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62話

 拓郎の訓練内容が一部変わってから一週間が過ぎた。一週間に二回だけクレアやジェシカと数分だけ他の生徒や先生たちに見えない状況下で訓練し、ぶっ倒れた後に今まで通りの訓練をこなすという日常へと変わった訳だが、当然一週間程度では慣れる物ではない。教室に帰ってきた後に拓郎は何とか食事だけは無理やりお腹に納めた後に机へと倒れていた。


「拓郎、マジで大丈夫か?」「正直、すごくつらいな……」


 雄一からの言葉に拓郎の口からは力のない感じでそんな言葉が出る。本格的にレベル10到達を見据えての訓練へと移行したため、その疲労具合は今までの訓練とは比べ物にならない。数分だけしか行わないのは、拓郎が全力で頑張って持つのが数分と言う事が理由である。持つのであればそれこそ30分、1時間とやってもいいとクレアとジェシカは拓郎の訓練計画を立てている。


「見た目から辛そうだってのはよく分かるが……それでも魔法のレベルを上げられるのは18歳までだからな──クレア先生やジェシカ先生がここまでしなきゃ拓郎が今の壁を破れないって事なんだろうけどよ……」


 机に突っ伏した拓郎見て、雄一はそうつぶやく。雄一の言う通り、限られた時間でできる限りレベルを上げたいという状況にある為にこうするしかないんだろうなというのは雄一も分かるが……だが、拓郎がレベル10に到達するには破らなければならない壁が複数と、そして何より限界を越えなければならない。本来、拓郎はレベル10に到達できるだけの器を持っていないのだから。


 にも拘らずレベル10になると言うのであれば、今までの常識を打ち破る何かが必要となる。だが、まずはその前に訓練によってレベルを上げられるところまで上げなければ始まらない。タイムリミットはあと一年弱しかない以上、どうしてもどこかで非常にきつい訓練を行って短期間でレベルをあげなければならない。


「ああ、あと一年早ければこんなキッツい訓練をしなくても良かったかもしれないがな。でも、大半の人は機会すらつかめないんだから、これ以上あれこれ言うのは贅沢が過ぎるって奴なんだろうな」


 レベル10に到達できる器を持っていたとしても、適切な訓練をしてくれる人に出会える可能性はそう高くない。言うまでもなく魔人や魔女に出会うこと自体がまずないし、魔人や魔女であっても教えるのが上手いとは限らない。そう言った条件をクリアしている以上、拓郎は今の訓練を止めたいと口にする事だけは決してない。


 こんな幸運は、今後二度とやってこない。故に今の環境を絶対手放してはならない。それを理解しているからこそ、きついとは口にしても投げ出さずに訓練を行っている。それにクレアやジェシカも訓練故に心を鬼にして自分に負荷をかけている。その期待に応えて成長する事こそが、自分のなすべき事なのだ、と。


「正直、魔女の先生がいるって時点ですごい話だよね」「一流の学園でも無理だよな……連れてきてくれた拓郎には感謝しかないぜ」「噂だけど、うちの学校周囲にスカウトがうろついているって話だよ? 魔人や魔女の手ほどきを受けた生徒なら、絶対即戦力になるからって」


 クラスメイトも拓郎達の話に関して乗っかってきた。また、クラスメイトの1人が言ったように、いくつかの企業はすでに青田刈りと言わんばかりにこの学園の生徒に目をつけている。優秀な魔法の使い手は何人いてもいいので、すでに水面下では取り合いが発生し始めている。生徒の意見など知った事かとばかりに……ただ流石に犯罪は行っていない為、お目こぼしされているが。


 そんな日々を送っている拓郎が、いつも通りに帰ろうと道を歩いているとある一人の男性が目の前に立ちふさがった。


「失礼します、鈴木拓郎様ですね? 私こういう者でございます」


 差し出された名刺には、一流企業の会社名が乗っていた。正直、拓郎はここ個まで直接的なスカウトがこの時点で来るとは想定していなかった。まだ二年生である以上、この手のスカウトはまだ先だとそう思っていたのだ。


「貴方様の能力を、わが社は高く評価させていただいております。宜しければ、お話だけでも聞いては頂けないでしょうか?」


 無論名刺が詐欺という可能性も十分にある。だが、それ以上に自分の進みたい道とは全く異なる話だ。なので拓郎は即座に断ることを決める。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。評価をして頂けたことは光栄ではございますが……私の進みたい道とは異なりますので」


 企業に勤めても、回復術師としての仕事はできる。だが、それをしてしまうと企業の名前を売る事に繋がる。そしてなにより、過去に血まみれのバスの中で味わった無力感と10月の事故の際に治療をして多くの人命を救った事は当然脳裏に焼き付いている。そんな人を救う仕事を企業に所属してしまったら出来なくなってしまうのだ。


(会社も名前を売る為にある程度は許可するだろうが、あくまである程度止まりだろう。それに、回復魔法を企業間の取引カードにでもされたらたまらない。俺が目指す道とは大きく異なってしまう)


 そんな考えの元に断った拓郎にたいし、目の前の男性は大きく肩を落とした。


「ああ、やっぱりそうですか……残念ではありますが、あなたの夢を摘み取りたいわけではございませんのでこちらとしても素直に引き下がらせていただきます。非常に残念ですが」


 落胆を隠しきれてはいないが、しつこく勧誘を続けるような事はなく引きさがると男性は発言した。これはある意味当然で、しつこい勧誘は犯罪となると言う事もある。だがそれ以上に、この男性は若い人間の夢や目標を摘み取って自社に迎えるような事はしないという信念があるが故の発言であった。


「それでは失礼いたしますが──拓郎様、どうかお気を付けください。貴方の事を狙っているスカウトは非常に多く、すでに多数この街の中にやってきております。ですので、今日のように登下校と言えど単独での行動はお控えになられた方がよろしいでしょう。商売敵には、自分の会社の益になるならば犯罪すれすれの強引な手段を平気で取る者達もおりますので」


 そう拓郎に伝え終えた男性は、会釈をしてから拓郎の前から立ち去って行った。一方で拓郎は表情をしかめっ面に変えてしまっていた。


(また面倒事が増えたのか……こりゃ目的の場所に就職するまではもう単独行動は出来ないな。クレアとジェシカさんには申し訳ないけど……登下校を一緒にしてもらう他ないか)


 この歳になって登下校を一人ですることが出来ないという点に関しては恥ずかしさもあるが……変なスカウトに引っかかって余計問題が膨らむよりははるかにマシだろう。それに、護衛してくれている魔人や魔女の皆さんも、スカウトに来ているだけの人物を殴り倒す事などは流石にできない。明確に加害を加えようとしたらその時点で容赦なく排除されることになるが。


(なかなか修行だけに集中するって事は出来ないな。でも勉学だって大事だし、人付き合いだって大切な事だ。それらを疎かにすれば、ろくでなしの一丁上がりとなりかねない。そんな結末だけは絶対に避けなければ)


 力だけを求めるのは非常に危険なのだ。それは歴史、物語で散々語られている故に誰もが一度は聞いたことがあるだろう。力のみを信じ、力だけで生きると、待っていたのは裏切りや孤独、そして無残な死。もちろん心だけでもダメだが。心はあっても一定の力なり知識なりが無ければ目的に向かって行動することが出来ない。


 そんな事を考えながら、拓郎は帰り路を急ぐ。変なスカウトに捕まる前に帰宅したいが故に。

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