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44話

 海外に飛んだ拓郎は、日本にいる時とは違い常に白いローブにのっぺらぼうな仮面の着用を行っていた。仮面はのっぺらぼうと表現した通りつるんとした真っ白いもので、目も鼻も口も開いていない。ただ、仮面はマジックミラーのようになっており視界を塞ぐ様な事にはなっていない。なんでこんな格好をしているのかと言うと──


「基本的に仕事をする回復魔法使いはこういう服を着て、マスクをつけて性別や人種を分からないようにしているのよ。誰が治療をしたのかが分かると、色々と面倒事が多くなるから」


 とはクレアの言。その言葉に偽りはなく、治療が上手く行かなかったとき──そしてその真逆に非常に上手く行った時。アイツは嫌だ、あの人にしてくれなどと患者からの要望が飛び交う羽目になって現場が混乱し、かえって治療が遅れたと言う事があるからだ。更に治療が上手く行かなかった回復魔法使いに対しての脅迫などが行われたという過去も理由の一つに上げられる。


 なので、現場で働く回復魔法使いは白いローブにのっぺらぼうなマスクを装着する事が義務ではないが一般的となっている。そして護衛役は青い服装を身にまとう事もこれまた一般的となっている。なので傍にいるクレアとジェシカは青いローブにこちらものっぺらぼうなマスクをつけている格好となっていた。


 拓郎が現地の案内役から連れられたのは、多数のけが人が横たわっている病院──ではなく、掘っ立て小屋であった。震度4の地震が来ればすぐさま倒壊してしまいそうなあまりにも心もとない木造の家の中に、多数の人間がうめき声をあげていた。医者にかかるだけの金もなく、自分の治癒力が勝るか、負けて永久の眠りにつくのを待つかでしかない。


 今回拓郎が派遣されたのは、世界でよくある場所の一つでしかない。飢えと貧困、そして病やケガを得てしまえば自力で治すか民間療法に賭けるしかなく、それに敗れれば二度と目覚める事が無い。そんなごくごく『普通』の場所であった。今回は政府が金を出す事で拓郎を派遣した形となる。


「どうか、同胞を一人でも多く救って頂きたい……」


 粗末な服を着た案内役の男性に、拓郎は頷いて中に入る。言うまでもなく正体を隠すために拓郎が声を出す事は禁止されている。更にクレアの魔法による補助が入っている為、拓郎の声を聴きとられる心配は皆無となっていた。現場に入った拓郎は、目の前の現実をまずは受け止める。が、10月のバスの一件もあってか大きく心を乱すような事はなかった。


 まずは診察を行い……ここに居る病人の6割は怪我、3割が病気、1割が毒蛇などによる毒を入れられたが故に苦しんでいると判明。なので拓郎はまず危険な1割の人が苦しんでいる理由の解毒を行うべく動き出した。すると、拓郎のローブを掴んでそれを止めようする者が居た。


「アイツらはもう助からねえよ、毒で苦しんで後数日で動かなくなる。今までもそうだった……アイツらより治る見込みの高いこっちを治してくれよ」


 だが、拓郎はその男の腕を振り払い毒で苦しむ者達へと歩を進めた。不満の声が上がるが、クレアが物理的に黙らせた。クレアが黙らせてくれたことを確認した拓郎は、さっそく解毒の回復魔法を発動する。


 解毒した後に一定の体力回復の魔法も掛けるため少々時間がかかったが、それでも30分ぐらいで治療が完了した。毒で苦しむ声を上げ続けていた者達が穏やかな寝息を立て始めると、拓郎を見る目が変わったのを拓郎は感じ取っていた。


 が、それをあえて無視して、次は病人の治癒に当たった。一人ひとり病状を認識したうえで適切な回復魔法を使わないといけないのでこれまた時間がかかったが、それでも確実に治療を進める拓郎。中には寄生虫が原因の者もいたので、患部を切開して原因の場所を切除して治療する必要もあった。切除した部分はすぐさま燃やしてしまう。


(後は怪我人だけか)


 残りの怪我人に対しては、範囲回復魔法で治療が済んだ。むしろそれで済むからこそ一番後に回したのである。トリアージ、と言う言葉をご存じであろうか? これは病気、怪我人に危険度による順位付けを行い、危険度が高い方から順に治療を行うという医療現場の基礎知識の一つである。


 例えをだすのであれば、数十台の車の玉突き事故が発生したとしよう。当然大勢のけが人が出るし、残念ながら死者も出てしまうだろう。が、その場に医療関係者が到着したらまず行うのは治療の優先順位付けである。心停止なんて状況に陥っていたら時間との戦いであるし、大量出血者がいればまずは止血しなければ助かる訳もない。


 そう言った今すぐ手当を行わなければ命にかかわる人の応急処置などを優先し、後に回しても問題がない人の治療はそれらの応急処置が済んでから行う。無論誰もがダメージを受けて苦しんでいる訳ではあるが、医療関係者の手は限られている。だからそうしなければ救える命を多数取りこぼしてしまう事になってしまう。


 そう言った知識を得て実際の行動に使う事もまた、回復魔法使いとしては基本的な事である。感情的にならず、ただひたすら冷静に一人でも多くの人の命を救うための治療を行わなくてはならないのだ。そう、それは親兄弟、親類が含まれていても──


「なんで俺を先に治さねえんだよ!」


 と、ここで治療が完了したため立ち去ろうとした拓郎たちの前に、先ほど拓郎を止め、手を振り払われた男が元気になったとたん拓郎に向かって文句を言いながらも歩み寄ってきた。右手を固く握りしめており、これ以上気に入らねえことを言えばどうなるか分かってるだろうな? と言うあまりにも短絡的すぎる脅しも含めて。


 だが、その男の前にいち早く立ちふさがったのはクレアでもジェシカでもなく──ここまで拓郎達を案内してきた男性であった。


「こちらの方は全員を見事に癒した。そんな彼の行動に文句を言うのか? その手はなんだ? まさかこちらの方を殴ろう、もしくは脅そうとしているのか? お前は自分が何をやろうとしているのか分かっているのか? 治してくれた恩人に対して暴力で応えようとしている事の意味を理解しているのか!?」


 実に真っ当な言葉である。今回は政府が金を出したが──いくら金を出すと言っても治療の報酬に現地の人からの暴行、並びにそれを匂わせる行為をされるようではどんな回復魔法使いでもそんな所には行く事はない。需要は常に多く、引く手あまたなのだ。ならば、そんな危険な精神の持ち主が集まっている国、場所なんかに出向く訳ないだろうとなる。


 そして、回復魔法使いも来ず、医者もいない場所はどうなるかなんて事は、ちょっとでも知恵がある人間ならその後の悲惨さが容易に想像できるだろう。想像できないのであれば──自分がいざ苦しむ時に嫌と言うほどに思い知る事となるだろう。四六時中襲い来る苦しみに救いの手は差し伸べられず、迎えが来るその時まで終わる事の無い地獄を味わって、ようやく理解するのだろう。


「これ以上近づき、かの者に暴力行為、威嚇行為を続けるというのであるならば……全世界の回復魔法使いにこのことを包み隠さず伝えますが宜しいですね?」


 更にジェシカの言葉が続く。このころにはすでに周囲の回復して動けるようになった人間の目は、拓郎に対して短絡的な行為に出た男に向いていた。当然その内容は「なんて事をやってるんだよこの馬鹿は!? さっさと謝って引っ込め!」である。


 しかし、不幸な事に、実に不幸な事にこの短絡的であまりにも愚かな男にはその向けられた視線が「お前の考えを支持する、ちょっとお高く留まったあいつに痛い目を見せてやれ」に変換されてしまっていた。


「はっ、ちょいと手をかざして魔法を使えばいいだけなのにもったいぶった真似をしやがったお前が悪いんだろうが? 苦しんでいる人間が目の前にいるってのによ、手を払いのけやがった! 怪我人に対してやる事じゃねえだろうが! むしろ俺から世界にこの屑野郎の事を──」


 男の声が最後まで話を続ける事はなかった。なぜなら、そのこめかみに突如小さな穴が開いたからだ。男は崩れ落ち、そのこめかみから血を流して動かない。拓郎はこの現象は圧縮された小さな風の魔法弾がこの男のこめかみを貫いて脳を破壊したと理解していた。そう、もうこの男は死んでいる。そして、それをやったのは──


「大変申し訳ない事をした。せめてもの詫びとして、手を汚すのはこのおいぼれがやらせていただいた。それで足りぬなら、このおいぼれの命も差し出そう。どうかお慈悲を……」


 そう、病気で苦しんでいた現地の一人の老人が魔法を放ち、拓郎に詰め寄ってきた男を魔法で射殺したのだ。あのまま放置しておくことはできない、ならば年老いた己が全ての罪をかぶろうと判断したが故の行動だった。


 この周囲に医者はおらず、たまに政府が派遣してくれる回復魔法使いにすがるしかないこの場所で、その回復魔法使いすら来なくなったらこれから先の未来はどうなるかを男を射殺した老人はしっかりと理解していた。


「この一件は報告します。そのうえで判断が下されるでしょう。ただ、罪をかぶってまで愚か者の行動を阻止した者が居る事はしっかりと報告に入れさせていただきます」


 クレアの言葉に、老人は、そして周囲の人々がみな頭を下げた。こうして拓郎の初めての回復魔法使いとしての仕事は後味が悪い終わり方をすることになってしまったのである……。

作品はフィクションです。


ですがこういう状況を理解しない人間のモデルは残念ながら存在します……現実に。

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[一言] >ですがこういう状況を理解しない人間のモデルは残念ながら存在します……現実に。 存在するんだ…(-_-;)
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