50話
遂に31日の大晦日。その日の朝食を終えた拓郎の元に電話が入る。電話の主が珠美であった。
『年の瀬で申し訳ないんだけど、餅つきをしない?』
電話の主である珠美曰く、今日の午後に学校の一部を借りて餅つきをするのだという。参加者が増えるのは歓迎で、拓郎、クレア、ジェシカもぜひ来てほしいというお誘いであった。無論、学校の校長の許可は出ている。それどころか校長も参加するのだという。
「面白そうだな……それに、確かにこういう企画でも立ててもらわないと餅つきなんてする機会もないか。わかった、クレアとジェシカさんはどうするか分からないけれど俺は参加するよ。集合時間は午後一時頃で良いんだな?」『うん、それで間違いないよ。まってるねー』
珠美との電話を終えた拓郎は、さっそくリビングでのんびりしていたクレアとジェシカに先ほどの電話で聞いた餅つきについての話をする。
「と言う事で、俺は行こうと思ってる。クレアとジェシカさんはどうする?」
拓郎の問いかけに対する返答は、二人とも行くとの返事であった。両名とも、餅つきは知っていても直接自分でやった事はないとの事で、せっかくの機会を逃すのはもったいないと口にした。そして午後、拓郎達三人は何時も通っている学校へと足を運んだ。
「あ、いらっしゃいー。拓郎にクレア先生とジェシカ先生も来てくれたんだ。歓迎しますよー!」
案内役としてか、珠美が学校に入ってすぐの場所にいた。参加者はクラスメイトの八割。残り二割は旅行に行くなりどうしても都合がつけられなかったりした面々である。珠美に餅つきを行う場所を教えてもらい、足を運ぶとそこにはクラスメイト+校長先生がいた。
「お、拓郎! 今日もクレア先生とジェシカ先生の両手に華状態かよ!」「年末でもそこは変わらねえんだなー」「あれ? でもなんか拓郎君御顔つきが変わってない?」「あ、やっぱりそう見える? 何というかちょっとカッコよくなったって感じがする」
クラスメイトがやいのやいの好き勝手に言っている事に対して拓郎は苦笑し、クレアは私が育てた! と言わんばかりに何故か胸を張り、ジェシカは何度も静かに頷いていた。そんなやり取りを挟みつつ、餅つきに参加するメンバーが全員そろった。
「じゃ、やり方を最初に見せるからちゃんと見ててねー?」
餅つきというと、皆様はすぐに臼に杵を用いて餅をつくあの姿をイメージするだろうが……あれは実は作業の後半部分だったりする。最初は蒸かしたもち米を臼に入れて、杵を用いてもち米を潰してまとめていくという作業が必要となる。杵を捻じりこむような動きで押しつぶし、もち米を潰してまとめるのだ。
そうしてある程度まとまったところで、ようやく皆様おなじみの餅をつき、時々ひっくり返すというあの姿となる。ここまでくれば後は事故に気を付けるだけだ……が、何分始めて餅つきをやるという人間が大多数故、あっちこっちの臼でまあ騒ぎが起こる。
「上手く行かねえー!?」「結構難しいなこれ、上手くやらないと効率よくいかないぞ」「あの餅をつく形にまでもっていくってのだけで結構きついのね……」「機会でつく物が増えるわけだよねー」
なんて言いながらも滅多にできない経験。皆笑顔で悪戦苦闘している。一方で極まった動きをしているのは校長先生だ。珠美の父親を相方に餅を次々とつきあげる。
「よっ!」「はっ!」「よっ!」「はっ!」
と掛け声も軽快に餅をつく。こうして各自がついた餅は餅とりこを撒いた清潔な板の上に運ばれて、手早く切り分けられていく。かなり熱いのだが、熱いうちにやらなければならないスピート勝負だ。分けられた餅は切り餅としてお雑煮用にする為、伸ばされてから切られていく。ここは本来いろいろなやり方が全語句各地であるのだが──
「こういう感じよね?」「そうですね、それぐらいの大きさと厚さだったと記憶しています、姉さん」
クレアとジェシカが魔法で作業を担当したおかげで次々と切り餅になっていく。この光景をちらりと見た珠美の母親は内心で、魔法の講師ってあんなこともスムーズにやれちゃうのねと呆れ半分羨望半分の思いを抱いていた。切り餅は各自纏められ、持ち帰り用として簡単に包まれる事となる。
一方で切り餅にせずこの場で試食される餅は、適度な大きさに切られる。餅につけるものも、餡子にきなこ、そして今校長先生がヨモギを練りこんだ餅を楽しそうにつきあげている。普段口にする事のない突きたての餅に、クラスメイトたちは皆興味津々であった。やがてすべての餅つきの行程が終了し、後は食べるだけとなる。
「念の為に言っておくけど、ちゃんと噛んでゆっくり食べてね? のどに詰まらせないように!」
珠美の注意が入ってから、各自自分がついた餅を口に運ぶ。その作業の大変さも加わってか、そのお餅は買って食べる餅よりもとてもおいしく感じられる。
「餅なんて、なんて思ってたけどうまいな」「やっぱり自分でついたっていう感情も上乗せされているとは思うんだが、やっぱりおいしく感じるよな」「餡子もきなこも鉄板よねー、美味しいわ」「ヨモギが練りこまれた餅なんて初めて食べましたが、これはとてもいいですね……お店では和菓子ぐらいでしか見かけませんが」
口に運んだ感想が次々とでてくる。やはり買った餅は悪くはないが自分でついてそれをすぐに食べるという物に勝る味わいはないのかもしれない。思い思いの好きなお餅をゆっくりと口にする。あまり食べ過ぎると晩御飯が食べられなくなるので量はそう多くはないのだが……皆とても満足げだ。
「みんなに持ち帰り用にした餅も配るけど、これはお店のと違って真空パックなんかになっていないからすぐに食べきっちゃってね。お雑煮なんかにして食べれば十分食べきれるはずだから!」
珠美の注意の後に、参加者全員にクレアとジェシカがきれいに整えた切り餅が配られた。当然この後後かたづけがあるのだが……これは珠美の両親がやるのだという。臼と杵が複数あるため洗うだけで一仕事の筈なのだが……珠美の父親がかなり水魔法に長けているらしく、臼と杵の洗浄に10分もかからなかった。
そして校長先生が次から次へと臼と杵を珠美の両親が乗ってきたデカいトラックに載せていく。もちろん魔法を使って自分自身を強化しているからこそできる事である。そのスムーズさに、手伝おうかと考えていた生徒達もいたが申し出るのを止めていた。自分達が加わったら、邪魔になるだけだと察したからだ。
「こうして生徒達と餅つきをするなど何時ぶりだったかな。なんにせよ楽しい時間であった。では皆、また来年新学期でな」
校長の短い挨拶で解散となった。各自切り餅を手に帰宅する流れとなった。その道すがら──
「こういう文化に触れるのも面白いわね」「そうですね、今回の企画を立ててくれた珠美さんとそのご両親、校長先生には感謝しなければ行けませんね」
なんて会話がクレアとジェシカの間で交わされた。家に着き、成果の切り餅を拓郎が両親に見せると──
「うん、悪くない出来なんじゃないか? これは明日のお雑煮に使おう」「珠美も早めに食べてくれって言ってたし、そうしてくれると助かるよ」
突発的にやってきた餅つきイベントは、こうして楽しい雰囲気の中無事に終了した。そしてやってくる新年の足音を拓郎達は待つ事となる。
実家でも餅つきはやっていたのですが、両親が歳を取ってからは難しくなりました。
つきたての餅は美味しいのですが、事前準備と後片付けが大変なんですよね。




