49話
そんな事があった翌日、雄一からは謝罪のメールが届いていた。俺が誘わなければ、こんな事にはならなかったのにという感じの文章だったため、拓郎はお前も被害者なんだし、あまり気に病むなという感じの文章を返しておいた。
(雄一のせいじゃないだろうにな……そう言えば、あの配信者はあの後どうなったんだろう?)
まさか配信者がすでに馬鹿な事を考えて馬鹿な事を計画していたとは知る由もない拓郎は、雄一が教えてくれた配信者のチャンネルに行ってみたが──全ての動画が運営によって閲覧不能にされていた。恐らく昨日の一件を取ったものらしきタイトルも見つけたが、それも当然閲覧不可能になっていた。
(運営による配信停止か。それならそれでいいや、面倒事が大きくならずに済みそうだし……)
見れなくなってるならそれでいいと拓郎はこの配信者に対する興味を失った。だが、せっかく動画サイトに来たことだしと言う事で、普段はめったにやらない動画サイトの動画巡りを楽しんだ。これで午前が潰れる。
お昼を食べて午後。出かける余裕はあるが、あんなことがあったばかり。あまり外に出ようという気分にならず……家の中でごろごろしてようかと拓郎が考えながら自室に戻ろうとしたとき、ジェシカから少し外を歩きませんか? と誘いを受けた。
(──ジェシカさんなら、まあ大丈夫かな。流石に昨日のような事は二度も三度も続かないだろ……うん。それに対した理由も無いのに、お誘いを蹴るのもな)
という考えで、拓郎はジェシカの誘いを受ける事にした。なおクレアはちょっと野暮用との事で朝から家にいない。勘の良い方はお気づきになられたであろう──クレアがなぜ朝からいないのか、その理由を……
「わかった、じゃあ外出用の上着を着てくるよ」「はい、私もそうしますので玄関で待っていてください」
短いやり取りの後、お互いに上着を取りに行くために部屋に戻り、そして上着を纏ってからお互いに玄関へと。ドアを開けると冷たい風が頬に当たるが、年末特有の落ち着かない熱みたいなものもまた感じられる。そうしてジェシカとのんびり散歩に出たわけなのだが……その最中、またしてもお呼びでない存在がやってきた。
「なあ、そこの姉ちゃん俺達とお茶しないか? 良い所知ってるんだよ」「そこのおまけはさっさと帰りな」
そう、ナンパである。人が多い所で出くわしたのだが、拓郎は普段見覚えのない顔なので多分帰省してきた大学生あたりかなと予想する。そのグループは4人組で、そのうちの三人が中途半端に金色へと染めた汚い髪の毛をしていた。ジェシカの反応は、ため息一つ。
「申し訳ありませんが、お断りいたします。私は今彼一緒にのんびり散歩する事を楽しんでいたのですから、邪魔をしないでください」
あっさりと断られるとは思わなかったのだろう。大学生と思わしき4人は明確にその表情を変えてきた。
「その彼が大けがしないようにしようとは思わねーのか?」「俺達はそこそこ魔法も使えるんでな、酷い目にあいたくなければ──」
と、そこまで大学生と思わしき集団が口にした瞬間だった。警察官数名がこちらにやってきたのは。そして、大学生と思わしき集団に声をかけてきた。
「ん、なんすか?」「今、お前たちが魔法のレベルをちらつかせた恐喝を行っているのを確認した。同行してもらおう」
──年末年始は、揉め事が増える。だからこそ警察はいつも以上にパトロールに力を入れていた。そしてその網に大学生と思わしき集団は早速引っかかったと言う訳だ。そもそも魔法をちらつかせて脅すのは立派な犯罪行為だというのに……それでもこうして行う愚か者が減らないのは悲しい話と言った所か。
「いや、そんなことしてないっすよ」「魔法だって一切発動させてないっすよ、聞き間違えじゃないっすか?」
慌てて大学生と思わしき集団は警察官に向かって取り繕い始めた。だが、警察官は首を振る。
「魔法による脅しを百歩譲ってこちらの聞き間違いだったとしよう。だが、お前達はこちらの女性に声をかけて、断られた事に腹を立てて傍にいるこちらの男性に暴行を加えようとする脅し行為を行った事は事実だ。どのみち、同行してもらうぞ。暴れたりするならば拘束する」
警察官の言葉に大学生と思われる集団は諦めて警察官に引っ張られていった。拓郎は去っていく警察官に向かって一礼し、感謝の意を伝えた。
「困ったもんだ」「全くですね、こういう所は、日本人もアメリカ人も大差ないのかもしれませんね」
確かにジェシカは美人である。大勢の人が振り向くぐらいの美貌がある。故にあの手の望まない連中までも引き寄せてしまうのは避けられないのだろう。美人には美人の苦労があると誰かが言っていた覚えがあるが、まさにそれだなと拓郎は内心で妙な納得感を覚えていた。
「帰る?」「それは流石にないですね、もう少し歩きたいです」
拓郎の意見に分かりやすく頬を膨らませて反論するジェシカ。そんな彼女の顔もまたかわいいと美しいが入り混じっており、男女関係なく見とれる人が多数いた。
(あんな美人と知り合いとか、羨ましすぎる)(あんなあまりぱっとしない男がどうしてあんな美人と)(世の中不公平すぎる)
周囲の人々の男女関係なく送られてくる念のような物に拓郎は苦笑する。そう言いたくなる気持ちは理解できるので、別段腹は立たない。自分も周囲で見ている側だったら程度の差こそあれ似た様な事は感じたかもしれないのだから。
(ほんと、なんでこうなったって所はあるからな。それもこれも、あの日のクレアとの出会いが無ければ全てが存在しなかった。人生は奇妙で謎がいっぱいだ)
周囲からの念に理解を示しつつ、ただ歩く──としたのは拓郎だけだった。ジェシカはそうではなかった。自分にターゲットが来ているだけならまだしも、拓郎に対して度が過ぎる悪意を向けたのであれば……消すとばかりに殺気を周囲にはなったのだ。拓郎に対してあまりよろしくない感情を向けている人にだけ。
その結果、一定数の人が急に腰が抜けて座り込んでしまうという現象が発生。そして頭を抱える拓郎。ジェシカさんやり過ぎだよと言いたいのだが……下手に声をかけるとかえって刺激しかねない為黙っているほかない。一方で腰が抜けた人々は……何故腰が抜けたのかを理解できなかった。理解できたことは、何か恐ろしい存在の尻尾を踏みそうになったと言う事だけであった。
「拓郎さん、行きましょうか」「あ、ああ」
一方で拓郎への悪意ある念が止まった事で普段の空気に戻ったジェシカとともに、その場を後にする拓郎。当然ながらこの日の事はこの周辺では有名な話となってしまう事になる。だがジェシカにとっては日常と大差ないため気にもかけず……数日間は彼女がまた通りかかるかも? と考える人たちのせいで、この周辺が年末年始の間異様に人口密度が上がったのはまた別の話。
そんな事になっているなど当然拓郎もジェシカも知る由もなく……その後は普通に散歩を楽しみ帰宅した。数日後の散歩で、人がめちゃくちゃ増えている原因を作ったのが自分達であるとは思いもせず。
明日からついに始まる……あまり寝つきが良くなくて、結構きつい……




