51話
そして大みそかの夜を迎える。すでに年越しそばを食べ終わり(念の為に申し上げるが、クレア、ジェシカ両名共に蕎麦アレルギーの有無を確認してから提供されている。蕎麦アレルギーは危険な事態を引き起こしかねない為、皆様も注意されたし。アレルギー持ちには絶対にそばを始めとした対応する食品を食わせようとしてはならない。それは殺人と大差ない行為である)、あとは新年を迎えるまでのんびりするだけ──そうクレアとジェシカは考えていたのだが、拓郎を始めとした父親と母親は外に出かける準備を午後10時半を回ったころに始めた。
「あれ? たっくん何処かこんな時間に何処か行くの?」「ああ、二年参りに」
二年参りとは、大晦日から新年に代わる時間帯の間に神社にお参りに行く行為を指す。拓郎の家ではこの二年参りをするのが毎年の恒例行事であり、今年もそれをしようとしているだけに過ぎない。冬の真夜中と言う事もあり、対策としてそれなりの防寒具を着込んでいる。もっとも、今の拓郎なら魔法を使えば防寒など容易いのだが……まあ、あえてしないという奴である。
「そんな慣習があるんですね」「慣習かどうかわからないが、うちは毎年やってるな。クレアとジェシカさんは留守番で良いよな? 結構寒いし、人も多く来るから面倒と感じる可能性も高いしな」
ここでそうだね、というようなクレアではない。一年で一回しかやらないレアな行事となれば、ましてや拓郎が行くのなら行かないという選択肢は彼女にはない。そしてジェシカも当然それを理解しているので二人とも行くための準備を始めた。その行動を見て拓郎は察する。
「まあ、二人なら魔法で防寒なんて余裕なんだろうけど……軽装で行くと目立つからカモフラージュも兼ねてそれなりの格好をしてくれると助かる。ただでさえ美人な二人が、目立つ格好で行くと面倒事が寄ってくる可能性が高まるからさ」
拓郎の言葉に二人は頷き、それらしい服装に着替えてから五人そろって家を出る。神社まではそれなりに距離があるためある程度傍までは車で移動し、駐車場からは徒歩で向かう形となる。運転するのは拓郎の父親、助手席には母親が座り、後部三人の中央に拓郎、右側にクレア、左側にジェシカという形で収まった。
「では、出発するぞ。ちゃんとシートベルトはつけてくれよ」
父親の言葉に従い、車に乗っている全員がきちんとシートベルトを装着する。こうして二年参りの為の年内最後の外出が始まった。そして神社に一番近い駐車場に到着すると、すでにかなりの車が停められていた。
「今年も多いわねー」「そうだな、まあ二年参りに人が全くいないってのも寂しいからな」
拓郎の母親の言葉に父親が返答を返していた。一方でクレアとジェシカは、寒いのに妙な熱気があると言う年末独特の空気に充てられており、普段よりもワクワクしている。
「この独特の空気、悪くないわね」「そうですね、普段の町にはない不思議な熱気みたいなものを感じますね」
神社への移動中に躱される会話を聞いて、拓郎は内心で楽しんでくれている様ならば、それは何よりだと思っていた。ただ、道で出会う人の多くが……クレアとジェシカの事を二度見していくのが気になった。クレアもジェシカも確かに美人だが、さらにこの年末独特の熱を楽しんでいる二人がより綺麗に見えるように動いているのかもしれない。
神社が目に入る距離になると、ますます人は増えている。場所にもよるだろうが──拓郎達が来ている神社は氏子が多く、それなりにお金が神社に提供されている。そのため、こういった時には参拝者にみかんや紙コップに入った甘酒が無料で振舞われているのだ。寒い夜に体を温めてくれる甘酒はありがたい存在であり、進められた人は皆受け取っていく。
一方でクレアとジェシカは、まさか無料で甘酒を提供されるとは思っておらず驚きの表情を浮かべていた。くどい様だが、これはあくまで氏子が多く資金提供が多い神社だからこそできる事であって一般的ではないと念押しさせていただく。
「美味しいわね」「そうですね、これならば待つ間に冷え切ってしまいそうな体を程よく温めてくれます──あの大きな焚火は何でしょう?」
ジェシカが、参列者が並んでいる場所から多少離れた場所で行われている大掛かりな焚火に目をやった。それに気が付いた拓郎が説明する。
「あの焚火は、一年間使ったお守りなんかを焼く為にやっているんだ。こういう奴」
と、拓郎はいくつかのお守りをポケットから取り出した。家内安全、健康祈願などと書かれたそれらは、少々字が薄れていた。
「お焚き上げと言ってね、一年使って効力がなくなったとされるお守りを焼くための一種の行事と言えばいいのかな? お参りを済ませた後に、あそこにこれらを投げ込んで焼いてもらうんだ」
拓郎の言葉に、興味津々と言った感じでクレアとジェシカは興味を惹かれていた。ちらりと目を他にやれば、拓郎が取り出したものと同じで真新しい物がいくつも売りに出されている。ここで新品を買い、そして古いものは焼久野が一つのルールのような物と二人は理解した。
「アミュレットみたいなものなのね?」「まあ、イメージはそれに近いかな? ただ期間限定で一つ一つの効力がある時間は短い、みたいな感じで考えてくれれば良いかな」
そんなやり取りをしていれば、ついに賽銭箱と鈴の前に到着する。各自小銭を投入し各々が祈る。最後に鈴を鳴らして二礼二拍一礼。これでお参りは無事に完了。帰り際にお焚き上げの火に近づく。
「飲み終わった甘酒の紙コップなんかも投げ入れて良いよ」「そうなのね、じゃあこれで」
拓郎の言葉に、クレアとジェシカは紙コップをお焚き上げの炎の中に投げ入れた。この神社でのお焚き上げでは、これぐらいならお咎めなしだ。更に拓郎は持ってきていた古い御守りも投げ入れておく。ここで時間を見ると、新年をあと20秒ぐらいで迎える所だった。周囲もそれは分かっており、新年のあいさつの準備の為か妙な静寂が訪れる。
そして0時を迎えるとと一斉にあちらこちらで新年あけましておめでとうございますの言葉が交わされた。もちろん拓郎達もその中に含まれる。これにて二年参りは無事に完了、後は帰って寝るだけなのだが……クレアとジェシカの美貌がそれを許してはくれなかった。
「なあなあ、これから初日の出を見に行くんだが一緒に行かねーか?」
こんな感じのナンパが非常に多かったのだ。そして、それらをすべてクレアとジェシカは遠慮も容赦もなくなで斬りにするのだから声をかけた方はたまらない。後は帰って体を清めたら寝るだけなのに、なんでこうも邪魔をするのかとクレアとジェシカの心境は先ほどまでの楽しい感じから苛立ちへと変わってきていた。
そしてついに、それが爆発する時が来てしまった。面倒なナンパ集団に出くわしてしまったのだ。向こうは10人ほどで、なんともまあ締まりのないにやけた顔を並べていた。
「おお、こりゃ確かに美人だな! なあ、俺達としばらく遊ばねえか? 楽しい新年にしてやるぜ?」
誰もが彼等の顔と声を聞けば、楽しいのはお前達だけだろうがと反論するだろう。更に拓郎達を半分取り囲むように動いており、絶対に逃がさないという意思まで見せていた。この動きに、クレアとジェシカがここまで溜まっていた鬱憤を晴らす材料にしてあげましょうと言う方向に向かってしまったのである。
「楽しい新年、ね? 今現在進行中でその楽しい新年を邪魔されているのよねえ?」「そうですね、ですからこれから楽しくしてあげましょう、か!」
ジェシカの言葉が終わるとほぼ同時に、二人の魔女の姿が一瞬消えた。そして再び現れた時、前にいた面倒な連中はすべて姿を消していた。
「はいお終い。帰りましょ」
クレアはなんてことない普段の声でそう口に出しその言葉に拓郎の父親は「そ、そうだな。用事も済んだし帰ろうか」と何とか言葉を絞り出した周囲は明らかに「おい、やべえ物を新年から見ちまったぞ」「アイツら、どこに行ったんだ?」「何が起こったんだ!?」なんて会話を始めるが、拓郎達一行はここに留まる理由はないためさっさとその場を後にした──
その後は何事もなく家に着き、各自家の中である程度体を温めてから順番に風呂に入って体を綺麗にして就寝した。
──蛇足を承知で申し上げると、飛ばされたナンパ師集団は翌日お昼ごろに東京湾に突如出現した氷でできた牢獄の中に入っている形で発見された。全員凍えており、正月早々熱を出して寝込む事となった。
だが受けた被害はそれぐらいであり、クレアとジェシカという危険度Maxな魔女の機嫌を損ねた者としては非常に穏当な結果であると言っていいだろう。拓郎がもしいなかったら……それはご想像にお任せするが、このレベルでは絶対に済まなかった事だけは間違いないだろう。
あくまで神社周りの話は、自分の経験を基に書いております。
ですので、自分の所ではこうじゃない! と言われても対処できませんと申し上げます。




