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59話

 真美の話は続く。


「私の言葉に、父は首を振りました。そしてビーフという所は正しいが、正確に言えば牛タンのシチューだそうだと言ってきたのです。タン、と言う事は舌ですよね? と私の確認の言葉に父は頷きました。しかし、ここで私は内心で首を捻りました。姉がお昼を取った事は良いとして、牛タンのシチューなんてものをどこから取り寄せたのかと。近場に牛タンのシチューを出しているお店に心当たりがありませんでしたので」


 真美の言葉は、暗に周囲の食べ物屋のメニューは全て押さえていると言っている様な物である。


「なので翌日の日曜日、私は姉に尋ねました。牛タンのシチューを出すお店が新しく出てきたのかと。しかし姉から帰ってきた言葉は想定外の物でした。なんと、昨日家にやってきたクラスメイトが作って持ってきたと言うではありませんか。それだけじゃなくすごくおいしかったなんてうっすらと頬を染めながらいう物ですから……私もそうですが、姉も父の血を引いてるだけあって結構食べ物にはうるさい所があります。その姉がすごくおいしかったと手放しでほめるなんてと私は戦慄しました」


 そんな真美の発言に珠美は「いや、止めて。そういう所をクラスメイトの前でばらすのホントやめてぇ」とやや涙目になっていた。しかし、真美はそんな事は知った事ではないとばかりに話を続ける。


「そして、私は決めました。創立記念日を利用して是非牛タンシチューを作ったシェフに会いに行こうと。姉の妹と言う事でこの学園の校長先生も許可をくださいましたし、後は行動あるのみ。そうして今日、こうして突然ではありますがお邪魔させていただいております」


 そこまで言い終わると、真美は拓郎の前にやってきて頭を下げた。


「お願いいたします、先日お持ちになられた牛タンのシチューをもう一度作っては頂けないでしょうか? もちろんこれは依頼となりますので、材料費、技術料などをお支払いいたします。どうか、お願いいたします」


 そんな真美の姿を見て、クラスメイトの1人が雄一に話しかけた。内容はもちろん、そこまで美味しかったのか? と言う事だ。


「正直、今の珠美の妹さんの行動を見ても納得してしまっている俺がいる事は否定できねえ……いや、本当に美味かったからなぁ。あそこまでがっついて取り合いながら食ったのなんて記憶にないくらいだったぜ」


 と雄一が正直な心境を言葉にする。そうなれば当然、クラスメイト達も興味を持たないはずがない。そこまで美味いというのであれば、是非一度己の口で味わってみたくなるのが正直な所となる。当然そうなれば、視線は拓郎に向かう事になる訳だが──


「作るのはまあ問題ないんだが……牛タンが手に入らないとどうしようもないからなぁ。ちょっと待って、手に入るか聞いてみる」


 先日の牛タンシチューに使ったタンを手に入れてきたのはジェシカであったりする。なので拓郎はスマホでジェシカに話を聞いてみる事にしたのだ。牛タンをもう一回手に入れる事は可能か否かを。


『──なるほど、話は分かりました。そうなると、クラスメイトに食べさせないという選択肢はないでしょうね。先日の姉さんや拓郎さんのクラスメイトお二人の食べっぷりからして、タンが最低でも10本は欲しい所でしょうね。んー……お値段がそれなりにかかりますが宜しいですか? 具体的にはこれぐらい』


 拓郎はジェシカに聞いた話を基に、材料費としてこれぐらいのお金が必要になるがクラスメイト全員で出しあえるか? という話を振る。クラスメイト達は即座に話し合い、お年玉などから捻出できると意見がまとまったので拓郎はジェシカに出せるという旨を伝える。


『分かりました、では取り寄せしますね。取り寄せ歳込みの時間を考慮すると、次の日曜日に学校の一部を借りて食べてもらう形になるでしょうね。校長先生にはこちらから許可を取る形でいいですか?』


 ジェシカの確認に拓郎は「すみませんがお願いします」と素直に頼った。正直、拓郎は牛タンの調理は出来ても素材の入所のつてはない。出来ない所は素直に頼る、それが一番スムーズに事が進むのだ。もちろん自分が出来る所ではちゃんとやる事が必須ではあるが。いくつかの確認の後、拓郎はジェシカとの通話を終えて真美とクラスメイト達に向き直る。


「次の日曜のお昼、学校の一室を借りて牛タンシチューをふるまう形になりそうだ。参加して良いのはクラスメイトと、珠美のご一家。あとこっちからクレアとジェシカさん、そして校長先生がくる形となる。これ以上は無理だから、あまり言いふらさない様にしてくれよ。恨まれても責任はとれない──真美さん、これでいいかな?」


 拓郎の言葉に、真美は頭を下げた。


「ありがとうございます、こちらの我が儘にお応えして頂けるだけで望外の喜びです。次の日曜日を楽しみに待たせていただきます」


 なんて言葉を残し、昼休みがそろそろ終わりになる為に真美は退出していった。真美の姿が完全に見えなくなったタイミングで珠美が拓郎に頭を深く下げた。


「拓郎君、ほんとごめん。まさかこんなことを真美がするなんて思ってなくて──バラされちゃったから言うけど、うちは一家そろってその、結構食べ物にはうるさい所があるのよ。それでもまあ、自分で言うのは何だけど私はまだ極端にはうるさくない方だと思う。一方でうちの父親と真美がかなりこだわるのよ。舌も鼻もかなり肥えててね……」


 少々お疲れ気味な雰囲気が珠美から漂う。


「期間限定の食べ物を手に入れるために遠くまでわざわざ出向いて食べに行く事も何度もあるし……そんな二人が、まさか拓郎君が持ってきてくれた牛タンシチューの残り香に反応するのは想定外だったのよ」


 珠美の表情から、かなり問い詰められたんだろうなぁと言う事をクラスメイトたちは皆察した。いや、むしろ察することが出来ないなら鈍いを通り越して人を見ていないと言ってもいいレベルである。


「換気はちゃんとしたつもりだったんだけど……香りを完全に消し去れていなかったみたいだったの。ほんとごめんね、あんな美味しい料理をご馳走になったのにこんな迷惑まで掛けちゃって」


 心底申し訳なさそうにして小さくなる珠美に、拓郎は笑顔で応える。


「いいさ、気にするな。見ず知らずの連中ならともかく、友人の為ならこれぐらいどうってことはないさ。それに食い物の恨みは恐ろしいとも言うからな──だから一度食わせて満足させた方が無難だろうしな」


 お姉ちゃんだけ食べてずるい、なんて感情が膨らんでいくとあまりよろしくない。食べ物にこだわるならなおさらだ。食い物の恨みを軽視する人間は、ろくな事にならないというのはお約束と言っていいのだから。そんなお約束を確実に回避するためにも、珠美の家族にも牛タンのシチュー食べさせた方が良い。


「ありがとね、せめて対価だけはしっかり出させてもらうから……お願いね」


 珠美の言葉に拓郎は頷いた。そうして次の日曜日を迎える。最後の仕上げのみを残した状態の大鍋を大量にクレアの魔法で運んでもらいながら、拓郎は日曜日の学校に足を踏み入れる。戦場に足を踏み入れる戦士の心で。

作者も牛タンの焼肉とか大好きです。あの独特の噛み応えが良いんですよ。

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