35話
時は11月を過ぎ、肌寒い日々が流れる時期を迎えていた。そんな中、久しぶりに拓郎はクレアを相手とした実戦形式の訓練を行っていた。
「たっくん、確実に腕を上げたね」「ああ、自分でもかなり魔法の使い方、制御が改善したと思っている」
ひと月ほどの拓郎が行ってきた、複数の生徒による魔法攻撃を防ぎながらも─能力を高めるために無駄な魔力を使わないようにする訓練は、確実に拓郎の血肉になっていた。以前の拓郎であれば、クレアの10の魔力の攻撃に対して60から70の非常に無駄が多い魔法を放って相殺していた感じだ。
それが今は、30から45ぐらいの魔力で相殺している。まだまだ無駄がある事は事実ではあるが、大きく改善されている事もまた事実。なのでクレアが褒め、拓郎としても実感できるレベルとなっている。クレアが手数を増やしても、拓郎が相殺に使う魔力量に大幅な増加は発生していない。大幅に増加すると言う事は、雑になっているとも言い換えられる。とにかく相殺できればいいと言う事で、相手の魔力量に対して過剰な魔力を注ぎ込むことになるからだ。
それを感じ取った事で、クレアは内心で頷いていた。訓練の成果は明確に出ている。まだまだ磨かなければならないのは事実ではあるが、成果を上げているのであれば注意するよりも褒めてこの調子で訓練を重ねていけばいいと告げようとクレアは訓練の最中で決めていた。そして、訓練時間が終了した。
「たっくん、お疲れ様。この調子で訓練を重ねていけば、もっとよくなるよ」「分った。自分でもまだまだ磨くべきところがあるってのは、久しぶりの直接訓練でまた実感できたからな。やるべき事が明確ならば、それに向かって進むだけだな」
クレアからの評価を受けて、拓郎も成長を改めて実感するとともにもっと磨かなければならないとも痛感していた。まだまだ自分の魔法には無駄が多い、もっと制御と相手の魔法に込められた力を見切るようにしなければならない事を再確認していたのである。こういう心を拓郎が捨てない限り彼はまだまだ伸びるだろう。
「じゃ、残りの時間は生徒さんの面倒を見てあげてね?」「了解、残り時間は今まで通りに」
そんな短い会話を交わして、クレアは生徒の指導に。拓郎は今まで通りの10人の生徒を同時に相手をする訓練へと移行する。すぐに10人の生徒も拓郎の前へと集まり、お互いに一礼した後にすぐさま訓練が始まった。時間は有限である、そしてこの1月で拓郎に対して行うこの模擬戦闘訓練もかなりの人気実習となっていた。今まで訓練してきた魔法を遠慮なく使える上、拓郎が繰り出してくる魔法に対処するためにあれこれと考えながら動かなければいけない事が自分の成長に直結するからである。
この拓郎との訓練を何度も繰り返しているうちに、レベルが上がった生徒はかなりの数に上る。攻撃も防御も、時には補助的な魔法も使いこなさなければならない為、嫌でも上がると言った方が正しいかもしれない。拓郎との訓練許可が下りた生徒は軒並みレベルが3となっており、更にその中からはレベル4も生まれてきていた。
ただ、そのレベルアップの早さゆえにある程度上がると訓練からは外されて座学に回される。これは、夏休みに起こったレベルゼロ現象を発症させない為である。折角レベル3、4に上がったのにそれを全て台無しにする行為をクレアたちが容認するはずがない。もちろんなぜダメなのかの理由は生徒達に告げられており、生徒達も折角上がった科学魔法レベルがダウン、最悪ゼロになる危険性を冒したくない事から、これらの忠告を素直に受け取っていた。
これは拓郎にも当てはまる事である。が、拓郎はすでにレベル6になっている為、今の訓練レベルなら休んでいるのと大差なかったりするのだ。そのうえで技量を磨き、生徒の手助けとなれるのだからいろいろと都合がいい。拓郎も、クレアたちの助けにもなっている事は理解している為、その都合を理解した上で今も多数の生徒達の訓練相手を務めている。
「拓郎さんは、明らかにまたひとつ成長しましたね」「ええ、嬉しい限りだわ。この調子なら、タイムリミットまでにレベル7は堅いわね。もしかしたら、それ以上いけるかもしれないわ」
授業の合間に、そんな言葉で拓郎の成長を確認しあったクレアとジェシカ。お互い生徒を見ているため、すれ違いざまでの会話であったが……それでも拓郎の成長を確認できた二人の表情は明るかった。その後は互いに受け持っている生徒達に対しての座学を行いつつ、時には拓郎が行っている模擬戦闘を見せながらの実戦的な講義も交えて生徒達から上がる疑問に答えていく。
「そ、あそこで今たっくんがやった護り方は基本中の基本だけど、魔力の調整が効くならば最小限の消耗で身を護れる方法よ。これから先君達がどんな道を進むのかは流石に分からないけれど、ちょっとでも魔法が関わる場所に出向くつもりがあるなら覚えておいた方が長生きできるわよ」
と、こんな感じで拓郎が行った防御、並びに回避行動はどういうものなのかを解説しながら各魔法の重要性と効果的な使い方を生徒たちに伝えていく。当然生徒達もみな真剣であり、必死で記録媒体に記録を残しながら授業についていく。そんな授業を過ごせば、時間はあっという間に過ぎる。
「そろそろ今日の授業は終了ね。今回も大事な事ばっかりだったから、後で復習をしておくとベターと言った所ね。じゃ、また次の授業でね」
クレアがそう言い残して立ち去るが、半分ぐらいの男子生徒と一部女子生徒はどこか夢うつつな表情を浮かべていた。
「あー、クレア先生本当に美人過ぎるよな」「それでいて気さくだし、それに授業は分かりやすいし、ほんと素敵よね」「あんな女性と付き合えたら、人生勝ち組だよなぁ」「いいたい事は分かるが……すでにクレア先生の隣には拓郎がいるから無理だが」「ジェシカ先生の隣にもな……普通なら爆ぜろっていう所だが」「流石に拓郎さんには言えないわ……あのバスの事故で友人の命を救われてるのよ。むしろ感謝しないと人としてどうなのって話になるのよ」
整列する合間に、そんな会話が生徒間で行われていた。すでにクレア、ジェシカは生徒の中でアイドルとして扱われており──ジャックとメリーに関しては気の良いおじいちゃん、おばあちゃん先生という感じが定着していた。見た目は若いのだが……言動が老人のそれ故に、こういう形が定着する事となった。ジャックとメリーもそれを進んで受け入れている。
「まあ、バスの件を別にしても……拓郎には勝てる気がしねえのは事実だよな」「魔法の腕云々という話じゃないよな」「やっぱり、上をはじめから目指す奴ってのは色々と覚悟とかが早く決まるものなのかね?」「私達も強くなろうって決心したのはついこの前だものね。拓郎さんのクラスメイトが強くなっていくのを知ってからだから……私達のスタートラインがずっと後ろなのよ」
流石に集合時にしゃべっていると怒られるためにここで話が止まったが、解散して昼休みに入れば当然会話は続けられる。
「でもよ、あいつがついに授業の教官の片翼を担い始めたのはちょっとどころじゃなくびっくりしたってのが本音だったけどな」「が、やるだけの事はあるだろ。10人を同時に相手して、まだ拓郎の体に攻撃を当てた奴っていないんだろ? 教師だってちょっと出来ねえぞそんな事」「あの訓練を受けると、レベルアップしやすいみたいだしな。やっぱり実践に近い形の訓練だから、経験を詰めるって事なんだろうな」
そんな会話が、昼休み中のある3年生での教室で行われていた。この1月、拓郎がやってきた生徒を相手とした訓練風景を見た事で、各々が思う所を話し合っている。
「事実、参加を許されている友人のレベルががっつり上がったからな……レベル2で伸び悩んでいたのに、クレア先生たちの授業を受けて拓郎の訓練を受けたらいつの間にかレベル4になってたからな」「そりゃ、親は狂喜乱舞だろ。レベル3の壁を抜いて4になったんなら、馬鹿な真似をしなければ将来安泰じゃねーか」「正直、この学校の親はみんなうるさくなったと思うぞ? そう言う情報が飛び交っているからな……お前も頑張れ、サボるなってうるせえ事」
弁当を口にしつつ、互いのそんな状況も交えての話は続く。
「でも、なんだかんだ言ってみんな必死だよね。受験ももう遠くない所までやってきているけどさ……やっぱり科学魔法レベルが上がるチャンスが目の前にあるとなればみんな飛びついてるし」「そりゃそうだろ、むしろ欲を言えばあと一年欲しかった! みんなだってそう言うだろ?」「同感! あと一年あれば……あと一年欲しい。そうすればもしかしたらレベル5だって夢じゃなかったかもしれない」「ちょっと前まではレベル3が遠いって話をしていたはずだったのにな」
少し前の常識を振り返り、1月だけで随分と自分達の過去の常識が壊されていたことを再認識。だが、それをそんな感じだったなと振り返るだけで、今の環境に文句を言う生徒はいない。
「だが、まだわずかだが時間は残されている。ならば、最後まで頑張って少しでもレベルを上げるしかないだろう」「そうだな。何せ魔人と魔女が合わせて4人も学校の教師として動いてくれている……他の、どんな名門校でも叶わない環境に俺達は居るわけだからな」「それなんだけど、他の学校からかなりこの学校に対して突き上げが来てるって噂、聞いた?」「ああ、流石に嫌でも耳に入るぞ。他の学校から視察要望はひっきりなしで、こっちにも回せって言われてるって話だな」
噂は噂、正確性には大きくかけているのだが……視察の要望がひっきりなしに入っているなどの部分は間違っていない為、事実として広まってしまっているという現実があった。
「登校途中で、ちょっと嫌な目で見られたって事は何度もあったわよ」「仕方がねえのかもしれないけどな……一気に科学魔法レベルの底上げたここまでたったの1月で進めば、他の連中は色々と羨ましいという感情から発生した恨みつらみみたいな感情を持っちまうだろ」「でも、それをこちらにぶつけられてもなぁってのも正直な感想よね」「が、そんな正直な感想がむこうに通じる訳もねえってな……」
と、一同そろってため息をつく。そう、他の学校の生徒と登校途中、下校途中に出会う事は日常茶飯事。が、こちらの制服を見るとほとんどの生徒があまり良いとは言えない感情と共に、彼ら、彼女達を見てくるのである。露骨なのは睨みつけると言う事も……
「ただなぁ、向こうの気持ちも分からんでもないのよ。俺達が向こうの立場だったらって考えると」「そこだよなぁ……科学魔法のレベルで選べる職業などに差がついてしまう以上、特にレベル0や1の人がこちらを睨みたくなる理由も分かるし察するよ」「ネット上でも随分と騒がしくなってきちゃってるんだよね……ただあまりに過激な書き込みは消されてるらしいけど」
この1月で、それぐらい環境は変化してしまっていた。それが新しい悩みとなってしまった生徒達もいる。だが、それじゃあ今の授業を止めてくれとお願いするか? という問いかけには全員が即座にノーと返答する。こうして、周囲の学校ともずれが明確に置きはじめ……そのずれからはきな臭いにおいが漂い始めるのも時間の問題であったのかもしれない。そして狙われたのは──




