33話
その後、拓郎に対して7人の生徒が5分間攻撃を仕掛けるという訓練は授業終了間際まで問題なく行われた。2回目以降は拓郎に攻撃を仕掛けてもかすり傷一つ追わせられないという妙な信頼を獲得した影響なのか、躊躇することなく生徒達は拓郎に魔法を浴びせ、拓郎はそれらを全て無傷で防ぎきって見せた。
『そろそろ、今日の訓練を終わりにしますよー! 整列してくださいねー!』
拡声魔法を通して伝えられた声に生徒達は整列する。整列し終わった事を確認したメリーは、今日の訓練はこれでおしまいです、しっかりと食事を取って休んでくださいねと伝えて解散させる。その言葉に従い、生徒は皆小走りのような感じで教室に帰っていく。理由は空腹だからである……まして、今日の訓練は昨日のよりも難易度が上がったところがいくつもある。それによりより空腹感を味わう事になった生徒も数多くいた。
拓郎も教室へと戻り、お昼の弁当を広げる。そこにやってきたのは雄一と珠美であった。一緒に食おうぜ、という雄一の言葉に拓郎は頷いた。
「はー、今日はいつもより腹が減ったせいで飯が美味いぜ」「そうだねー、今までの授業より熱気も難易度も違ったもんね。お腹がすくのは当然だよね」
食事をしながらの雄一の言葉に、珠美がすぐに相槌を打った。まあ、珠美も雄一の言葉に同意だからこそ、すぐさま相槌を打てたのだろうが。
「にしても拓郎はまた変わった形の訓練になったな。今までとは全く違った事をやった事に対する手ごたえって奴はどうだった?」
雄一の質問に、拓郎は口の中に入れたものを飲み込みスープを口に運んで飲み干した後に素直な感想を口にした。
「そうだな……うん、今までとは違った訓練が出来て良かったと思っている。今まではとにかく全力で立ち向かって必死に耐え抜くという訓練がメインだったんだが、今回みたいに複数相手に対して魔力を温存するために必要最小限の魔力で相殺しながら反撃をしていくというのはかなり難しかった。正直甘いなって反省は何度も今日の訓練の最中でしたぞ」
拓郎の返答に、雄一や珠美だけでなくクラスメイト全員が集中して話を聞いていたため、ほー、という声がいくつも上がった。
「あれだけの魔法が自分に向かって飛んでくるのに、そんな調整をしながらやってたのか……それが、クレア先生からの課題って奴か?」「まさにそうだ。魔人や魔女であっても、この手の訓練は常に行っていないとダメだって話でな。先を考えるなら、やっておくべきだってことで今日の授業の行動に繋がったって言う訳だ」
雄一と拓郎の話を聞いていたクラスメイト達が、あちこちで「俺達も出来る事なのかな?」「必要最小限に消耗を抑えるってのは、確かに有用なのは間違いないな」などの話を始める。
「なあ拓郎、今日の訓練って俺達がクレア先生に頼めば参加できるようになるか?」「うーん、どうだろうか? でも興味がわいたなら、とりあえずクレアやジェシカさんに話をしてみてはくれないだろうか? 今日の訓練をした面子も、多分何らかの方法で話を持ち掛けた上での選抜だと思うんだよな。全員が一定レベルの攻撃魔法、並びに防御魔法とかが使えたから秘かに何らかのテストが行われていた可能性があるけど」
拓郎のクレアやジェシカに話してみろ、という言葉を聞いて行動に出ようか? と相談を始める生徒が複数現れる。今日の拓郎を相手にした魔法の訓練を自分達もやってみたいと考えたクラスメイトは数多く、断られるかもしれないが話をするだけはしてみようか、という流れが生まれていた。
もっともそれは、拓郎のクラスメイトだけではない。他の学年でも拓郎を相手にした魔法訓練に参加の名乗りをあげたいと考える生徒は増えていた。実際に魔法を撃ちあい、対処を学ぶ実践に近い訓練を行いたいという欲求を抱えている生徒はかなり多かった。それを本人が自覚していない生徒もそれなりに多かったのだが、いざそれを目にしてしまった事でその欲が引っ張り出された。
しかも、あれだけ7人がかりで魔法を放っても一回も魔法を通さなかった拓郎に対しての挑戦欲もまた生徒の間に生まれていた。魔人、魔女と言ったわけでもない同学年の生徒があそこまでやるのか、とライバル心を抱かせるだけの事を拓郎は今日の訓練時間で全生徒にはっきりと見せつけた。もちろん、一定数のあれは無理だと考える生徒もまたいるわけだが……それでも、心の奥底に火がついた人の方が多かった。
「なるほどな、攻撃だけでも防御だけでもダメって事か」「ああ、どっちもある程度できないと多分参加は許してくれないと思うぞ。俺ももちろん大けがをさせるつもりはなかったけれど、それでも魔法は魔法だ。物騒な力を使っている事に変わりはない以上、一定レベルに達していないとやっぱり危険すぎるからな……」
拓郎の言葉に、雄一と大人しく話を危機に回っていた珠美、そしてクラスメイトが頷いた。そう、普段何気なく使っているがそれでも魔法は危険なものである。使い方によってはいくらでも悪用の応用がきくし、人を殺めるだけでなく長く苦しめる手段もある。故に、魔法は慎重に扱わなければならないのだ。慎重に扱わなくなった人間の行きつく先は、己の魔法で己を焼いて灰になる未来しか待っていない。
「クレア先生もジェシカ先生も、普段は穏やかだけど魔法をいい加減に使おうとすると一気におっかない表情に変わるもんね。もちろんそれは私達の為なんだけどさ……やっぱり、魔女って事で私なんかが想像できない嫌な物とかをいっぱい見てきたからこその反応なのかな」
珠美の言葉に、拓郎は内心でたぶんその考えは正しいだろうと思っていた。今まであの2人と接してきて、それを察せられる所は幾つもあった。だからこそ、生徒として受け持つようになった自分を始めとした学生ぐらいはそうなって欲しくないが故の考えが表に出るのだろうと。
「まあ、時々ニュースで見るよな。俺達と同年代の奴がバカやって、とんでもない事態を引き起こしたなんて話を。確かにああなっちゃったら一生終わりだもんな、そう言う事にならない様にっていう愛の鞭って奴だろ。ああいう奴って、大半が急成長した後に俺はすごい! って舞い上がってやっちゃうパターンが多いって話だしな……」
なまじ腕が上がったが故に、若気の至りでやらかしてしまう人間は、全世界どこにでも残念ながら一定数存在していた。さて、そんな事件をやらかした人間がどうなるのかと言えば……もちろんまずは拘束される。その後レベル1の魔法しか使えないように特殊な制限が課された一種の呪いの様な術式を強制的に掛けられることになる。
それでも反省せずもう一回やらかした場合は……二度と日の目を見る事はないと表現させていただく。危険な能力故に、過ちが許されるのは一度きり。二度目の慈悲はない。これは嫌というほど様々な形で子供達に伝えられるのだが……お判りいただけるはずだ、そう言う忠告をただの邪魔なものとだけしか認識せず、暴れてしまう人間はどうしてもいる事を。
で、これまたお約束通りにやらかして拘束をされたらそんな事は知らなかった、こんなことになるなんて思わなかったと判を押したかのように同じことを言うのである。だが、知らなかった、思わなかったなんて言葉は何の免罪符にもならない。そして何より、己の取った行動に対して何の謝罪もしていないのである。
故に刑の執行は躊躇なく行われる。例外はこれに関しては存在しない。例外を生めば、そのあとどれだけ事態が悪化するかは火を見るより明らかだ。過去には、ある国のトップの子供がやらかした時にも同じ処置がとられている。人種、立場、そう言った事は一切考慮されないししてはならない。
「自分が鍛えた生徒が、そんな馬鹿をやらかすような事にだけはしたくないというメッセージだからなぁ。その点は理解してあげてくれ……恐らく珠美がさっき言ったように、俺達じゃ想像もつかない地獄とかを知ってるからこそそうならないようにするためにしてるんだろう」
元々クレアとジェシカに対してクラスメイトは悪い感情はもっていなかったこともあり、拓郎の言葉に反論を心の中を含めてあげる者は居なかった。
「しかし、理解してあげてくれ、か。拓郎、お前あの二人の恋人とか旦那みたいな発言するようになったんだな」「──あ!? い、いや、そうじゃない。ただ知り合いが悪い奴じゃないと言う事を言いたかっただけだぞ!? それ以上のあれとかはない!」
と、ここで雄一から言われた言葉に一転して動揺してしまう拓郎。さて、当然そんな事を逃す人間は居るはずもなく……
「うんうん、まあ拓郎なら仕方がないよねぇ。あれだけ必死に訓練してるんだもん……色々と思いも高まってくるよね」「タ~マ~ぁ!?」
珠美の更なる追撃に、拓郎も声を少し荒げる。が、これで完全に火がついてしまい……夏休みでより親密になったんだから、今はどうなってるんだと言う質問が拓郎に向かって飛びまくった。無論、ここから逃がさないと言いう圧も含めてである。が、拓郎もやましい事はしていないという認識の為、問題になるような事はしていないの一点張りとなったが。
なお、言うまでもない事であるが──美女2人と添い寝する事は普通では決してないし、一般的には色々と勘繰られる行為である。それをしておいてやましい事はしていないという認識の拓郎は後戻りできないほどに染まっている事を自覚していない……。
ジム通い、三日坊主にならずに継続中。




