24話
さて、拓郎に嫉妬の視線が多数向かう二学期が始まった訳だが──あれこれ噂をされている事を除けば、全体的に平穏無事な滑り出しとなった。魔法訓練の授業で見学している3人も、事前の説明が行われていたおかげで問題は起きず落ち着いて過ごせていた。そんな空気のまま1週間と数日が過ぎ──遂にレベルゼロから復帰した3人が授業に戻る日がやってきた。
「たっくん、どう?」「魔力の流れも問題なく、流れを支える管みたいなものも順調に回復している。これならレベル1の魔法の行使なら問題なく行えるはず。ただ、レベル2はまだちょっと危ないという感じがする。当分はレベル1で感覚を取り戻させることに専念させた方が良いと思う」
前日、拓郎の家でそんなやり取りを交わしたクレアは予定通りに例の3人を授業に復帰させることを決定した。なお、遠くで校長もこの日の授業を見ている。本当にレベルゼロからレベル1に復帰できたのか──魔女2人の言葉を信じていないわけではないが、レベルゼロという絶望を味わった人間を見た過去がある校長としては、やはり自分の目で確認しなければ落ち着かないものがある。
その日の訓練も普段通り始まり──ジェシカが3人につきっきりで魔法の再発動を見る事になった。当然拓郎は近くに居ない、その理由は語るまでもないだろう。
「では、貴方達3人の魔法訓練を再開します。大丈夫、レベル1なら問題ないと姉さんや私も確認したうえで行うことを決定しています。もちろん恐怖心はあるでしょう、貴方達の受けた状況を鑑みればそれは当然の事です。ですが、それでも前へ踏み出さなければなりません。残念ながら、人生という物はそういうものなのです──ですが、あなた方を今なら私がサポートできます。そのうちに、貴方達を少しでもあるべき場所へと引き上げたいのです」
ジェシカの言葉に、3人は深くうなずいて魔法の発動準備に取り掛かった。
「今日はまず、問題なく魔法を再発動できるようにすることだけを考えてください。レベルは1に限定します。絶対にレベル2以上を発動しないように……では、まずは火から」
ジェシカの言葉に従って、3人は人差し指の先に小さな炎を灯す。問題なく発動したことに、3人は心から安堵する。
「では、そのまま1分ほど維持してください。3人とも、安定していますね。過度な緊張はいりません、炎を維持したまま深呼吸してください」
ジェシカが見ている安心からなのか、3人とも恐怖心よりも安心感が勝り、問題なく1分間の炎の維持が出来ていた。時間が来たのでジェシカがやめと声をかけ、3人はそれに従って炎を消した。
「こちらから見て、問題はなさそうでしたが──貴方達の感想も伺いたいです。妙に苦しい、辛いと言った事はありましたか? 隠す必要はありません、大事な事ですから隠されるとこちらも、そして長い目で見ればそちらも困る事になりますよ」
穏やかなジェシカの声に3人は頷いた後、一人一人感想を口にする。
「夏の前では簡単だったことですが……今はまだちょっと引っかかりを感じました」「少しなんだか重い感じがしました。維持するのは問題なかったのですが、普段よりも魔力を使ったような気がします」「私も2人と同じ感想です。夏前に比べて、魔力の消費が多い感じがします」
3人の返答に、ジェシカは頷きながらメモを取っていく。経過はしっかりを見ながら今後の授業をどうしていくかを考えなければならない。ましてやこの3人はまだ病み上がり──ここからどう立て直していくのかを慎重に見極めていかなければならない。
「正直に教えて頂き、ありがとうございます。やはり当分はレベル1魔法を使いつつ、レベルダウン現象によって傷ついてしまったあなた方の体の回復を見ながら徐々に戻していく感じになりますね。ですが、この調子なら問題ないでしょう。もうしばらくは、魔法の使用を私か姉さんが見ている場所でのみ行ってください。ここで焦ると、取り返しがつかない事になりかねません」
ジェシカの忠告に、3人はもちろん同意した。今日、夏休み前と比べると負荷がかかっていたとはいえ問題なくレベル1の魔法を発動することが出来た事は、彼等にとって泣き出したいぐらいに喜びを感じさせていた。親や、理解せずに訓練を強いてきたある訓練校の講師よりも目の前にいるジェシカという魔女の方がよっぽど信頼できる──そう考えるようになっているのは無理もない話だろう。
そして、遠くから様子を見ていた校長もまた、大きく安堵の息を吐いていた。目の前であの日見たレベルゼロとなってしまった生徒達を、生徒が治療した一種の奇跡のような光景からこの日の授業を経て、本当に回復したという確信を持てた事がただただうれしかった。愚かな保護者の愚かな行動で未来を積まれてしまいそうになった生徒達が、もう一度立ち上がれた事に感謝した。
(だが、レベルゼロを治せる人間がこの学校にいると知られれば間違いなく望ましくない者達が忍び込もうとしてくるだろう。絶対に悟られないようにしたまま彼が無事卒業できるようにしなければな)
生徒の将来を教育者である自分が潰す訳には行かないと校長は内心で決意を新たにしていた。拓郎はこの先、国にとっての宝となる可能性がある。そんな人物の将来を、暗い物にしてはならない。自分のできる範囲で、護らなければならない。
(あの魔女2人がいるから大抵の事は大丈夫だとは思うが……もしかしたら、私が役に立つ時が来るかもしれない。そのときは、躊躇せず彼を護る為に動こう)
教鞭を振るっていた時は熱血系だった校長。そんな彼もまた、拓郎をひそかに守る人間として動く事を決めていた。
その後問題なく魔法の訓練は終了し、お昼休みとなった。この日お昼休みには、レベルゼロから立ち直った3人が大勢のクラスメイトに取り囲まれる形となっていた。
「じゃあ、レベル1は問題ないって事か?」「ああ、ジェシカ先生に見てもらいながらやったが、発動は問題なかった。ただ、ちょっと引っかかるというか重い感じはしたな。ここら辺はやっぱりレベルダウンを喰らった影響なんだろうな。もうしばらくは、ジェシカ先生に見てもらいながら治していく形になりそうだ」
レベル1魔法を無事発動できたことに対する祝いの言葉と、心配からくる質問に3人は答えていく。自分達の事をクラスメイト達が本当に心配してくれていると分かるからこその対応であった。
「しっかし、クレア先生が丁寧なプリントまで作ってくれたってのにそれを無視するとかひでえ話だよな……ちゃんとなんで夏休みは魔法の訓練をしちゃいけないかをしっかりと理由を添えて書いてあったのに」「うちの親もあまり信じていなかったんだけどね……校長先生に電話をかけて、めっちゃ怒られてた。絶対魔法の訓練は休ませろって」「恐らくそんな校長からの言葉も無視したんだろうな……訓練やらないなら追い出すとかいう感じで脅されたんだろ? 災難だったよな」
そんな言葉が飛び交う。これらの言葉に3人も「俺も校長先生に電話をかけて教えてもらったんだが、それでもそんなはずは無いって逆切れしてさ……そしてさっき予想してくれた奴がいたけど、訓練学校に行かないなら、夏休み中は家から追い出すと親から脅されたんだよ……」などと言った実情を口にした。警察に行け、というかもしれないが、警察もこういった親子関連の話に対してはどうにも動きが鈍い所がある。
「その結果、かえってレベルダウンさせて体を壊しちゃったんだろ? 完全に逆効果だったよなぁ」「ああ、あの時の親の顔は真っ青だったよ。『まさか、プリントに書いてあったことが本当だった!? いや、そんな筈がない!』なんて半狂乱になってさ……あの時は流石にぶん殴ったよ、現実を見ろって感じで。これはキレても流石に仕方が無いだろ?」
実際はレベルダウンどころかレベルゼロになった訳だが。が、該当する訓練所の方はまさかレベルゼロであるとは想定しておらず、レベルダウンの影響であるとして処理していた。その後特定の病院に行って、そこで初めてレベルゼロであると判明。そして校長室に突撃をかけた──のがあの日である。
その後クレアとジェシカによって口封じをされたため、訓練所側は彼ら3人がレベルゼロになっていたことを認識していない。評判に関わるので、レベルダウンさせたことは決して外部の者に告げる事はない。病院の方はすでに拓郎を護っている魔人や魔女達が圧をかけて黙らせた。まあ、病院側も患者の情報を外に出すのはご法度なお仕事のため素直に応じたのだが。
「あの3人、魔法が発動できるようになって良かったねえ」「ああ、魔法が使えないのは今の時代辛すぎるからな」
一方で拓郎は、珠美、雄一と一緒に食事を取っていた。拓郎としても、学校ではあの3人とは一定の距離を取っておくべきなのだから集団に加わる訳にはいかない。
「こうして話を聞けば聞くほど、ひっでえ親だぜ。恐らく注意が入るんじゃないか?」「入るだろうな、こうして話を聞いているだけでも放置はできないレベルだ。政府の機関からキッツい指導が入るのはほぼ間違いないだろう」
政府の部署の中には、虐待に該当する行為を行う親に対して指導をする部署がある。今回はそこが動く可能性は100%と言っていいだろう。科学魔法があって当たり前なこのご時世、それを無理な訓練をやらせてレベルダウンさせたとなれば、当然鉄槌が下る。当然、訓練所にも指導が行く。それを外部に漏らすような事は流石にないが……キッツい指導が下る事で国民には有名な部署なのだ。
「さすがにそこは厳しくやってもらわなきゃ! あの3人は親の行動で将来を奪われかけたんだよ? 絶対裁いてもらわなきゃダメ!」「珠美の言う通りだな、俺だって許せないさ」
珠美の言葉に雄一が乗っかり、拓郎は頷いた。そして後日、本当に3人の親には厳しい指導が入る事となった。特に今回は正当な理由があって休みを主張する子の意見を、親が一方的に無視して無理やり訓練させたことが重く見られたのだ。名前こそ上がらなかったが、全国ニュースにもなった。
これにより、無茶な訓練を強いる親がある程度減少する効果を生み出した。なので、3人の受けた痛みは無駄にはならなかったことになる──元々、起きない方が良かった話なのだが……それでも教訓とはなった。




