27話
その日の夜、クレアとジェシカはかなり遅い時間に帰る事になった。もちろん事前に今日は帰りが遅くなるから晩御飯は一緒に食べられないという連絡を受けている。そのため久々となる両親と自分だけの食事だったのだが……
「今日は静かですねえ」「そうだなぁ。クレアちゃんとジェシカちゃんがいないだけでこれだけ静かになってしまうものなんだなぁ……」
なんて両親の言葉を聞きながら、拓郎は晩御飯を食べ終えて部屋に戻っていた。そして天井を何気なく見上げながら、クレアとジェシカが帰ってくるまでの時間ぼーっとしながら考えていたことがある。
(クレアもジェシカも、うちの親戚でも何でもないというのに……今や居ない方が感覚が狂うようになってしまった。慣れたからなのか、それともこの形こそがこの家にあっているからなのか──ううん、うまく表現できないな。ただ、多大な恩恵を受けていると言う事だけは事実か。彼女達が居なければ、自分が科学魔法のレベル5に達する事などなかっただろうし、な)
結局考えを明確な形に出来ないまま拓郎が考えにふけっていると、時間が流れていたようで……ノックなしにクレアが部屋に突入してきて「ただいまたっくん!」と声をかけてくる。その後にジェシカが「せめてノックはしましょうよ姉さん、拓郎さんにもプライバシーという物があるのですから」と苦言を呈している。
「あ、ああ、お帰り。時間は……うお、10時回ってるのか。あれこれ考えているうちにかなり時間が過ぎていたんだな」
既に食事を終えてから3時間は経っている。かなり長い時間あれこれと今いる2人の事を考えていたんだなと拓郎は改めて認識した。
「たっくん、聞いてよー。今日の授業自体はまあ成功した方だったし、今後どうすれば効率が良くなっていくかと言う話をするのは良いのよ。折角面倒を見るなら一定の成果を上げて欲しいから……でもね、とんでもない事を言われたのよ、教育委員会とかいう所から会議に乱入してきた人に!」
と、拓郎に対してクレアは愚痴を始める。なんでも本来なら拓郎の家に帰ってくるのは午後8時前後の予定だったらしい。だが、ある程度話が纏まって今日はそろそろ終わりにと言う空気が流れ始めた頃を見計らったかのように、教育委員会から派遣された職員数名が学校の会議に姿を見せた。そして言われた言葉が──
「他校への出張要請ですね。正直、流石にこれは受けられませんよ。あくまで拓郎さんがいるから私達は学校の科学魔法訓練の教鞭をとっているにすぎません。今回の学校単位での合同訓練も、拓郎さんへの嫉みやっかみを減らすために動きました。しかし、他校への出張までする理由は私にも姉さんにもありません。第一、他校に言ったら拓郎さんの近くに居られないじゃないですか」
とはジェシカの言。ちょっと拓郎への愛が重くなり始めているジェシカだが、果たして本人はそれを分かっているのかいないのか……
「ジェシカの言うとおりね、流石にそれは受けられないって私とジェシカは即座に断ったんだけど……視察に来ていた職員が、これはぜひ全国で取り入れたいって言い始めてね──理由はまあ分からなくもないけど、それを私達の負担にするのは流石にお断りさせていただくわって話よ」
今日の一回の授業を見ただけでも、魔人や魔女からの指導を受ける意味を教育委員会の職員は痛いほどに理解した。しかし、繰り返すが魔人、魔女の人数はそもそも少なく──むしろ出来るだけ生まれないようにするのが今の各国の方針だった訳だが──更に、その中から人に教える教育者としての資質を持つ人物はさらに少なくなる。
無論教育委員会としても、国にいる魔人や魔女に接触して教育者となってくれる人物を探すだろうが、今目の前にいる教育が出来る魔人、魔女が4人もいる。ならば声を掛けないという選択はなかった。が、当然ながらそんな事を突然言われても困るというのが魔人、魔女側の意見だろう。
「なるほど、ジャックさんにメリーさんも流石に断ったんだな」「ええ、まだこちらにやってきて日が浅い上に、今後の教え方もしばらくは手探りとなるのに更に仕事を積み上げられたのではたまらないですからね。流石のお2人でも首を振りましたよ」
と言う訳で、教育委員会の方としては色よい答えを一切得られず、肩を落としたというのが正直な所だろう。だが、この申し出自体が相当な無茶な話であり──受け入れてもらえる訳が無い。それでも、言わずにはいられなかったというのもまた分からなくもない話なのだが……
「なんにせよ、そこからは教育委員会がどうにかする話であって、クレアやジェシカ、そして新しく来てくれたジャックさんやメリーさんを引っ張るのは違うよなぁ」「そうね、人材発掘は向こうでやるべきよ。今目の前に優良人材がいるからって、それをこき使えば自分の役割を果たしたなんて言わせないわよ」
拓郎の言葉に、疲れから棘を一切隠す気が無い感じを漂わせるクレアが同意した。よっぽどしつこく嘆願された事が伺えるなぁと拓郎は内心で思った。当然その考えを口に出す事はないが。
「いつの時代も教育者は足りないものですが……その割に待遇はあんまりよろしくないんですよね。もっと待遇は良くしてしかるべきだと思うのです。他者に物を教えるというのはそれ自体が重労働、それをこの国に限らず世界の政府は分かっているのでしょうか? 少々怪しい、いやかなり怪しい所がありますね」
ジェシカはジェシカで、普段は言わない事を口にする、こちらも相当に苛立っている事が伺えるなぁと拓郎は思う。
「なんにせよ、風呂に入ってきなよ……そして今日はもう寝よう。それが良いよ……」「添い寝は? たっくん添い寝は?」「今日は相当頑張ってたことは分かるし、その後の会議も大変だったんだろ? そんな日ぐらいは嫌がらずに添い寝するさ……」
拓郎の風呂入れの言葉にクレアがその後の添い寝希望を出し、それを受け入れてもらったとたんクレアの瞳に力が戻る。
「ジェシカ、さっさと入って体をしっかり綺麗にするわよ!」「分かっています姉さん、汚い体で拓郎さんに不快感を与える訳にはいきませんからね」
そんな言葉を残して、拓郎の部屋を後にする2人。今日の風呂は長そうだな、なんてことを拓郎はボソッと呟いた。そして1時間弱ぐらい後に、寝巻に着替えたクレアとジェシカが拓郎の部屋に入ってくる。もはや見慣れているので、拓郎も焦る事はない。むろん、2人が配慮して色気を感じるようなものを着用していない事も理由に挙げられるが……それでも美人2人の寝間着姿だ。なれないと大半の男性が落ち着かないだろう。
「それじゃ、ゆっくり寝ましょうか。今日はもう寝て、疲れを取りましょ」「そうですね、本当にここまで疲れたのは何時ぶりでしょうか? 戦っていた時の方がはるかに楽でしたね」
そんな会話を交わしつつ、2人は拓郎を真ん中に挟んで一つのベッドの中に入る。その後は会話を交わすことなく、皆が眠りにつく。その表情は実に3人とも穏やかで……寿命が尽きるその時までそうあり続けて欲しいと、クレアの力を知る関係者たちが切実に願う理想であった。
これは蛇足であるが、クレアとジェシカを苛つかせた教育委員会には、様々な所から苦言を呈された。無論苦言と言っても文字通りの言葉だけで済むはずもなかったとだけ、申し上げておこう。この後、彼らは魔人、魔女達に教育者となってくれるように持ちかける場を多く持つ事となる──が、それは拓郎とは関係のない別の話である。




