61話
さて、そんな事があってから数日後の魔法訓練の授業の開始時。拓郎とクレアは久しぶりに対面で向かい合っていた──クレアが作り出した空間内で。
「たっくん、ここから一週間に最低でも1回、多い時は2回ほどこの形での訓練をするようになります。私を殺すつもりで来なさい。私もたっくんを殺すつもりで攻撃します。そう言うレベルでやらないと、ここから先の成長はないとおもってね」
学校内でやる授業内容としてはあまりにも殺伐とした内容。だが、クレアは必要になったが故に拓郎に伝えているにすぎず、拓郎もクレアがそう言うのだからそうなんだろうという信用があるからこそ頷いていた。もちろん内容が内容だけに、この訓練というよりは修行の内容は完全非公開となる。
「こちらが全力を出したところで、殺せるなんて夢にも思っていないからな……今日まで積み上げたものを全力で振るわせてもらう」
拓郎の言葉と同時に、両者が戦闘態勢に入る。普段の雰囲気などどこへやら……本気で戦う空気になった2人は僅かな間にらみ合う。そして──戦闘が始まった。各属性を散りばめた短く細い矢を無数に拓郎はクレアへと放つ。一見なんてことない攻撃だが、矢の一本一本が凝縮された破壊力を持つ攻撃であり、並の魔法使いなら喰らってしまえば文字通り髪の毛一本残らないぐらいの威力を持つ。
そんな威力のある魔法であっても、クレアは涼しい顔で全てを無力化した。防御したのではなく無力化、つまりかき消してしまったのである。圧倒的実力差があるからこそ起こせる現象であり、距離を置いての魔法の打ち合いでは拓郎に絶対勝ち目がないと言わんばかりの光景と言えよう。
もっとも、拓郎もそうなっても当然とばかりに驚きもせず次の行動へと移っていた。肉体に軽い強化をかけてクレアに詰め寄り、パンチのラッシュで攻撃する。もちろんただのパンチのラッシュではなく、自分のパンチの後に同じような衝撃が遅れてやってくるという魔法を併用している。これにより、ただのパンチのラッシュよりも手数は四倍弱ほどに跳ね上がっている。
しかし、クレアはこれにも余裕の対応。全てを軽々と受け切って、時折反撃すら混ぜ込んでいる。拓郎も当然その反撃に対処するが──完全にとはいかず何度か被弾している。その被弾する攻撃の一発一発が重く、頭部をかなり揺さぶられてしまう。これまた並の人間ならばあっという間にパンチドランカーと呼ばれる症状を発症するだろう。
拓郎はそうならないように回復魔法も使用。回復行為を行いながら戦闘を継続する。かなりきつい行動ではあるが、これが出来なければ今後の訓練についてくる事は出来ないというのが揺るぎのない事実。攻撃、防御、治癒が同時に出来なければ、更なる上位の世界に足を踏み入れる事は出来ない。
そんな戦いは時間にして数分、拓郎が力尽きる事で終了した。崩れ落ちた拓郎を見て、クレアは拓郎を回復させた後に空間を消去。これによりクレアと拓郎は学園の魔法訓練所へと戻ってきた。二人が戻ってきたことでいくつもの視線が飛んでくる。特に、拓郎の服がボロボロになっている事と、力なく地面に突っ伏したまま荒い息を吐いているからなおさらだろう。
「マジかよ、あの拓郎があそこまでヘロヘロになってるのかよ」「ほんの数分間でああなるなんて、一体どんな訓練をしてきたんだ……」「非公開な内容って事だから相当なんだろうな……」
自分達が二十人ぐらいで魔法を乱れ討ってもかすらせる事すらできなくなっている拓郎が、ああも疲れ果てた姿を隠せない事についてどんな地獄のような訓練をしてきたんだと、ほとんどの生徒は戦々恐々だった。訓練を行ってきたはずのクレアがいつも通りなだけに余計その恐怖心が煽られる。そしてそのクレアがこう言い放ったのだ。
「たっくーん? そろそろ起きて普段の訓練をしましょうねー?」
今日はもう休ませるのだろうと思っていた生徒&教師の予想を裏切るその言葉。この時ほとんどの生徒&教師の心境は一つになった。まさに『信じられねえ』である。だが、拓郎はよろよろと起き上がると顔を数回軽くはたいて気合を入れなおす。直後に顔を数回振ってから深呼吸し、普段の場所へと向かった。
「済まない、待たせた。じゃあ今日の最初のローテーションに組み込まれている人は上に上がってくれ」
そんな体で二十人の魔法乱れ打ちを受けて大丈夫なのか? と誰もが思ったが拓郎は問題ないと言うばかり。なのでローテーションのメンバー二十名が壇上に上がり、いつも通りに魔法を放った──いや、この表現は間違いか。数こそ変わらないが、誰もが普段に比べると半分以下の威力の魔法しか放っていない。流石に全力の魔法を放つことは躊躇してしまったのだ。
拓郎はそんな魔法を今まで通りに防御──ではなく、クレアと同じように無力化した。ほんの数分の訓練ではあったが、得たものは大きかった。弱めの魔法をどうすれば無力化出来るのか、防御の合間の反撃をどうすれば良いのか。そう言った事を大いに学び取れていたのである。無論、クレアがそう言う事を分かるように訓練をさせた事も拓郎が出来る様になった理由の一つだが。
一方でそんな事など知らない生徒と達は驚きを隠せなかった。ボロボロになっていたはずの拓郎にはなった魔法が、命中しなかったどころか防御すらしてもらえずに消失したのだから。お互い顔を見合わせると、もう一度魔法を放った。その魔法は、先ほどと同じ光景を生み出すだけに終わったが。
「どうなってるんだ?」「防御、じゃないよね?」「ああ、魔法の障壁を拓郎は出していない。なのに、魔法が掻き消えている」「──手加減の必要性、なくね?」
最後の男性生徒の放った「手加減の必要、なくね?」の言葉の後、二十人全員が頷いた。そして──いつも通り、いやいつも以上に数を増した魔法が拓郎に向かって飛んでいく。飛んできた魔法中から拓郎は消せそうなものと防御しないと厳しそうなもんを大まかに見分けて、無力化と防御を行う。なお、消せそうかな? と思ったが消せなかった魔法は結構あった。
それでも被弾はゼロだし、むしろ今まで防御していな魔法の一部だけでも無力化できた事で魔法障壁にかかる負担は減った。無力化してるんだからその分力を使ってるんじゃね? 的な思いも拓郎に中にはあったのだが──無力化とは防御のようにこうえいやっと! という感じで力を込めるようなものではなく、むしろ落ち葉を軽く払うような感覚で行う物。
なので、行為自体に大した力は必要ない。必要なのはそれを無意識に近い感じでできるだけの魔法の知識、経験、そして地力を持つ事。それらをそろえた上でほんの少しだけの軽い魔力を相手の魔法に流し込み、バランスを崩して存在できないよう持っていく事で消失させるだけ。それを、今日の最初の訓練でクレアが見せてくれた。ならば当然、今度は自分で試す。
更に、幸いな事に最初の攻撃が普段よりも遠慮されたものであったため、これが拓郎の魔法分解の良い練習になったのもある。これで感覚をだいぶつかめた拓郎は、早速今行っている普段の訓練にも取り入れたのである。なお、後で拓郎がジェシカを通じて知る事になるのだが……この魔法無力化は出来る人とできない人の差が激しい。魔人、魔女であっても、だ。
出来る人は、自分の魔法を分解された後にどう分解されたかを理解できる人。これは理屈云々ではなく感覚によるものであり、言葉でどう説明しても分からない人には一切理解できない。一方でわかる人はああ、こういう事だろ? と言葉など必要なく理解できる。
例えがひどいかもしれないが、こうガッ! と行ってぐるーんとすればバッ! と散るだろ? という感じの説明を受けてそんなの分かるか! という意見とああ、そうなるよなと理解できる人の差みたいな所である。
事実、拓郎による魔法の分解による無力化を受けてもしかしてこういう事? と理解出来た生徒が二十人中六名ほどいる。まさに感覚による理解であり、出来る人できない人が明確に分かれる部分である。こればかりはしょうがない所である。人に個人差があるように、魔法にもある程度個人差が生まれてしまうのだ。
そうして、普段通りのメニューをこなしていく拓郎。だが、普段通りのメニューであってもその中身は別物に変貌しつつあり──これから先のレベルに進むための第一歩となっていったのである。
今週は確定申告に行かねば……




