生徒にとっては天国となっていた。無論一定レベルの魔法が使える事が前提とはなるが……今年の卒業生は時間こそ短かったとはいえ、直接魔人、魔女の指導を受けられたことによる成長が著しく、企業が求めるラインなど軽く超えていた。故によっぽどのトップ企業でもない限り選び放題という状況となっていた。
そのため、就職希望の生徒は全員があっという間に職を見つけることが出来た。後はまじめに働いていれば一生食っていけるという環境を彼らは手に入れた事となる──魔法が一定レベル以上使えれば将来は安泰という今の世界の動きをもろに表す結果となっている。
当然そんな一連の話はどうしても噂を交えて各方面へと広がっていく。人の口に戸は立てられないのだ──更にインターネットまで絡めばさらに情報の拡散は加速する。そしてそれらの情報を聞いた親は、より子供に対して魔法の訓練に励めと五月蠅くなってしまう。
それだけではなく、それだけの成果を上げた学園その物が当然今までよりもより騒がしくなるのは当然だろう。すでに拓郎達が通う学園は周辺の県から入学希望者が集う状況となっており、倍率が凄まじい勢いで跳ね上がっている真っ最中だ。以前も同じような熱があったのだが、今回は卒業生という名前の成果が市場に流れたため、それ以上の盛り上がりである。
希望されるのは新入生の入学希望だけではなく、他の学校からの転校希望も多々校長先生の所に届いている。一年にも満たない時間であっても、魔人、魔女から魔法を教わるとこうなるのだという結果が明確に出てしまったため、すでにお祭り状態と言ってもいい。校長先生を始めとした学園の教師たちにとっては地獄そのものであるが……
「入学希望者の数が学園の受け入れられる数の85倍を突破した、間違いないのか?」「はい……やはり今年の卒業生の能力を見た事による影響が大きいと思われます。魔人、魔女の皆さんの直接指導を受けられるとここまで急成長できる! そんな謳い文句が勝手に世間を走り回っている状態でして……」
学園側はその手の宣伝を一切していない。卒業生の就職先、進学先ももちろん流していない。それでも、様々な形で情報をかき集める連中は後を絶たないのだ。挙句の果てには、特定の生徒の魔法レベルまで抜き出してクレアたちが来る前とその後でここまで変わったという比較データまで作るものが現れる始末。
名前や顔までは流石に連中も出さなかったが、そう言ったデータは全国各地の親たちを食いつかせる事に繋がったのは無理もない話であろう。魔法が一定レベル以上使えれば、就職とその後の一生を送るのに有意となるのが今の世の中だ。自分の子供に成功して欲しい、必要以上の苦労、特に金回りで苦しんでほしくない──そのような親心を刺激してしまう。
そうなれば当然親たちは拓郎達が通う学園を第一志望とさせて、魔法を学んで将来生きやすいようになって欲しいと動く。その結果ますます拓郎達の学園周りが騒がしくなる。この形は転がる雪玉が転がった部分の雪を張り付けてどんどん大きくなっていくかのような形で膨らみ続けている。
「今の倍率の伸び方からして、100倍は間違いなく突破します。試験会場にやってくる受験生は、当校の施設すべてを解放しても収まり切れません。当日は施設を幾つかレンタルする必要があります」「去年まではこんな大騒ぎとは無縁であったのに……今年からは当分こんな状況が続くのでしょうなぁ」
学校の教員たちがお互いの事を見合いながらため息をつく。生徒が定員割れするのは困るが、ここまで大量に押し寄せてこられるのもまた困る。しかし、いまさらこれ以上は受け付けられませんなどと言える状況ではなくなってしまっている。もしそんな事を学園が発表すれば暴動が起きかけない。
故に入学希望の受験生を受け入れ続けるほかない状況に学園は追いやられていた。この流れを止める事などすでに誰も出来ないのだ……まるで大津波の前に逃げる事も出来ず呆然と立ち尽くすしかないような気分を学園の教師一同は味わっていた。そんな空気はもちろん、生徒達だって感じている。
「なあ、うちの学園の入学倍率見たか?」「ああ、85倍とか出てたよな。更にまだ上がってるらしいぜ……」「去年は精々3倍ぐらいだったよな……恐ろしい事になってる」「親が今すげえ上機嫌なんだよ、お前には先見の明がある! とか言って来るんだ」
そんな会話が、拓郎のクラスメイトの間で交わされている。もちろん、他のクラスでも話題に上るのはこの話だ。
「最終予想は140倍とか言われてるけど、それぐらいで止まるか? 俺はとても止まるとは思えねえ」「その辺りはみんな同じこと思ってるんじゃない? いや、140倍ってすごい数字なのは分かるんだけど、ね」「先生たちがガチで青い顔してるんだよな。寝れてないんだろうなー……」「正直に言えば手助けしたいけどさ、俺達が下手に動いたらかえって邪魔にしかならんだろうし」
生徒達から見ても、今の教師陣の憔悴具合は酷い物があった。ジャックやメリーが見かねて回復魔法をかけてはいるものの、それでも追いつかない苦労と心労に翻弄されていた。
「なあ拓郎、お前の回復魔法でも厳しいか?」「いや、一定レベルの効果はあるんだ。でもやっぱり人の体はゲームみたいに回復魔法をかけて疲労が抜けました、だからすぐに働けますってモノじゃないってのは分かるよな? 体の傷とかは治せるし、疲労を抜く音は出来る、精神疲労も和らげてあげる事も可能だ。でも、一番いいのはゆっくり横になって休む事なんだよな」
事実、拓郎も回復魔法練習という建前の元に教師陣に回復魔法をかけている。今の拓郎は肉体も精神も治癒できるだけの腕を身に着けている。そんな拓郎であっても、毎日疲労困憊にならざるを得ない今の教師陣を取り巻く状況はどうにもできない。疲労を抜いても、精神的にリラックスさせても、その直後にまた仕事に戻らねばならないのだから。
だからどうしても魔法治癒の効果が鈍くなりがちという状況になってしまう。魔法は強力だが万能ではない、ゲームのようにHPを回復させたから延々と戦い続けられるみたいなものではないのである。
「拓郎がそう言うんだからそうなんだろうなぁ。回復魔法に精通してるのは俺達だって知ってるからな……そんな拓郎が、そう言わざるを得ないぐらい大変って事か」「そりゃ85倍の倍率とか行ってたら去年とは違い過ぎていろいろ狂っちまうよな……」「正直先生に同情する日が来るとか、中学までは思えなかったぜ……」
拓郎の言葉を聞いた後、クラスメイト達は正直な意見を口にする。そこにあるのは多忙を極める教師陣への同情。そんな中、教室の後ろ入り口がスライドされて開く。
「拓郎さん、申し訳ありませんが……」「あ、はいはい今すぐに!」
誰が見ても今すぐ休めと言いたくなるぐらいの色をした女性教師が拓郎に回復魔法を頼んできた。拓郎もすぐさま駆け寄って回復魔法をかける。
「先生、流石に休まれては」「ええ、私はこの後帰ってひたすら寝ます……校長先生からも休みなさいと言われていますので。ですが今の体調では帰るに帰れないので……拓郎さんの回復魔法は本当にありがたいです」
こんなやり取りも、もはや珍しい事ではなくなってしまっていた。生徒達はその光景を見て教師陣の大変さを痛感させられる日々を送っている。故に教師に出来る限り負担を掛けないようにしようという連帯感が生まれており──それが学園の質を上げる事にもつながっていた。
UIに慣れるまで、ほんと苦戦しそう。




