その4
とりあえず今までの分はコレで一纏めです。
クレアの所に学校のクラスメイトが来る当日。待ち合わせ場所は学校付近のファストフード店となっている……家なんかに押しかけられたらたまったものじゃないと拓朗は内心思っている。小学生とかならまだしも、高校にもなって家に招待と言うのはさすがに敷居が高い。
「ふーん、なかなか美味しいねえ」
そんな拓朗の内心を全く知らずのんびりとハンバーガーをぱくついているのは、今回のクラスメイトの目的とされている人物、クレア・フラッティである。
「そうか? まあここの店はファストフード店にしては質もいいんだが」
拓朗はそういいつつグレープのジュースを口にする。
「ああうん、ちょっとたっくんの考えた事とは違うと思う。日本は食にこだわってるなーって思ってね……こういったファストフードだって、日本のはとっても美味しいんだよね……」
海外でもファストフードを口にした事は沢山あったが、日本のと比べてしまうとちょっとおいしくなかったかな~と感想を言うクレア。
「そういうものか?」
「うん、そういうものだよ~? 日本は本当に恵まれているよね。でもそれだけじゃなくって、今まで思いっきり頑張ってきた歴史があるからこそ、こうやって美味しいものが流通してるってのも分かってるけどね」
いろんな国を渡り歩いてきたクレアの言葉につい黙ってしまう拓朗。そういえば自分は日本の食事しか知らない。海を隔てた先の人達が何を口にしているのかなんて一切知らない。日本の中でも世界の料理を口にする事は可能かもしれないが、それは日本人が魔改造した半分は日本料理といってもいいようなものであって、海外の料理そのものではない。
「う~ん……」
「ま、無理に考え込まなくてもいいと思うよ~? ただ、自分達は一級品の美味しいものを口にしているって事だけは忘れない方がいいけどね」
普段のぽわぽわした雰囲気とは一転して真面目な事を言うクレアに、拓朗もやっぱり年上なんだな……とクレアを見直す。
「よーっす、タク、来たぞ~! すいません、このセットをください」
と、そうこうしている内に雄一や珠美などを含めた高校でのクラスメートの団体さんが到着した。その人数は雄一や珠美を入れて十人。内心拓朗は多すぎだろとぼやいている。
「は、始めまして、拓朗くんのお姉さん」
「ぜ、ぜひ次の休みはふたりっきりで!」
「何言ってるのよ、お姉さまは私達が……」
「百合の世界なんかに引きずり込むな、このお姉さんはノーマルだろ!」
一気にやいのやいのと五月蝿くなる。クレアも困り顔だ。
「おいお前ら、周りにも迷惑になるから静かにしろ~」
それを止めたのは雄一だ。こういう団体行動をするときなどは上手いまとめ役の能力を発揮する。彼女との付き合い方だけが不思議と下手なのだ。
「クレアさんの事が気になるのは分かるけどさ、もうちょっと静かにやろうよ、ね?」
珠美も雄一を援護する。程なくして極端に騒がしいと言う状態は治まった。
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「じゃ、自己紹介かな? 私はクレア、ファミリーネームは秘密♪ ま、そのうちにクレア・スズキになるかもだけど♪」
この時点で拓朗に怒気が多く含まれた視線が十七つほど向いた。クレアが入ってきた途端、目を奪われていた男性が既に居たのである。クレアを見て居たいがために、余計に注文をしてまで居座っていたとある男性は、怒気どころか殺意を無意識ではあるが視線に込めていたりする。
「科学魔法レベルも秘密♪ ただそれなりに高いとだけは教えといてあげるね」
クレアのニコニコ顔に皆が見入っている。美人の計算されていない笑顔とはかくも恐ろしいものか……拓朗はそんな事をぼんやりと考えていた。
「今はたっくんの家に居候中♪ だからって私宛に電話とかはダメダメだからね~? ちなみに携帯電話関係は私だいっ嫌いだからもってないし」
明らかにがっかりしたのが数名。"居候"の言葉に反応したのが半分。残りはクレアの表情に蕩けさせられて話がほとんど耳に入っていない。
「私の姉妹関係は『姉さん!!』」
そんなクレアの自己紹介の真っ只中、突如一人の女性が乱入してきた。一体何事かと騒ぎ出す周りの人達、硬直するクラスメート。拓朗は抱きつかれているクレアの表情をそっと覗き見たところ、苦笑をしているクレアの表情が伺えた。
「いきなりの登場なんだけど、私の妹といっていいのかな? 血は繋がっていないけど……ジェシカちゃんよ」
「姉さん、ちゃんをつけるのは止めてください……」
「こうやって抱きつく癖が抜けたらやめてあげるわよ~」
「ううっ、それは難しいかもです」
唐突に訪れた乱入者は、ジェシカ・ノーランドと名乗った。
「姉さんに久々に会いに行ったら、姉さんが旅行に出たと伺って必死に追いかけてきたんです」
なかなかぱわふるな人である……が。 そしてクレアの妹を名乗っているって事は……恐らくは彼女も『魔女』なのだろう。
(な、なあクレア)
(なーに、たっくん)
(此方の女性は?)
(名前は間違いなくジェシカ・ノーランドちゃんよ。細かい紹介は後でしてあげるね)
(了解、じゃあここでの話は適当にやり過ごすほうがいいか?)
(うん、そうしてね)
秘密の話もクレアの音魔法ならば他の人に漏れる心配も無い。とりあえずはクレアの紹介と言うクラスメイトからの要求をクリアする為の行動を最優先しようと拓朗は割り切る事にした。
「先に言っとくけど、こちらのジェシカさんを知ったのは俺も今だからな……妹さんが居ると前もって教えておいてくれれば良かったんだが……」
ひしひしと疑いの視線が痛かったので拓朗はそう反撃する。実際拓朗とて、クレアの事を殆ど知らないのだ。『魔女』の肩書きはなかなかに重い。そんな状況なのに恨めしい視線をこちらに向けられても、言いがかりだと反論したくなる。
「居候する時にたっくんのご両親には話をしたんだけど、たっくん本人には言い忘れてたね、ごめんねえ~」
クレアの発現で、クラスメイトから送られてくる拓朗への疑いの視線の強さが和らぐ。なんとなく腹立たしく感じる拓朗。
「し、質問いいでしょうか?」
「うん、なにかな?」
「クレアさんと、ジェシカさんにはお付き合いしている人はいるのでしょうか?」
いきなりど直球だなぁ、と拓朗は内心呆れとそんな質問を分投げる事が出来る胆の据わり具合に感心する部分、どっちが評価として相応しいのかなどとくだらない事を考えていた。
「私は言うまでも無いんじゃないカナー?」
「言う必要はないのではないでしょうか?」
クレアが苦笑い、ジェシカさんが呆れ顔でそう返答する。そもそも初対面であるクレアやジェシカさんにそんな質問を投げるなよ……。
「姉さん、これは一体どういう状況なのでしょうか??」
ジェシカさんの疑問はしごく当然なのだが。
「タイミングが悪かったと思って諦めてね♪」
とクレアはばっさりだ。まあ恐らく音魔法で内緒話を展開して事情を教えるんだろうけどな。
「クレアさんの趣味はなんですか?」
「料理や裁縫とかかな。暇な時は練習していたからそれなりの腕はあると思うよ?」
これは事実だ。実は拓朗の制服が本人にも気が付かない内に痛んでいた部分があり、それをあっさり魔法を使わずに補修したり、これまた魔法なしで野菜中心の美味しい料理を作ったりと、実益がある趣味であると言えよう。
「姉さんの作る料理は美味しかったですからね」
「ありがと、ジェシカ」
ジェシカさんも食べたことあるんだな。
「どれぐらい日本に居る予定ですか?」
「これはわかんないなぁ……できるだけ長く居たいとは思っているけどね」
実際こまごまとした事を喜んでやってくれるクレアに対して、拓朗の両親も喜んでいる部分が多い。『うちの子にならない?』などと母親が言っていたな……と拓朗は家でのやりとりを思い出す。
他、色々な質問を答えたりぼかしたり写真を撮ったりするやり取りがしばらく続き、全員が食べ終わった為に店を出る。クレアが店から出て行く時に残念そうな視線が幾つもあったのは考えないようにしようと拓朗は思っていた。
「じゃ、私はそろそろ帰るね」
このクレアの発言に、クラスメイトたちは一斉に「えー!?」と不満の声を上げる。
「遊びに行きましょうよー」
そうやって引きとめようとするクラスメイト達だが……。
「ごめんね、これから家事が色々あるから結構忙しいのよ。ほら、私は居候でしょ? やれる部分は積極的に協力しないと肩身が狭いのよね」
と、クレアに言われてしまっては反論できない。幾つか拓朗に「何とか説得してくれないか?」と言いたそうな視線も飛んできていたのだが、あえて拓朗は全力でスルーした。
「じゃ、ばいばい~」
反論できない隙を突いてクレアはさっさと帰路についた。拓朗も、「じゃ、また明日学校でな」と言い残してクラスメイトたちと別れる。まあとりあえずクレアともう一回会わせろという約束は守れたから十分だろう……。
「姉さん、少し一緒に居させてください」
と、ジェシカさんが付いて来る事になってしまったが。家に帰ってもまだまだゆっくりできそうに無いな……と拓朗はため息をついた。
「ため息なんてついてどうしたの?」
「いや、明日の学校の追及がなかなか大変そうだなと思ってしまったんだ」
「ふふ、頑張ってください」
ジェシカさん、貴方の存在もため息の理由に入っているんですけどね? と拓朗は視線で訴えようとしたが……止めた。何の解決にもならないからと分かってしまったのである。実際帰ってからひと悶着起きるのだが……合掌。
此方の更新は遅いので気長にお待ち下さい。