46話
書籍化作業がひと段落したので、更新再開です。
結果から言おう。走り回った案内人を始めとして大勢の人々が走り回った結果……問題なく予定されていた治療行為は終了した。案内人の顔からはかなり生気が抜け落ちていたが、彼を始めとした関係者各員の奮闘あってこその結果だろう。
まあ、もともとそう言った愚かな行為に走る芽はそう多くなかったのだがゼロではなかった。なのでそれをゼロにするべく走り回ったと言う訳である……そのおかげで拓郎の治療行為は邪魔が入る事なく全て予定通りに進めることが出来た。治療を受けた人は皆健康を取り戻し、大勢の人が拓郎に向かって感謝の意を述べていた。
そして出国。問題さえなければ記録すべきことは多くない。問題なく治療は完了したと協会に報告するぐらいなものである。また、この先に訪れた国々でも最初の国のやらかしは伝わっており、どの国も同じ轍を踏まないようにする為に大勢が走り回っていた。そのため拓郎にとっては治療が滞ることなく進められたため、落ち着いて仕事が出来た。
予定されていた日程はそうして進み、今日が最終日。最後の場所を拓郎達は訪れていた。
「こちらです」「案内ありがとうございます」
案内人にジェシカがそう返答し、中へと足を踏み入れる。この場所では怪我人よりも病人が多く、多数の患者が苦しみを訴えていた。無論現地の医者もあれこれと手を尽くしていたのだが、残念ながら薬が足りず対処療法が精いっぱいという状況であった。なので、姿を見せた拓郎達一行を見つけると、すぐにやってきた。
「お待ちしておりました、この場にいる患者の対応を行っていた者です」「状況を教えて頂けますか?」「はい、こちらに」
医者から渡されたカルテには……ここに集まっている者達の病気の内容が記されていた。本来カルテは医者以外閲覧できないのだが、こうして協会から派遣されてきた回復魔法使いは例外としてみる事が許される。普段は回復魔法使いでも閲覧する事は出来ないので念の為。
渡されたカルテには、マラリアと記されていた。さて、マラリアとはどんな病気か? これは寄生虫によって引き起こされる病気であり、発疹、呼吸困難、息切れ、咳が続いている、意識もうろう、内出血など異常な出血などが主な病状として現れる。感染源は主にハマダラカと呼ばれる蚊によって移される。
ただ、予防も治療も可能である病気でもある……その国に薬や医療技術が十分であるならば、だが。そして、そんな国は残念ながらそう多くはないのだ……そう、多いのであればこれだけの人々が苦しみ続けなければならないという現実はないはずなのだから。
(いける?)(大丈夫、問題はない。すぐ取り掛かる)
クレアの確認に、拓郎はそう返答をして早速治療に取り掛かる。手順としてはまずマラリア原虫を消し去る。次いで患者の悪化した部分を回復させるという流れになる。言葉にすれば短いが、それらの治療を行う拓郎の疲労はかなりの物となる。マラリア原虫をしっかりと患者の体から消し去らなばならないし、重症化してしまった患者の回復させなければならない箇所も別々なのだから。
特定回復魔法によりマラリア原虫をこの場にいる患者の体内から完全に消去、まずこれが難易度が高い。患者の体にダメージを与えず、ピンポイントにマラリア原虫だけを消し去らねばならないのだから。寄生虫が原因の患者にはまずこれが最初の一手となる。厳密にいえばこの魔法は攻撃魔法に属するのだが、これは回復魔法の一種として扱われている。
マラリア原虫を消し去った後は、患者の回復に移る。特に内臓などをやられている患者が最優先となる……必要な所に必要なだけの治療。かなり精神を消耗するが、それもまた回復魔法使いには必須の資質。ゲームの様に雑に体にかけてはい全快! とはいかないのである。結局全てが終わったころにはすでに外は真っ暗になっていた。
(終わった……治療完了。後は安静にしていれば数日で問題なく日常生活が送れるはずだ)(お疲れ様、手際も悪くなかったわよ)
拓郎がクレアに治療が終わった事を伝え、クレアがそんな言葉とともに拓郎を労った。その直後、クレアは案内人へと向き直る。
「これにて治療は完了しました。後は数日の安静を行えば問題ありません」「感謝します……ここには十分な薬がない為、治療が進まなかった。患者の命をどうやっても救えず、諦めなければならないかと思っていましたが……貴方方のお陰で患者は皆救われました。心よりの感謝を」
医者からの感謝の言葉に、拓郎達は頷いてこの場を後にする。夜でマラリアが感染する地域と言う事で……多数の蚊が拓郎達の近くへと寄ってくる。だが、一定の範囲まで近寄った蚊達は一瞬で燃え尽きる。言うまでもない事だが、クレアとジェシカによる魔法障壁である。更に燃やす事で完全に蚊とマラリア原虫を消毒している。
無論、この行動は案内人も理解している……というか、この国にやってくる魔法使いであるならば基本的な防護手段である。故に案内人が驚く事もない。むしろこうして少しでも蚊と中にいるマラリア原虫を焼いて消してくれるのであれば願ったり叶ったりと言った所だろう。そうして泊まるホテルに到着し、中に入る事でやっと一息をつく一行。
「これで予定していた回復魔法を実戦で使う国巡りは終了、お疲れ様。どうだった?」
砕けた雰囲気になったクレアの言葉に、拓郎は水を少しだけ飲んだ後に返答を返す。
「そうだな……今まで知らない世界、実情、要求される技術。それらを始めとして様々な事を学ばせてもらった。そして、もっと俺には訓練を積み、もっとレベルだけじゃ得られない技術や知識を得ていかなければならない。それを痛感したというのが正直なところだ」
今回は問題なく終えられた……だが、もっと治療を行うには難しい病気やケガは存在する。そう言った患者を前にした時、そして自分自身が陥った時。対処できなければ前者は落胆されるし、後者は自分の命が消える。
「ですが、年末年始ぐらいは休んでください。訓練再開はその後で十分です……拓郎さんは十分できる事をしています、むしろここからは休む事こそが訓練です」
ジェシカの言う通り、拓郎はかなり魔法を使っており──そろそろ完全に休息を取るべきタイミングになっていた。これ以上魔法使い続ければ、それこそレベルダウンの危険性がある。
「了解、確かにこの数日は色々忙しすぎたし少しぐーたらさせて貰うよ……というか、もう眠くなってきている」
拓郎はそう口にするや否や、うつらうつらとし始める。クレアとジェシカはそんな拓郎の服を脱がせて楽な状態にし、そっとベッドに横にさせた。すると拓郎はすぐに寝息を立て始めた。そして寝言った拓郎の寝顔を少し眺めた後、クレアとジェシカは明日の行動を確認する。
「じゃ、明日は朝食を取ったら予定通りに日本へと帰る流れで良いわね」「はい、下手に長居すればそれこそもう少しいてくれなどの引きとめを行う人間が現れかねません。用事が住んだ以上、後はさっさと立ち去るのみ、です」
なにもこれは拓郎に限った話ではない。他の回復魔法使いは皆そう言った引き留め行為を喰らう事はよくある事である。故に仕事が終わって休息を取ったらさっさとその場を立ち去るのが基本となっている。回復魔法の使い手は少なく、要請は多い。とはいえ回復魔法使いも人間だ、無限に治療、回復が出来る訳ではないのだ。
だが、治療を望む側の一部ではあるがそう言った考えを理解してくれない人物もいるのだ。回復魔法が使えるのなら俺達、私達を治療してくれ、回復してくれ。それが当たり前だろうと考えてしまう。そう、まるで特定の仕事に付いている公務員が少しジュースや軽食を買って忙しい仕事の合間に食事を兼ねて休んでいるだけなのにサボっている、税金泥棒と一部の人に罵られるさまによく似ている。
そんな人間に、論理も説得も通じはしない。だからさっさと立ち去るのだ。それが一番早く、確実な方法なのだ。そして翌日、早めの起床後に軽い朝食を取っただけで拓郎、クレア、ジェシカはこの国から出国して日本へと帰国した。こうして、拓郎の年末直前まで行った回復魔法使いとしての訓練、救護行為は終わりを告げる事となった。




