29話
注意、実際の裁判に則って書くと大幅に長くなる上にダレてきてしまうので、大幅に簡略しています。その点をご理解の上でお読みください。
そして時間は流れて裁判が行われる日を迎えていた。なおこの件は学校でも有名になってしまい、傍聴席に絶対行くというクラスメイト達の鼻息は荒かった。傍聴席は見ている事しかできないんだがと拓郎が念を押しても、そんな事は知った事かとばかりに気勢を上げるクラスメイト達。そして当然ながら、それ以上にキレている人物がいた。言うまでもないがクレアとジェシカである。
「言いがかりをつけた連中は、どうしてくれようかしら」「拓郎さんが土壇場でレベル6になれたから命が助かったというのに……その命は、どうやら要らないようですね」
怒気と殺気を入り混じらせたオーラを、事が判明してから裁判が始まるこの日まで隠す事を一切せずに外に発していた。が、クラスメイト達もこんな理不尽は許されるべきじゃないとばかりに同意し、最終的に拓郎のクラスのオーラは色々と危なすぎる事になっていた……
そもそも今回の一件、何故発生したかの理由が判明している。あの日、警察は強盗殺人犯4人が乗り込んだ自動車を追跡していた。その時、その犯人4人の内土魔法を得意とする人間が、バスを見かけた事でこれを横倒しにすれば警察を始めとした大勢の目を引き付けられると判断。そして深く考えず実行した結果、バスの横転事故を引き起こしたのである。
なお、その後4人は全員掴まり全員死刑が言い渡されて即座に執行されている。既に犯していた強盗殺人の罪だけでも重いというのに、そこに加えて公共のバスという物を横転させたことにより死刑一直線の道しか残らなかったのである。こんな連中に更生の可能性は欠片もない、と裁判所、陪審員の意見が一致したことも刑が即座に、確定、執行された事に大きく影響している。
裁判所に入る拓郎と弁護人。この弁護人は先の一件で拓郎が救ったあの弁護人である。命を救ってもらった報酬として、無料でこの一件に力を貸すと拓郎に言って来たので拓郎もそれに甘えた。クレアとジェシカが裏を取り、弁護人として問題ない人物であることも判明している。
次に検察側も次々と入ってくる。そして陪審員、裁判長、その他もろもろ……そして傍聴席はあっという間に満席になった。世間からの注目が高い事もあり、傍聴席は抽選に当たった人しか入れなかったと言う事を拓郎が知るのは少し先の話である。そして裁判が始まった。
「では、被告人。貴殿は複数の人物からレベル6の力を持ちながら回復魔法の仕様を出し渋り、大勢の命を晒したという罪で検察から訴えられた。まず、このことについて事実であると認めるか?」
裁判長からの言葉に、拓郎は首を振ってから言葉を発する。
「いいえ、私がレベル6に達していたことを知ったのは、バス横転事件から少し経った後です。それ以前の検査ではレベル5であると出ており、当時の私もレベル5であると認識しておりました」
拓郎の言葉を聞いて、傍聴席の一部から「嘘をつくな!」「罪を素直に認めろ!」等の罵声が飛んだが、裁判長の「傍聴席からの発言は慎むように」の言葉で取り終えず収まる。しばしのざわめきの後、タイミングを見計らって発言の許可を求めたのは拓郎の弁護士だった。裁判長は発言を許可する。
「彼の発言に、おかしなところはありません。世界で例は少ないのですが、レベルが足りなくても上位の魔法を発現する事によるレベルアップしたという事実は存在しています。そしてそれに必要な事は、十分な訓練を積んでいる事です。その訓練を積んでいる事は、彼の学園に勤めている教師、通っている生徒達がみなよく知るところでありました。通称プロモーションと呼ばれるこの現象ですが、拓郎少年にはその条件が満たされていました。故に、バス内の回復行為によってプロモーションが発現しレベル6になったとしても矛盾はありません」
プロモーションとはもともとチェスにおけるポーンが敵陣奥深くまで切り込んだ時に好きなコマへと変化させることが出来るルールである。しかしその変化というか進化が極限状態でレベルアップした人のイメージに合うとの事で、今回の拓郎の様な件でもプロモーションと呼ばれるのが一般的である。
流れが良くないと感じたのか、今度は検察側が発言の許可を得てから口を開いた。
「こちらもプロモーションについては調べたが、あれは条件が整っていてもまず成功しない、むしろレベルダウンが発生する危険な行為でありやるべきではないという情報を掴んでいる。故に、今回都合よくプロモーションが起きたとは考えにくい。それよりも元々レベル6だった拓郎少年がレベル5であると装っていたと考える方がはるかに自然である」
検察の言葉に、確かにその方が納得できるという空気になってしまう。周囲のざわめきを再び裁判長が抑えた後、拓郎少年に質問を投げかける。
「君がレベル5であると最後に調べたのは何時かな?」
この裁判長からの質問に対し、拓郎はこう返答した。
「前日です。私を鍛えてくれている先生が、レベル6にならない自分を心配し、毎日レベルチェックを行っていました。ですので前日であると口に出来ます」
拓郎の何の戸惑いも考えるそぶりも見せず即答する姿に、また傍聴席がざわめく。平然と嘘を言えるような腐った奴という意見と、本当の事だから一切悩まずに言えるだけではないか? という意見が飛び交う。ここで、次に発現を行ったのは検察側だ。
「では、その君の科学魔法レベルをチェックしていた人物は誰か、ここで言えるかね? もし本当であるならば言えるはずだが」
その言葉を聞いて拓郎が口にする前に2人の人物が突如乱入し、拓郎の弁護人の横に立った。言うまでもないが、クレアとジェシカの2人である。当然周囲は騒ぐが、裁判長がそれを制止する。ある程度収まった所に、弁護人が発言の許可を得てから口を開く。
「拓郎少年のレベルチェックを行っていたのは、こちらのお二方です。クレア・フラッティさんと、ジェシカ・ノーランドさんです」
凍った。何がと言えば場の空気が一気に絶対零度まで下がったと言ってもいいだろう。今更だが……特にクレアは指名手配を受けている人物である。ただ、破壊活動もしないし下手につつくとどうなるか分からないから静かに放置が一番いいとされている。そんな国家権力でも抑えられないいつ爆発するか分からない人物が目の前にやってきたことで、彼女を知っている検察側は冷や汗が流れ始めて止まらない。
またジェシカの方もこれまた名前が売れている魔女である。何せ魔女特性が空気……防御手段が非常に限られる。当然検察側はそれも知っている。逃げ出したくなってきた検察側を誰が責められるだろうか? いつも通りの仕事をしようとしたら、上から口が酸っぱくなるほどつつくな触るな関わるなと言われている魔女が二人も現れたのだから。
「彼が、当事件が起きる前日までレベル5であったことはこのクレア・フラッティが魔女の誇りをかけて保証します」「同じく、ジェシカ・ノーランドも魔女の誇りをかけて保証します」
魔女の誇りをかけて、という一言は己の全てを賭けて保証するという魔人、魔女限定の言い回しである。この誇りをかけて証言したことが嘘であるならば、処刑を宣言されても笑って受け入れるという意味がある。しかもそれを宣言したのが、世界中があの魔女は放置しろと言ってはばからない危険人物の魔女、クレアとその特性から恐れられているジェシカがやったのだ。重みがあまりにも違い過ぎる。
「更に、当時のバスに備え付けられてあった映像がございます……ですが、凄惨な光景が映っておりますので、かなり加工した所がある事をご理解ください……具体的に言えば、血まみれの地獄絵図でした。私としても周囲の加工を行う中で、何度か吐きました」
ここで弁護人が、そう断ってから当時のバスの状況が映されていた記録映像が流された。加工してあるとは言っても、周囲が血でびったびたな状況下にある事は分かるので、かなりの人間が吐き気を覚えていた。そんな中、映像では拓郎が一番近くに居た重傷者に回復魔法を発動している姿が映し出されていた。なお、バス会社は映像提供に快く応じた。あんな大事故が起きたのに死者ゼロで押さえてくれた拓郎への感謝の気持ちからの行動であった。
それから周囲の人が拓郎に集まり、拓郎が範囲回復魔法を発動し、最初は弱々しかった回復魔法が、ある時を境に強力なものとなって癒されていく一部始終が映し出されていた。どこからともなくその光景におお、と驚く声が上がっていた。そこからさらに、回復してもらった人達が拓郎に向かって罵声を浴びせる所まできっちりと映像は流される。
「そして肝心なのはここです。どう見てもこの時の拓郎少年の表情、並びに範囲回復魔法を発動した時の様子からして演技とは思えません。多量の汗、一気に生気が失われていく表情、そして歯を食いしばり過ぎて口から流れ出している血……相当な無茶をしているのは明白です。そして、魔法がしばらく後から強くなりますが、ここでプロモーションが発生したと私は確信しています。明確に魔法の質が上昇しているのが見て取れるからです」
一折の映像が終わった後に巻き戻して映像とともに説明を行う弁護人の発言に、クレアとジェシカ、そして拓郎のクラスメイトに命を救ってもらった事に感謝していた人達は皆頷いていた。一方で凍り付いていくのは拓郎を訴えた側である。まさかのとんでもない魔女2人が参加してきたうえに、こんな映像まで証拠として突き付けられると……今度は拓郎がレベル6を装っていた明確な証拠を出さなければならなくなる。
当然そんなものは、ない。何せただの思い込みと死ぬ一歩手前だった事による恐怖の反動からくる怒りで拓郎に詰め寄っただけなのだから。魔法にそこまで詳しい者が居る訳でもないし、ここから逆転できるようなネタがある訳でもない。そんな彼らの事など知らぬとばかりに、弁護人は言葉を続ける。
「こんな危険を冒してまで大勢の人間の命を救ってくれた少年が、罪人扱いを受けて壇上に上らなければならないのは間違っています! よって、彼の名誉と心を理不尽に攻撃した彼等には相応の罰が与えられなければならない! 私達は、彼を訴えた人物全員を名誉棄損、並びに回復魔法使いに対して禁じられている中傷行為違反行為者として、訴えさせていただきます!」
反対意見など、出ようはずがなかった。何せクレアとジェシカが、誰でもわかる濃厚な殺気を隠すことなく周囲にばらまいているのだから。ここでもし反論なんかしようものなら、二人がどんな行為に出るのか分かった物ではない。更に、拓郎がレベル6なのにレベル5を装っていた事に関して明確な反論も出せない。
しばし剣呑な空気が流れたが、それを打破したのは裁判長であった。この状況で口を開いたのは、それが責務だからという一心である。
「では、お互い出るべき意見は出尽くしたと判断し、判決を下す。拓郎少年がレベルを偽装し多くの人の命を危険に追いやったという証拠に明確な物はなく、逆に拓郎少年が逆境から成長したという証拠は提示された。よって、拓郎少年が回復魔法使いにおける法を破ったという訴えは不当なものであると判断すべきであり、一方で訴えられた拓郎少年は回復魔法使いとしての使命を立派に達成しており、無罪であると判断すべきである」
裁判長の答えを聞いたクレアとジェシカは、殺意の放出を止めた。これによって喋りやすくなった裁判長が言葉を続ける。
「更に、拓郎少年の弁護人が行った回復魔法使いに対する中傷行為禁止における違反者として訴えた側を確保するように。以上で閉廷とする」
本来裁判はこう簡単にポンポン進むモノではない。だが、クレアとジェシカがそれを許さない。更に映像という証拠品も提出され、対して相手側は明確な証拠品を出さない始末。これで拓郎がレベル偽装を行っていたという訴えは言いがかり以外の何物でもなくなってしまった。故に、裁判長が判決を言い渡して終わらせる事に繋がった。これ以上裁判を続ける意味が無いからである。
正式に無罪放免となった拓郎は、ほっとした表情を隠すことなく浮かべていた。これで日常に戻れるという安心感と、今日この時までの不安感から解放されたからである。
「たっくん、お疲れ様」「拓郎さん、お疲れさまでした」
そんな拓郎に、クレアとジェシカが優しく声をかける。先ほどあれほどの殺気を出した人物であるとは、まず誰もが思わないだろう……周囲の人達は、一切見て見ぬふりだ。正直、目の前に爆発したら比喩表現抜きで地球そのものが吹っ飛ぶ爆弾が2つあるのと変わらない。触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず。
「帰って、晩飯を食ったらゆっくり休みたい……」「そうね、今日はそうしましょう」「訓練も数日休んでよいかと……恐らくですが、拓郎さんはすぐレベル7になると思いますよ。私達の訓練をレベル5で受け続けたんですから」
一方でそんな周囲の事など全く気にしない3人は、そんな話をしながら裁判所を後にした。こうして、拓郎の被告人としての立場はあっという間に終わる事となった。




