45話
さて、その日の夜。状況を知ったこの国の政府の大臣達が拓郎に対して平謝りに謝ってきた。正直拓郎としてはものすごく居心地が悪い──が、こうした行動に出た大臣達の心境も理解できるため、例ののっぺらぼうのマスクをつけて大臣達の謝罪をさえぎらないように大人しくしていた。それがまた、大臣達の恐怖を煽っているのだが。
クレアを通じて、何があったかはすでに回復魔法使いのまとめ役であるとある協会への報告は済んでいる。もちろん、現地の人が暴走を止めた事も含めて。だが、それでも治療に向かった人間に対しての暴行と脅し行為をしたという汚点は消えない。人によっては拓郎が例の男の手を振り払った事が原因だろうと口にするだろうが……
そう言った行為に屈する形で優先的に治療を行ってしまうと、その後は脅せばいい、暴力をちらつかせれば率先して回復魔法を使ってもらえるという考えに人々が一気に染まってしまうのだ。そうなれば、屈した本人だけでなく全回復魔法使いに対しての対応が悪化する事はもちろん、悪化した環境に飛び込みたくないという考えで回復魔法の素質がある者が回復魔法を習得しない事に繋がっていく。
そうなれば、回復魔法の使い手はさらに減る。回復魔法の使い手が減ればますます治療できない人が増え、治療のために回復魔法使いに対して脅しや暴力を行うようになる。そうなれば、ますます回復魔法の使い手のなり手が減ってという負のループに突入してしまう。故に、回復魔法使いは自分の判断で回復魔法を使い、現場の脅しや暴力に屈してはならないと定められている。
「いくら謝罪をされても、回復魔法使いが今後派遣されるかどうかは私達には預かり知らぬ事です。今回私達がここにやってきたのは政府が給金を出す事に加えて、回復魔法使いの派遣を始めとした管理をしている協会からの要請を受けたことが理由となります。故に、今後どちらか欠ければ、回復魔法使いがやってくる事は無くなるでしょう」
──クレアが口にした通り、回復魔法使いを管理する国際的な協会が存在するのは事実である。そして、その協会が回復魔法使いを各国に派遣しているのも事実である。だが、言うまでもなく拓郎はその協会に属してなどいない。なのになぜそんな話を出せたのかというと──今回はクレアが協会に対して拓郎の修行によさそうな所を見繕ってくれと圧を掛けながら話を振ったことが発端であって、決して協会側が拓郎にここに行ってくれと一方的に要請をかけたわけではない。
ただ、政府から出た給金などの情報はしっかりと協会に伝える事は名前を使う条件として付けられており、派遣されてきた回復魔法使いと扱いはほぼ変わらない。故に賄賂などを受け取るような真似は絶対に許されない。これもまた、金で動く事になれば札束の殴り合いが始まり、回復魔法使いの立ち位置を危うくする道に進ませてしまうものだからだ。
更には名前を借りている協会にも泥を塗る事になる。個人が国際的な機関を敵に回すメリットなど何もない為、破る事はあり得ない行為であると拓郎はきちんと認識している。故に、こういった状況に陥った場合にどうするかは、協会の定めているマニュアルに則り行動している。無論クレア、ジェシカも同じ。
「そこを何とか……給金はもっとお出ししますので!」「いいえ、我々は協会によって定められた給金をすでに政府から受け取っており、これ以上の金銭を求めるのはこの先の回復魔法使い全体、ならびに協会に対する悪評にもつながりますので受け取る事は出来ません。ご理解のほどを」
お金を出す、という大臣に対してジェシカはそう口にしてその話を突っぱねる。くどい様だがこれはジェシカでなかったとしても協会の関係者ならば同じ対応となる。先に示した通り、決められた給金以上のお金を受け取ってはならないからだ。
「とにかく、今後の判断は協会次第です。現場に襲われかかった事と一緒に現場の人がそれを止めた事を含めての報告はすでに済んでおり、先の事は協会の協議によって決められます。その結果をお待ちいただくほかありません」
ジェシカの言葉に、大臣達は肩を落としながら分かりましたと口にして静かに立ち去って行った。彼らが完全に立ち去ったのを確認してから、クレアがため息をつく。
「この賄賂を贈ろうとしたことも報告しなきゃね。普通に謝るだけならそれでよかったのに……協会との取り決めだから仕方ないわね」「そうですね、名前を借りている以上きちんとしておかなければなりません」
この国に対する協会の感情は悪化するだろうが、それは流石に拓郎やクレア、ジェシカの責任ではない。むしろここで報告しない事の方が問題であるため、クレアは協会に先程の大臣とのやり取りを録画しておいたデータを同封して協会の広告窓口にへと送り付ける。
「報告はこれでOKね。明日は早くからこの国を出て他の国に行くわよ。あと4国ほど年内に回らないといけないから、たっくんはしっかり休んでおいてね。それ以外の面倒事は私とジェシカが全部受け持つから」「頼む、最初の国からこれでは先が思いやられるけどな」
──正直に申し上げるが、今回の拓郎達の例は回復魔法使いの協会では時々ある事だったりする。確かにケガや病気で苦しんでいるが故に普段とは精神状態が違うという上々酌量の余地はあるのかも知れないが……昔の協会がそう言う考えであまり現地に圧を掛けなかった結果、過去に回復魔法使いが現地の人に殺される寸前まで追い詰められたという事件が発生した過去がある。
その回復魔法使いは一命を何とかとりとめたのだが、言うまでもなくもう派遣には応じないと引退してしまった。この事態を協会は重く見て、回復魔法使いに対して危害を加えようとする人から守るために専用のボディガードを務められる人材を大勢確保している。その人員の中には魔人や魔女もいる……拓郎の場合はすでに凶悪な実力を持つ魔女が二人も居る為派遣されていないが。
そして今回の拓郎に対して攻撃を加えようとしたこの国に対しては、数年回復魔法を派遣せず、その後の情勢を見て派遣を再開するかどうかを決めるという通達が数日後に協会から政府に向けて送られることになる。その後の政府の状況は目も当てられない事になったとだけお伝えしておこう。
だが、これでもかなりマシな方なのだ。もし拓郎に暴力を振るおうとした男を止めたのがクレアやジェシカだった場合は……数年どころか数十年派遣を協会は差し止めただろう。まだ浄化能力が残っている可能性がある、そう判断されたからこそ数年で済んだのである。あの老人が意を決して手を汚したことは決して無駄ではなかったのだ。
翌日、無事にその国を出た拓郎一行は他の国を目指して空を飛んでいた。次もそう大きくない国であり、この国も医者不足、回復魔法使い不足にいつも悩まされている国だった。空港に到着し、無事に飛行機から拓郎は降りた。待っていた案内人によって宿泊先のホテルへと案内される。そのホテル内で、翌日の予定を告げられた。
「──なるほど、では明日はその村、そしてその翌日はこの村の怪我人、ならびに病人の治療を行えばよろしいのですね?」「はい、どうかよろしくお願いいたします」
ホテルからの距離も考慮された結果、二日に分けて二つの村の怪我人病人の治療を行う事を要請され、無理のない話だったためにクレアはその要請を了承した。そして細々とした確認を行った後にジェシカが案内人に対して口を開いた。
「では明日と明後日はそのように。それとこれは注意事項となりますが……一つ前の国にて、治療後に私達に対して脅しをかけてきた人間がいました。この国ではそう言った事が無いようにお願いいたします。ご存じであるとは思いますが、回復魔法使いの方々は治療の優先順位をつけてから治療に当たられます。その順番に不満があっても、異議を唱えないようにお願いいたします」
ジェシカのその圧に、案内人は冷や汗をびっしょりとかく羽目になった。無論案内人は何も悪くはないのだが……その向けられた圧から、本当にあった事なのだと瞬時に理解した。案内人の内心を包み隠さずに表現するならば……
(あの国はアホなのか!? ここまで護衛の方が殺気立つだけの事をやらかすとか、何考えてんだ! これは現地にもう一度伝えなければ。不満を述べる奴は、隔離して治療を受けさせない様にしよう。協会から睨まれたら致命的すぎる!)
と言う事になる。その後案内人は拓郎たちの前から立ち去った後に大慌てで各署へ連絡を入れて自分の国の人間が同じことをやらかさないように徹底通知、異議を述べるのならば治療を受けさせない様にしてくれと頼み込んだ。その案内人の行動が実るのかどうか……それを試される2日間が始まろうとしていた。
お盆の時期に入ってくるので、次週の更新はないかもしれません。
更に書籍化作業も入ってくるので、更新がしばし止まるかもしれません。




